イオンの多忙な日々
来月に執り行われる成人の儀へ向け、王宮内は皆慌しかった。
今回は、王太子の成人の儀となるため、通常よりもやるべきこと、用意すべきものが多いのだ。
この儀式のために用意された、天蚕糸を使った特別な布で王太子の衣装は作られる。
この衣装の作製は数年前から始まっており、今は作業の大詰めで、手作業で一粒ずつ宝石を縫い付けている最中だ。
この宝石も、この儀式のために採掘された希少なブルーダイヤモンドだ。
今の国王陛下に成り代わってすぐ、彼はこの貴重な宝石を王族の象徴として勝手に定め、民に採掘量を増やすように命じた。
だが、命じたからと言って、貴重な宝石の採掘率を容易に上げられるわけもなく、その結果、必要量を納められなかった者は処罰された。
その者たちは、採掘場から街に戻ることを禁じられ、今もなお強制労働をさせられている。
イオンは、王宮で衣装の最終確認を行なっていた。
本番と全く同じ装いをし、その周りで、針子達が皆真剣な表情で、ひとつひとつ丁寧に細部まで確認をしている。
こんなことのために…
イオンは忌々しげに、自身のマントに取り付けられているブルーダイヤモンドを見た。
こんなことをして何の意味がある。
すぐにでも脱ぎ捨てて床に叩きつけたい衝動を抑え、無表情を貫いた。
その後も、儀式で使う剣の試し打ち、当日の行程に関する報告の確認、司祭との打ち合わせ、国王陛下への報告、儀式の時に奉納する品の確認など、準備に時間を費やした。
ここ数日、儀式の準備に時間を取られるため、自身の執務室に戻って来られるのは夕飯の時間を過ぎた頃だ。
ここから、溜まっている書類に目を通し、他の者の仕事が回るよう、決裁の処理を行う。
軽食を摂りながら事務作業を続け、ようやくひと息をつけるのは日付が変わる頃だ。
だが、イオンはまだ休まない。次は白い便箋とペンを取り出し、つらつらと文字を書き連ねる。
それはアレシアへの手紙だった。
彼女がどんなに素晴らしい女性かという内容を、まさかのその本人宛にびっしりと書き出す。3枚ほど書いたイオンは満足そうな顔で封筒にしまい、封をした。
「出しておきますね。いつものと一緒に。」
「頼んだ。」
いつもこのタイミングで、ファニスはコーヒーと共に顔を出す。
イオンが事務作業に集中出来るよう、敢えて席を外しているのだ。最近は、アレシアへの手紙を書いている時のにやけ顔に耐えられないからという理由でもあるが。
イオンの表情は真剣なものへと変わり、目の前に何か書き込んである大きな紙を広げた。
「当日の警備配置はここにある通りだ。頭に入れたら、すぐに燃やせ。他の者には口頭で伝えろ。」
「承知いたしました。」
「思った通り、室内の警備はかなり手薄だ。警備人員は全員国王派だが、何人かは紛れ込ませられた。揺動を行うには問題ないだろう。」
「ええ、その後の処理は骨が折れそうですが…事を起こすには十分な状況かと。」
「今は当日のことだけを考えておけ。僕達には後がないんだ。失敗するわけにはいかない。ただし、再三伝えている通り、絶対に死人は出すなよ。」
「承知いたしております。」
「あの男と同じにはなりたくないからな。」
ファニスとの密談を終えたイオンは、ここでようやく寝支度を行い、寝室へと向かう。
すでに、日付が変わってからだいぶ時間が経っていた。
イオンはベッドに入ったが、横にならずに、膝を抱えてうずくまった。
「こんなことに巻き込んでしまって本当にすまない…。また君に拒絶されてしまうだろうか…それでも僕は、アレシア、君のことを心から愛している。」
イオンは、抑えきれないアレシアへの想いを口にしていた。
彼らしくない、泣きそうで弱々しい声は、誰の耳にも届くことはなかった。




