動揺
感情が無くても、意思がなくても、僕のために存在するというその事実が堪らなく愛おしかった。
感情を露わにするようになった彼女に、僕は更に愛おしさを感じた。
僕の一挙一動でコロコロと表情を変える様は、狂おしいほどに魅惑的だった。
そして今、彼女は初めて僕に女性としての顔を見せてくれた。恋をする少女のような姿を。
知れば知るほど彼女のことが欲しくなる。
欲しくてたまらない。
抑えが効かない。
僕のことを拒絶するくせに、君はどこまでも僕を虜にする。
そこに君の気持ちは無いのに、僕の心を掴んで離さない。
こんなにも君にそばにいてほしいと希う僕は愚かだろうか。
**************
イオンは気に食わなかった。
自分以外に、アレシアに絆されているヤツらがいるということを。
自分から言い出したことなのに、いざ目の前にすると嫉妬で頭がおかしくなりそうになる。
自分のものでもないのに。
それでも目の前の事実を看過出来ないイオンは、行動を起こした。
恥ずかしさで俯く(フリをする)アレシアの顎にそっと指を当てて上を向かせ、自分と目が合うようにした。
「アレシア、悪かった。あまりにも君のことが愛おしくて、目が離せなかったんだ。次は君の気持ちに配慮し、他の者の目が無いところでしよう。」
謝るような顔をしつつも、イオンの瞳には熱がこもっており、アレシアに熱過ぎる視線を送った。
美貌のアレシアの華奢な顎にそっと手を添えて、透き通るような青い瞳で彼女を熱く見つめるイオン。
見ただけで顔が熱くなりそうな光景に、周りの者は耐えきれず、目を逸らし始めた。
自身の羞恥心に負けたらしい。
それを横目で見たイオンは、勝ち誇ったような笑みを口元に浮かべた。
一方のアレシアは、激しく混乱していた。
普段なら秒で言い返す。
今なら演技でやり返すこともできる。
なのに、なぜかそれが出来なかった。
真っ直ぐな青い瞳に見つめられ、何も考えられなくなる。目を逸らしたいのに、動けない。
アレシアは、イオンの視線に囚われてしまった。
おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、
…絶対にこんなの自分じゃない。
これは全て演技で、そこに自分の気持ちはないはずなのに、どうしてこんなにも胸が騒ぐのだろう…
こんなことされて、ちゃんと怒らないと、
早く止めさせないと、、、
嫌だって伝えないと、、、
「や、やめてっ…」
もっとはっきり言うはずだったのに、アレシアから発せられた声は聞こえないほど小さく、子犬が甘噛みしてきたくらいの威力しかなかった。
自分らしくない姿に、今度は本気で顔を赤くしたアレシア。先ほどまでとは比べ物にならないくらい、真っ赤に染まっていく。
演技ではなく、本気で真っ赤に染まるアレシアを見て、イオンの動揺は最高潮に達した。
…もう限界。
イオンは、ファニスに目配せをして後を頼み、アレシアを連れてバルコニーへと移動した。
これ以上、彼女のこんな無防備な姿を皆の前に晒すわけにはいかなかった。
夜風が心地よいバルコニーで、2人は火照った顔と心を冷ますため、給仕から受け取ったグラスで喉を潤した。




