特訓の成果
ファニスとの特訓を重ねたアレシアは、いよいよ本番の日を迎えた。
朝から入念に、いつもよりも時間を掛けて身支度を整えた。
イオンから贈られたドレスは、前回よりも少し控え目で、彼女のプラチナブロンドの髪とよく合う、淡い水色のものだった。
広がった裾は、動くたびにふわりと舞い、表面に縫い付けられた細かい粒子のような宝石が煌めく。
可憐だが、どこか儚げな印象だった。
支度を整えたアレシアは、前回同様、ティモンともに王宮へと向かう。
イオンは立場上、迎えに来ることが出来ないため、入場前に控え室で落ち合うことになっている。
控え室までアレシアを送り届けたティモン。
今回は、アレシアも主催者側となるため、彼が一緒にいることは出来ない。
ティモンは一般客と同様、会場内でイオンとアレシアの入場を待つこととなる。
「姉様、せっかくのパーティーなんだから、余計なことは気にせずに楽しんで来てね。」
「安心しなさい、ティモン。私が貴方の分も稼いでくるわ!特訓の成果を見せ付けてやるんだから。」
「…ほどほどにね。」
今日のアレシアの見た目は極上だったが、中身は相変わらずの姉であった。
こんないつもの姉様で本当に大丈夫かな…逆に王子に恥をかかせないかな…
ティモンは、姉ではなく、王子の心配で頭がいっぱいだった。
「アレシア、迎えに行けなくてごめんね。」
控え室に入るとすぐ、申し訳なさそうな顔をしたイオンが出迎えてくれた。
だが、アレシアを見た瞬間、ぱっと彼の顔は輝き、蕩けるような笑顔に変わった。
「君はどんな時でも美しいけれど、今日は一層美しく輝いている。こんなに素敵な君が今宵僕の隣にいてくれるかと思うと、胸の高鳴りが止まらないよ。僕の心臓は持ち堪えてくれるだろうか。」
「ふふふ、私も今宵どれだけ稼げるかって考えると、胸の高鳴りがおさまらないわ!私の本気を見せてあげる。」
「…ああ、楽しみにしているよ。」
言語も使用した単語も同じはずなのに、2人は理解し合うことが出来なかった。
婚約パーティーの開始時刻、イオンとアレシアは護衛に先導され、隣接している会場へと向かった。
会場へと続く大きな扉の前で、入場の声掛けを待つ2人。
大丈夫、大丈夫。
何度も何度も練習してきたんだから。
私は女優、私は女優、私は女優…
アレシアが心の中で自身を鼓舞していると、入場の合図が耳に届いた。
「さぁ、行くよ。」
振り向いたイオンが笑顔で腕を差し出してきた。
これまで何度も取ってきた彼の腕。
マナーだから、婚約者だから、差し出されたから、そんな義務のような感覚で。
でも今のアレシアは違う。
彼女は、初めて自分の意思で彼の腕を取った。その瞬間、不思議な感覚に包まれた。
歯痒いような、安心するような、照れ臭いような、それは今まで感じことのない感覚だった。
よく分からないその感情に蓋をするように、彼女は今から始まる舞台に気持ちを切り替えた。
イオンのエスコートで会場入りしたアレシア。2人は、ゆっくりと歩きながら席へと向かう。
主役の登場に、招待客から盛大な拍手が送られる。会場は2人に対する祝福で溢れていた、表向きには。
あいつは…国王派だったな…嫌な顔を隠しもせずに…
自分に対してならまだしも、隣のアレシアにまでそんな目を向けるなど…
イオンは隣にいるアレシアを見た。
彼女はイオンの視線に気付き、ゆっくりと彼に目を向けた。
アレシアは、彼と目が合った瞬間、恥じらうように目を逸らして頬を赤く染めた。
え…
初めて見る彼女の姿にイオンの心は鷲掴みにされた。
呼吸が止まりそうなほど、息が苦しい。それでも、アレシアから目を離すことが出来ない。
胸が苦しいのに、視線を逸らしたくない、呼吸が止まったとしても、このまま見つめていたい…
動揺の止まらないイオンをさらに追い詰めるかのように、アレシアは、ゆっくりと視線を上げ、潤んだ瞳で窺うように彼の瞳を捉えた。
「皆様の前で…そんなに見られては恥ずかしいですわ…」
「っ…」
潤んだ瞳、赤く染まった頬、合いそうで合わない巧みに晒される視線、震える声、彼女の全てがイオンの心を掻き乱した。
鼓動が早くなり、アレシアのことしか考えられなくなる。ふっ飛びそうになる理性を必死に抑え込んだ。
ここは王宮、取り乱した姿など見せるわけにはいかない…
イオンは必死にとり繕い、どうにか平常心を保っていた。
今まで型にハマった笑顔しか見せてこなかったアレシア。そんな彼女が恥ずかしそうに頬を染め、瞳を潤ませている。
その破壊力は凄まじかった。
彼女の姿を目にした周りの男性達は、一瞬で魅了された。
パートナーがいる男性でさえ、惚けた顔でアレシアに見入っていた。
彼女の美貌と魅惑的な姿に、女性すら頬を朱色に染めている。
一方、特訓の成果を発揮できたアレシアは、
よしっ!これで掴みはオッケーね!
と心の中で拳を握っていた。
アレシアは、周囲にバレないよう、偶然を装いながら何気なくファニスのいる方を見た。
彼は、手で数字を示してアレシアに見せた。
結果を確認した彼女は、満足そうに頷き、大輪の花のような、輝く笑顔を見せた。
そんな2人のやり取りなど知らない周囲は、恥じらう姿から一転、華やかな笑顔を見せたアレシアに再度心を射抜かれていた。
床に膝をつく者や壁に手をつく者まで現れたのだった。




