特訓!
今日は週に一度の、ティモンの休みの日だ。
普段は朝から晩まで勉学に明け暮れ、時折領地にも足を運び、現地でも積極的に学びを得ている。
領民を軽視していた父親のネストルとは違い、身分に関係なく、平等に人の話を聞く姿勢を持つティモンは、あっという間に彼らの支持を得た。
早く正式に公爵を継いで欲しいという声が多く上がっている。
今年14歳になるティモン。
公爵家嫡男が自分の家を継ぐ場合に限り、王宮に申請すれば特例が適用される。
特例として認められれば、成人前でも、15を迎えれば公爵の位を引き継げるようになる。
彼は、ファニスの手を借りながら、最短で公爵の座に着くべく、日々奮闘していた。
そんな彼は今、姉の相手役に奮闘していた。
「ねぇ、もうちょっとそれっぽく出来ない?」
「姉様、僕には無理だよ…」
努力家で諦めない心を持つ彼にしては珍しく、早々に心が折れていた。
アレシアは、婚約パーティーで目一杯稼ぐべく、愛される女性の演技の練習をしようと、ティモンが休みの日に相手役をお願いしていたのだ。
が、アレシアと同じくらいの身長のティモンではバランスが悪く、また、実の姉相手に口説けるはずもなく、ちっとも練習相手にならなかったのだ。
「今まで死ぬほどやってきたから、ダンスも所作も完璧に出来るのだけど…愛されるっていうのは、どんなふうにしたら、そう見えるのか分からないわ…」
「それは…僕にも分からないな…」
さて、どうしたものかと2人で考え込んでいたところに、ファニスがやってきた。
最近の彼は、完全に2人に身内扱いされており、先触れなしに訪問することが常となっていた。
「アレシア様、例の文書を持ってまいり…」
「ファニス!ちょうど良いところに来てくれたわね!」
彼の言葉を完全に無視して、自身の喜びを被せてきたアレシア。
ファニスは、彼女の輝くような眩しい笑顔に、嫌な予感しかしなかった。
「一応聞くだけ聞きますが…どうなさいました?」
「私の練習相手になって欲しいの!」
「…何の練習でしょう?」
「それはもちろん、愛される女性になりきるための練習よ!」
「…それだけは絶対に無理です。私には出来ません。諦めてください。何を言われても無理なものは無理です。嫌です。死にたくありません。」
ファニスにしては珍しく、強い意志を持って徹底的に断りの意志を示した。
それもそのはず…練習とは言え、アレシアのことを見つめたり口説いたりなどしたら、どんな凄惨な最期が待っていることか…彼は想像しただけで全身に震えが走った。
この場に王子がいなくて良かった…
心の底からそう思っていた。
「どうして2人とも協力してくれないのよ!練習しないと、このままではタダ働きになってしまうわ!」
そんなこと言われても、これはさすがに…ねぇ?
とファニスとティモンは黙ったまま視線を交差させた。
アルティーノ家の長男という自覚が芽生え始めてきた面倒見の良いファニスは、仕方ありませんねとアレシアにアドバイスをすることにした。
「諸事情により、アレシア様の練習相手は承れませんが、いくつかコツを伝授して差し上げましょう。私が今からお伝えすることを実践すれば、間違いなく素敵なカップルに見えるはずです。」
「さすがファニス!貴方は何でも知っているのね!さっそく教えてもらえる?」
ファニスがいくつかの『コツ』とやらを実践してアレシアに見せ、それを彼女に真似させた。
彼女の動きと表情を見て、もっとこうしたら良いですよと細かい演技指導を入れていくファニス。
こんなこと、どこで仕入れてきたかは謎であるが、指導する彼の姿はかなり様になっていた。
一方、ファニスのお手本を何度も目にする内に、アレシアは、彼のことがどんどん可愛く見えてきてしまった。
「ファニス…貴方って人は、なんて可愛らしいのかしら…」
アレシアが新たな扉を開きかけたため、その日の練習は強制終了となった。
ファニスが帰った後も、アレシアは彼の可愛さを思い出し、しばらく惚けた顔をしていた。




