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武器を買う前に、予定の予算を使ってしまった。
残金はおよそ三百万ゴード。
厳しいものはあるが、無手ではどうしようもない。このままだと暴食蜥蜴の小盾で殴るくらいしか、攻撃手段がない状態だ。
想定より価格を抑えてでも、武器は購入しなければ。
「百万ゴードほどで買える武器はありますか。――ああ、そうそう。できれば長柄の武器でお願いしたい」
もう、駆け引きなしで予算を告げておいた。
唯々諾々と彼女らの提案するものを購入していては、無一文になってしまう。
近距離用の副装備として、短剣あたりも用意しておきたくはあるが、果たして所持金をこれ以上減らして大丈夫なのか。よくよく考慮しなければ。
「ん」
アダラトさんの目線の先を追うと、一柄の戦鎚に行き当たる。
「それは戦鎚ですか?」
「ああ」
それは、今まで使用していた戦鎚より、上腕一本ぶんは長かった。
柄頭だけでなく、長柄の部分も金属で鋳造されている。これなら強度に不安はなくなりそうだ。
また、鎚の反対は鶴嘴であるところは同様で、柄の延長上に鋭い穂先が加えられている。これなら刺突も可能となり、攻撃手段に幅がでる。柄頭の重さのバランスが悪い点は注意だな。
「九十万ゴードだ」
あまりに素っ気ない。
さすがに、それではお金を払う気にはならない。
「どこがどう素晴らしいとか、説明はないんですか」
「見れば解るだろう」
「解っているのかもしれないし、解っていないのかもしれない。それすらもわからない状態ですが……」
「父さん。腕はいいんだけど……。ごめんなさい。私が説明するわ」
まず、俺の予想した通りの利点は網羅していた。
他には角張った錘の石突き。
これによって近接戦時にも対応できるらしい。
使われている金属は、ウーツ鋼であるという。弾性があり、丈夫で折れにくいと説明を受ける。
まだ、架空の金属の登場とはならなかったようだ。
派手な色であったり、光を放っていたりといった、不思議金属製の特権階級が持っていた武器よりは、確実に格下である。
性能はそれなりということだろう。
それでも、ランク二の武具一式で五十万ゴードだったことを考慮すると、ランク一の戦鎚よりは数段高性能なはず。
「買わせていただきます」
「ありがとうございます」
硬貨を手渡し、新たな戦鎚を受け取る。
格闘戦なみの距離にも対応できるというのが、決め手になった。
予備武器は格闘戦用の武器以外もありだな。暴食蜥蜴の小盾も、格闘戦で使える武器となることだし。
「これって鋳潰して使ったりできますか?」
腰に括りつけた破損寸前の戦鎚を、軽く叩きながら訊く。
「使えるとは思うわ」
持っていても仕方ないので、譲ろうとすると、
「私たちは商人ですので、お金を出す価値があると判断すれば買い取りはしますが、施しは受けませんよ」
と、ラーニアさんはにこやかな笑みとともに、チクリと棘を吐き出す。
「申し訳ない」
「そうですね。一万ゴードで買い取りましょう」
素直に謝ると、何事も無かったかのように取り引きを申し出てくれた。
まあ、そんなものか。一日分の食費くらいにはなる。
もはや使いどころも無いし、売ってしまって構わないだろう。
ついでなので、ニオの手斧の状態を確認して貰おうと、背負い袋から取り出す。
そうこうしていると、ラーニアさんが俺の背後を見ながら笑みを浮かべる。
「あちらの手斧も、お買い上げですか?」
「あちらの手斧……、ですか?」
ラーニアさんに言われて振り返ると、勝手に露店から持ち出したと思われる手斧を、肩に担ぐように所持するニオがいた。
どことなくご満悦な様子である。
「ニオ。お前の手斧なら、これがあるだろう?」
そう言って、布を剥がしてから、ニオに手斧を差し出す。
彼女はおずおずと俺が差しだした手斧を受け取って、じっとそれを見つめる。
続いて、露天から持ち出した、どことなく禍々しい形状の手斧を見つめる。
妙に、言語として聞き取り易い言葉であった。
「ぽいっ」
俺の手渡した手斧は、石畳にガランと音を立てて横たわる。
先ほどは、あんなに名残惜しそうにしながら、渋々手放していたのに。
なんて酷い扱いだ。
ニオは、新しい手斧を天に向けて突き出すようにしながら、それに熱の籠もった視線を送る。
「ぽいっ、って。おい」
「あははは!」
ナブーさんが、笑い声を上げて俺たちの様子を遠巻きに見ているのが、腹立たしい。
なぜ笑っているのか理解に苦しむ。
爪の先ほども面白くないのだが。
「ふむ。見る目があるな」
アダラトさんが呟く。
そういう問題ではない。
「お金がないので無理ですよ」
「いくらだ?」
状況から察すると。
「残りの所持金ですか?」
「ああ」
「二百万ゴードってところです」
使うとしても、薬や飲食物に使うべきお金である。
むしろ、既に予定より使ってしまっているくらいだ。
例外としては、数万ゴード程度の安価な予備武器くらいになら、使ってもいいという注釈付き、といった感じ。
「足りんな」
素材の金属の見た目からして、高価そうであった。
想定できる返答だ。
全体が木目調の美しい模様の入った金属でできている。
三日月状の斧刃と同金属の短い柄は、接合ではなく、ひと繋がりになっていた。丈夫さも保障されているだろう。
刃の鋭さも目を見張るものがあるが、そもそも刃が潰れてしまっても、叩き斬るという用途でも充分な破壊力は確保できる。
手斧もまた、耐久力に優れた武器といえる。
しかし、お金が足りない。
残念なことに、買えないものは買えないのだ。
「だが、まあ。いろいろと纏めて購入してくれたからな。二百万ゴードで譲ってやろう」
いや、譲ってやろう、じゃないよ。
完全に所持金を吐き出してしまっては、食い詰める可能性すら出てきてしまう。最悪を想定して、最低限の手持ちは残しておかないと。
「父さん、それだと、利益が全くないじゃない。はあ、まあ仕方ない。一度、口にしてしまったわけだしね。商売人として売らないわけにはいかないか……」
ラーニアさんは憂いを帯びたように目を細め、軽く首を横に振った。
そんな気遣いは無用である。
「いえ――」
「あはは。よかったじゃないか」
眼帯をした厳つい顔のおっさんは、無責任な発言をしながら俺の肩を叩いてくる。
外堀が埋められていくように、購入する流れになっている。
「いや、しかし」
と反論を試みようとする。
「イザナくん。あれを見ても取り上げられるのか?」
かわいそうじゃないか、とナブーさんの言葉が遮るように投げかけられる。
……宝物を見つけて喜ぶ子供の図。
お気に入りの手斧を無理やり奪い取って、投げ捨てられた手斧を無理やり持たせる……。
想像してしまうと胸が痛む。
そして、やる気を削がれたニオがしくじって、俺もニオも死んでしまうという、有り得なくもない未来が脳裏に浮かんだ。
子供のような思考という条件も考え合わせると、より強くそんな展開が危惧される。
予感めいたものというのを、蔑ろにしてはいけない気がした。
「くっ。……し、仕方ない。買わせていただきます」
◇
「確かに、受け取りました」
会計を終えてしまった。
もう、諦めるしかない。
それでも、端数まで告げなかったのが幸いした。
十万ゴード硬貨と、小銭が少々残ってくれた。
今日明日に、食料や飲料が買えなくなるような、極限ともいえる手詰まり状態は免れられた。
薬は、本日中には手に入れられないな。今の所持金で買えるような薬なんて、化け物染みたこの身体には役に立たないだろう。
ニオが投げ捨てた手斧を、俺の予備武器として使うことにした。
刃はところどころ欠けていて摩耗もしている。打撃武器としてなら使えなくもない状態。それでも、もう武具にお金は使えない。
軽く状態を見てもらったところ、大きな破損個所はない、という。
◇
ニオの靴以外の、全ての装備品を受け取ったのは、夕方になってからであった。
靴の完成には、三日から四日ほど時間が欲しいとのこと。
思いのほか、時間を消費してしまった。
完全に日が沈む前に、成長の碑石で能力を強化して、港の区画まで戻りたかったのだが、難しいかもしれない。
牛頭の巨人の動向次第では、港から移動して野営になる虞もある。
討伐されていればいいのだが、それらしい情報は入ってきていない。
ただし、討伐されていたらされていたで、上位陣とはさらに差が広がってしまうという事実。
どうしても焦燥は感じる。
もう、一刻も無駄にはしたくない。
――しかし、時間も厄介事も待ってはくれないものだな。
またしても、何事かが起こってしまったようだ。
不穏な空気を孕んだ騒々しさが、防ぎようもなく鼓膜を震わせてくる。




