第17話 磔のマリナ 9
異世界召喚 111日目
イシュ王都を出発し、14日目
「それはできません」
マリナは申し訳なさそうに、しかし迷いなくきっぱりと博影に伝えた。
マリナが処刑されようとした日から、4日目の朝…
奥の部屋で朝食を食べながら、マリナへ昨夜の話し合いの事を告げるとマリナは了承しなかった。
「マリナ、しかしこのままではどうしようもないよ。私たちとともに、ひとまずイシュ王国へ逃れることが最善だと思う」
ルーナは食事をいったん止めて、マリナへ優しく語り掛けた。
「ルーナ、ありがとう。でも、私だけこのグリナから逃げるわけにはいかない。仲間を、グリナの市民をおいて一人だけ逃げるわけにはいかない」
「マリナ、君が残ってどうなる。
チャウ伯爵たちにとっては…死んでほしい者が生きていた…また、君を探し捕まえ、処刑しようとするだろう。その時、君の周りの人たちは君を守ろうとするだろう。守ろうとして、命を落としていくのでは?」
博影の足元には、チェルが足を投げ出して座り、博影の足にもたれかかっている。
会話に全く興味なさそうに…
「博影様、私にグリナを捨て…他の国へ逃げて生きろと言われるのですか?
市民達に受け入れろと…どんな理不尽なことでも受け入れて生きろと言われるのですか?
怯えながら生きて、悲しみながら生きて、希望を持たずに生きてなんになりましょう。それで生きているといえるのでしょうか?」
「では、どうする?
どのような思いがあっても、死んでしまえば何も残らない。理想だけでは、なにも変わらないと思うよ。それとも、祈れば何か変わるとでも?」
システィナは、思う。博影が、このような言い方をするとは…博影らしくない。
マリナは、唇をかみしめ博影を見る。
…博影の言いよう…悔しい…しかし、その通りだ。私にこの状況を変えることは出来ない…
「たしかに、私の力ではなにも変わりません。何も出来ないでしょう。
また、イリオス神は大地を照らし、人々を照らし、すべての物を照らし恵みを与えてくださいます、私たちが生きるために手助けをしていただけますが、直接、私たちの運命に手を下されることはありません…」
マリナは、膝の上で両拳を力いっぱい握る。
「でも、でも、イリオス神は、私たちの前に姿を変えて現れになった。50年に一度現れるスコル神となって現れた。
太陽の神、イリオス神が日食の神、スコル神となって私たちの前に現れた。
博影様、あなたはスコル神ではないのですか?私たちを、導くために現れたのではないのですか?」
マリナは、博影の目をしっかりと見つめた。
「…マリナ、悪いが俺は神ではない。普通の人間だよ」
博影は、マリナから目を外し一口水を飲む。皆は、口を挟まず博影とマリナの話を聞いていた。
「嘘です…嘘です。博影様はスコル神様です。
たった一人で、私を助けてくださった。黒い甲冑を身に着け、太陽の光を遮り、太陽から現れた。あなたはスコル神様です」
マリナの目には、うっすらと涙がにじんだ。
博影は、自分の目から瞬きもせず目を離さないマリナの目から視線を外し…目を閉じた。腕を胸元で組む…
「…私たちを…助けてはいただけないのですか…」
マリナは、博影の閉じた目から目を離さない。その涙がにじんだ目で…
博影は、目を閉じ腕を組んだまま一言も話さない。
「…助ける気がないのなら…なぜ私の命を救ったのですか?…なぜ、なぜ…私に…私たちに希望を持たせたのですか…
あの日…もはや私に希望はなかった…あの日終わるはずだった……楽になれるはずだった…
私に希望を持たせたのは、あなたなのに…」
マリナは目を閉じ泣いた。
「マリナ…すまない」
博影は、一言マリナへ声をかけると席を立ち隣の部屋へ続く扉を開けた。
マリナのそばには、ルーナとファビが残り、マクシス将軍、フェビアン、システィナ、チェルは博影の後を追い隣の部屋へ入った。
黙って、皆椅子へ座る。
しばし皆無言となり…フェビアンが口を開く。
「博影、あれでよかったの?」
博影は、フェビアンを見ず天井を見上げた。
「あぁ…」
システィナが、代わりに口を開く。
「我々では、なにも出来ない。
約騎兵900名、歩兵2000名…ここは川のほとりでもなく、森の中でもない。どのような策を講じても無理だ」
「人口約2万のグリナ…市民兵として1000人、剣を取れば良いほうでしょうね。市民兵が立ち上がったとしても、見せしめの処刑が増えるだけね」
フェビアンも、ため息をつく。
ここは、モスコーフ帝国領内であるが、マクシス将軍が治める領地でもないし、チャウ伯爵と親しいわけでもない。
ようは、フェビアンやマクシスにとって他国に近い感覚なのだ。
しかし、モスコーフ帝国に反する行動を取れば、当然処罰の対象となる。
マクシスやフェビアンは、モスコーフ帝国内では、あくまで博影達の敵である。協力することはできない。
トン、トン
不意に扉をノックする者がいる。
フェビアンが、返答し扉を開け対応する。
「あら、見回りなら一昨日来ていただきましたよ」
「そうでしたか、いや我々は、こちらに良い治癒師がおられると聞き、お願いがあって参ったのです」
3人の騎士のうちの一人が答えた。
無理に断わるわけにもいかない。
「フェビアン、入ってもらって!」
「わかりました。こちらへどうぞ」
フェビアンは、4人の騎士を中に入れ椅子をすすめた。
3人の騎士の物腰は、一昨日来た騎士たちに比べやわらかい者であったが、目は、心の奥底をのぞくかの如く見開いていた。
「で、どの方の治療ですか?」
博影は、一人一人を見定めるような目つきにならないように気を付けながら、3人を一人ずつ見ていく。
「私、もとロムニア王国に仕えていました騎士の末裔で、グラド・ペシエと言います。
実は、身内の者が両足大腿に深い刀傷を負いまして、すぐに治療をお願いしたいのです」
グラドと名乗った騎士は、笑いを収めまっすぐ博影を見つめた。
博影も、おもわず笑顔を消してしまう。
…こいつ、どういうつもりだ。両大腿の刀傷…とは、マリナの事。マクシス将軍の名前で、対象者から外れたと思っていたが、こうもストレートに、挑んでくるとは…
「博影、ロムニア王国というのは、モスコーフ帝国に滅ぼされた王国。このグリナはかって、王都ロムニアと呼ばれ、ロムニア王国の中心だったのだ」
システィナが、博影の疑問をサポートする。
…つまり、俺たちの敵ではない…と言いたいわけか…
「両大腿を深く切られたのなら、多くの血が流れているでしょう。すぐに、止血しなければいけません。その方は、どこにおられますか?」
博影は、グラドと名乗った騎士から目を外さない。
「黒騎士が、マリナ様を抱え逃亡した。
その屋根伝いの途中から血の跡がなかった。これは、止血の治療したのだろう。
あの深手を一瞬で止血するとは、かなりの治癒の腕もあると考える。
そして、黒騎士はマリナ様を抱えて川に入り逃亡しようとしたという。
いくら治療したとはいえ、すべてを回復させるほどの時間はなかったはず、両大腿部に、かなり深い刀傷を負った状態で川に入るとは思えない。
また、川下でマリナ様の多量の血が付いたスカートだけが見つかった。他の物は、なにも見つからなかった…ということは、黒騎士には他に仲間がおり、屋根伝いに逃亡する途中、仲間にマリナ様を渡し…その後、偽装していかにもマリナ様を抱えて都市の外へ逃亡したように見せた。
2人以上の旅人で、かなり高い治癒師の能力がある旅人…
そんな者は、このグリナに2人といない」
「なるほど、で、あなた方は、なにが望みなのでしょうか?」
博影は、あくまで相手の問いには答えず相手から言葉を出させる。
ペシエは、ゆっくり腰の剣を外しシスティナへ差し出した。他の3人も、マクシスや、フェビアンに差し出す。
3人は、片膝を床につき博影に対し頭を下げた。
「博影殿、マリナ様へ合わせていただきたい」
奥の部屋の扉が少し開き…
「ペシエ!」
マリナは、ペシエ・グラドへ向かい駆け出す…足に力がしっかり入らず思わず前に倒れる。
「マリナ様!」
ペシエや他の騎士がマリナへ駆け寄り、倒れる前に支えた。
「ペシエ、セドナ、トゥロク、みんな無事だったの…よかった。なかなか帰ってこないから、すごく心配しました…」
マリナの目から、喜びの涙があふれた。
「親父殿、ファビの部屋で待っていてもらえますか? ファビの体調も気になるので」
マクシスは…わかった…と一言いうとルーナと入れ替わり隣の部屋へ入った。
マクシスは、モスコーフの盾と呼ばれるほど知られている。身分が知られる前に、となりの部屋へ入ってもらう。
しかし、話の内容はフェビアンに聞かせマクシスへは隠し立てはしない。
博影の配慮だった。
また皆でテーブルを囲み話を聞く。
マリナ・イット…本当の名は、マリナ・イット・ロムニア。
かなり遠縁ではあるが、この城塞都市グリナを治めていた王族の末裔である。
その王族の近衛騎士団の一つが、ペシエ家で彼はその末裔グラド・ペシエ。他の2人の騎士も騎士団の末裔だという。
1市民として隠れ、永らえてきたロムニア家を支えてきたのだという。
マリナの事は赤ん坊のころよりお世話している…と、この部屋に入り、初めて屈託のない笑顔で笑った。
「南方の戦より帰ってきてみれば、マリナ様は捉えられたとか…処刑となるところを黒騎士と逃亡されたとか…
一昨日は、処刑が行われたが…どうやら偽物だったとか…
もう、考えがついていきませんでしたが、マリナ様が無事で良かった…黒騎士殿、誠に恩にきる」
3人の騎士は、深々と頭を下げた。
騎士ペシエは、おどけて見せたが、グリナへ帰ってきて、わずか三日で博影達の場所を突き止めるとは、かなり思慮の深い人物…と博影は考えた。
一通り話をした後、ルーナが切り出した。
「私たちに、なにか有益な情報はありますか?」
「…有益な…そうだな、グリナ城の地下牢にはイシュ王国の身分の高い貴族や騎士たちが数人捉えられていると聞いている。
身分の高い捕虜は、高い金になる。
チャウ伯爵は、金への執着がすごいから…
後は、明日か明後日には、商人のグリナへの出入りは許されるだろう。ただし、かなり門での身分や素性確認が厳しいと思うが…」
「なるほど、ありがとう。私たちも、明日か明後日にはここを旅立てそうですね」
ルーナが、システィナへ向かい目配せした。
「では、そろそろマリナ様…」
騎士ペシエが、マリナを促した。
「しばし待ってください」
マリナは、奥の部屋へ入り、ファビと、マクシスへ感謝とお別れを告げた。
マクシスは、マリナが不憫だと思う。王家の末裔の衣を背負い、民衆の期待を背負い…この細い体で、よく押しつぶされないでやっている。
マクシスは、マリナへ祝福が訪れるように祈った。
部屋から出てきたマリナの目には涙が浮かんでいる。博影の足元に陣取るチェルの頭をなでる。
「チェル、助けてくれてありがとう」
チェルは、興味がなさそうにマリナを見上げた。いつのまにか、マクシスとファビも扉をあけマリナを見送っている。
ルーナの耳元に近づき、そっとつぶやく…
「ルーナ、ありがとう。どこまでも一緒に行けて、ルーナがうらやましい」
不意打ちの言葉に、思わずルーナは頬を赤らめた。
システィナに近寄り…
「シス、ありがとう。
私から、シスへ一言…好きな人の前では素直にならないと後悔しますよ」
くすくすと、マリナが笑い、ルーナもつられて笑う。
「なっ? 余計なお世話だ」
システィナは、マリナをにらみ…ちょっとだけ横目で博影を見る。
…と、博影は素知らぬ顔をしている。
…くっ、動揺した私がばかみたいだ…
「マリナこそ、人を好きになったことはあるのか?」
システィナは、自分に視線が集まる雰囲気にいたたまれずマリナへ言い返した。
「ん、そうですね……
いままで、一生懸命生きてきて、人を好きになることも、好きになりたいと思ったこともなかった…でも…」
マリナは、椅子に座る博影に近寄り博影を抱きしめた。強く抱きしめた。
そして、博影にゆっくり口を近づけ…キスをした。
驚いた博影だったが、マリナのいっぱいいっぱいの雰囲気にのまれ、博影もマリナを抱きしめる。
マリナの心臓の音が、うれしさを気持ちを博影に伝えた。
マリナから、両手ゆるめ…愛おしそうにはなれた。
「最後の最後に、人を好きになれたかな。
博影様、無理やりキスしたこと謝りませんよ。すべての希望が途切れ、絶望した時に…あんな風に助けるのですもの…これくらいの責任は取ってください」
マリナは、目をつぶり一呼吸置き…
「それと……
さっきはひどいことを言ってごめんなさい。助けてくれたこと、本当に感謝しています。
最後の最後まで、私らしく頑張ります。
もう、処刑台に上がった時のような…あの時のような顔はみせないわ。
シス、ルーナ、フェビアン、チェル、親父様、ファビ…
そして、博影様…
無事にグリナを脱出してください。では…」
マリナは、深々と頭を下げた。
そして、ペシエ達も深々と頭を下げマリナと部屋を出ていった。




