第16話 磔のマリナ 8
異世界召喚 110日目
イシュ王都を出発し、13日目
夜明け…
ゆっくりと森に朝がやってくる。しかし、木々の間はまだ真っ暗である。
昨日から、わずかに雨が降っている。博影とチェルは、木の上の寝床で目を覚ました。
チェルが、博影の顔をすこし心配そうに覗き込んでいる。
「だいぶいいよ。体はあちこちきしむけど、体力、魔力ともほぼ回復した。そろそろグリナに戻ろう、皆が心配している」
博影は、術袋から干し肉とチーズ、パンを取り出す。チェルには、干し肉を多く渡す。
チェルは、大きな干し肉を頬張ると…
「ヨウス…ミテクル…」
といい、木から飛び降り真っ暗な森の中へ消えていった。
…寝床にも不満はないし、食事もあるからいいけど、風呂に入りたいな…
博影は、術袋から下着も取り出し着替えた。
2時間ほどするとチェルが戻ってきた。
「キシ…ヒト…イッパイイル…シタイ…ハコンデイル…」
そう言うと、チェルは、干し肉をおいしそうに頬張る。
「そうか戦死者を迎えに来ているのか…翌日来ずに、翌々日に来るとは、グリナも混乱しているのかもしれないな…」
「チェル、夕方から動こう」
2人は、再び布団の中にもぐりこんだ。
昼過ぎ…小雨が上がる。空はまた降りそうな気配である。博影が起きると、チェルはいなかった。しばらくすると、帰ってくる。
「ダレモ…イナイ」
「よし、準備をして行こう」
幕や毛布を術袋に入れる。そして、嫌がるチェルに無理やり服と皮鎧をつけさせる。
「グゥゥ…」
チェルが不満げに少し唸るが、いつまでも全裸にしておくわけにはいかない。お互いローブをはおり、木から飛び降りた。黒いローブのおかげで、ゆっくりと地面へ落ちていく。
その感覚に、チェルは少し戸惑いあわてている。
…魔物といっても、こんなところはお子様だな…
思わず笑ってしまう。
チェルが、先を進み博影が後をついていく。2時程歩き、一昨日の戦場に出る。
森が焼かれていることや、あちこちの草木が倒れている様子から、ここで何かがあったことがわかる。
どうやら、遺体は一つも残っていないようだ。
森を抜け、草原を歩き小川に出る。
濡れてもよい服装で川を渡り、また着替える。
橋がないというのは、本当に不便だと実感する。
川沿いにグリナへ向かいながら、チェルの能力を確認しておく。
体力、魔力ともほぼ回復したチェル。足の速さは、騎馬より若干早い、跳力は、5mほど。視力、嗅覚、聴力なども以前よりかなり上回っているようだ。
片言の会話も出来るようになった。
そして、以前と異なること…
背中の2本の触角から電気を放出できる。
雷のように空気中に放電…とはいかないが、触角で触れたものを痺れさせる事くらいから、死に至らしめることも出来るようだ。
この触角の能力が、雷獣と言われる所以なのだろう。
放電時間は、約1分…そう何度も連続で使えるわけではないようだ。
それと、右の首筋に、小さな魔法陣を出現させることが出来る。
しかし、チェルの魔法陣は、他の者へ作用することはできなく、自分自身への作用、傷の回復や身体強化の力と思われた。
見た目は、黒い髪、黒い目の、ちょっと浅黒い肌の12~13歳ほどの手足の長いスタイルの良い少女。
背中の触角と尻尾以外では、耳が若干とがっていることと、八重歯が少し目立つことが特徴に思える。
数人の騎士たちは、魔人? と呼んでいたが、この世界では魔物から人型へ変化した例があるということだろう。
チェルの場合は、魔法陣の力と大きな魔石の力で変化したというところだろうか…
途中、グリナへ通じる街道に出た。
街道沿いを歩いていくと、街道横に商隊が休憩していた。50人程はいるようだ。
「子供二人で、どうした? どこぞの村へ帰るのか?」
一人の男が博影たちへ近づきながら話しかけてきた。
博影は、頭を覆うフードを取り…
「いえ、城塞都市グリナへ旅しています。私は治癒師で、この子は小さいですが亜人で私の護衛です。皆さんは、グリナから港町のほうへ向かう途中ですか?」
博影は、王都のギルドで発行してもらった治癒師の身分証を見せた。
「15歳で治癒師かぁ~確かに、治癒師に年齢は関係ないわな。しかし、城塞都市グリナへは入れないぞ」
男は、博影達を皆が集まっている焚火へ案内し、あったかいお茶を差し出した。
商人たちの話では、2日前グリナで騒動があった。
その騒動の為、グリナへの出入り禁止と、グリナ市民の夜間外出禁止令が出されている。
博影が当事者ではあるのだが、マリナの処刑や黒騎士の事なども商人たちが話してくれた。
おおむね、合っていた。
「それと、衛兵は答えちゃくれなかったが、どうやら、黒騎士に騎兵100人以上がやられたらしい。黒騎士の供には、魔人もいるとの噂もある。
昨日、今日と黒騎士の捜索隊が森へ向かっていったが、半日程度で帰ってくるし…騎士といえどグリナの騎士は下級騎士が多いから、2、30名の小隊では、黒騎士に恐れをなしてもしょうがないわな」
商隊の男たちは、天幕をいくつか張り出した。
商隊の中に体調のすぐれない者がいるので、早めに野営の準備をする…とのことだったので、情報とお茶のお礼にと、天幕内で、魔法陣が見えないように目隠しをし、数人の治療を行った。
体調を崩していた商人や傭兵にかなり感謝され、夕食もごちそうになった。久しぶりに暖かいスープをもらい、チェル共々お礼を言う。
「街道といえど、日が落ちたら危ない。2人も一緒に泊まりなさい…」
と、ありがたいお誘いがあったが、グリナが門を閉じ出入りを禁止しているのならば、夜忍び込むしかない。
丁重に断り、先を急ぐことにした。
すると、商隊の護衛の傭兵たちが馬で送ってくれることになった。
2時間程で、城塞都市グリナのそばへ着く。
傭兵たちにお礼を言い、明かりを灯さずチェルと城壁へ近づく。
城壁上は、あちこちで松明が灯されており、ところどころうっすらと明るい。
しばらく見ていると、その明るさの中を、数人が行き来している。
戦をしているわけではないので、見張りの兵はそう多くはないだろう。
チェルには、松明に照らされていなくても、城壁上の見張りの兵が見えているようだ。
チェルの指示で、正門に近づく。
正門は、博影が突破した時、門と橋を壊したが、修繕はされておらず、大きな丸太を縦にならべて門を塞いでいるだけだった。
どうやら、人の入る隙間はないようだ。
チェルに抱えられ、空堀を飛び越える。
正門そばの、壊れた橋の残材のそばに隠れる。
「どうするかな、魔法陣で城壁を乗り越えることはできるが、暗闇の中では、光る魔法陣は目立つ、黒騎士が現れたとすぐに見つかるだろう」
「ヒロカゲ…マッテロ…」
チェルは、空堀を飛び越え森へ目指し走っていった。
2時ほどで、チェルが返ってくる。
2頭の大きなイノシシを、それぞれ片手で捕まえている。イノシシは、気絶しているようだ。
「チェル、イノシシをどうするんだ?」
チェルは、得意げな笑顔をすると…
イノシシを抱えたまま、城壁を足で蹴りながら、飛び跳ねるように登っていき、あっという間に城壁の向こう側に消えた。
…2頭のイノシシを抱えたまま、城壁を駆けあがっていくとは、チェルに俺を抱えてもらえばよかったな…
と今更ながら博影は思った。
…ブギッ、ブギギッ…
「うぁ、なんだ、イノシシか?」
「檻から逃げ出したか? 捕まえろ、鍋にするぞ!」
見張りの兵たちは、面白がってイノシシを追い立てているようだ。
…ギィィ…
博影の傍の扉が開いた。
チェルが顔をのぞかせた。急ぎ入り闇に紛れて2人は建物の暗闇に消えていった。
宿の傍へ着いた。
チェルが、壁を登りシスティナ達のいる部屋の木窓をノックし、博影の元へ飛び降りてきた。
木窓が、少し持ち上がりフェビアンが顔をのぞかせる。
…あっ…
博影に気づき、木枠を大きく持ち上げると…チェルは、博影を右脇に抱え、壁を蹴りながら登り、窓から部屋へ入った。
フェビアンは、驚きながらも木窓を閉める。部屋には、フェビアン、システィナ、ルーナがいた。
「博影様、よくご無事で…」
ルーナが博影にぐずつきながら抱き着き、システィナはルーナごと博影を抱きしめた。
「心配したぞ」
「心配かけてすまなかった。すぐには動けなくてね」
ギィ…
奥の部屋の扉が開き、マクシスが出てくる。
「おぉ、騒がしいと思ったら、博影、無事だったか心配したぞ」
マクシスは、博影に駆け寄り博影の両肩をつかんだ。
「特に怪我はしていないようだな、手負いだと聞いていたからな」
「親父殿、大丈夫ですよ。まだ、あちこち痛みはありますが…」
と、おどけながら、博影も椅子に座らせてもらった。やはり人目を気にして隠れながら宿まで来ることは
精神的に疲れたようだ。
「ところで、その女の子は…?」
博影とともにいたことで、敵でないことはわかるが…フェビアンは、怪訝そうにたずねた。
「あぁ、この子は…」
…バシッ…
博影が、チェルに向かい…この子…と言ったとたん、チェルが博影のお尻を軽く蹴る。
そのじゃれあいを見てルーナが…
「えっ…もしかして、チェル?」
と言うと、システィナが、まさか…といった表情で少女を見た。
…たしかに、背中から出ている触角はチェルと同じ…
少女は、すでに椅子に座りテーブルの上の果物を食べだした。
「あぁ、その通りチェルだ。ちょっと、訳ありで人の姿に変化した」
「えっ…まさか…魔人? そんな、本当に存在しているなんて…」
他の者と比べ、ルーナやマクシスは、かなり驚いている。
ルーナとティアナは、魔法陣を使った召喚魔法を調べるため、術書や教会の教書、各地に伝わる言い伝えまで様々な本を調べている。
その中に魔人の事に関する物もあったのだろう。
「ルーナ、魔人というのは?」
博影がたずね、皆、椅子やベッドに腰かけた。
「魔人か…私が答えよう。モスコーフ帝国に伝わる話では…上位クラスの魔物の中には、2、300年生きる魔物もおり、その魔物の中で、特に魔力の強いものは人型に変化することがある。
変化すると…能力も格段に上がる。人の言葉を理解し、人の道具を使い、知性のある行動を取ることもある
と言われている」
マクシスは、果物を食べるチェルをまじまじと見る。
「亜人とは、異なるのですか?」
フェビアンも、チェルを見ながらマクシスに尋ねた。
「まったく違うな、亜人も人と比べれば力が強く体力はある。しかし、知性が低い。
魔人は、魔物として大きなる力を持ちながら人と同じいや、それ以上の知性を持つといわれている」
「後は…魔人が人に協力して何かを成した…という話は伝わっていない。都市や、国を滅ぼした…という地域の伝説は残っているが…
魔人は古より伝わる伝説の中の一つで、恐れられる存在だな」
ルーナも、チェルをまじまじと見つめる。
「しかし、こんな少女が魔人と言われてもな。かわいい魔人だな」
システィナは、テーブルの上のワインを飲みだした。
魔人の話はそこまでとし、マクシスより、この3日間で得た情報を聞き、博影もチェルとの3日間の事を話した。
今後の事も話し合われた。グリナの出入り禁止令が解かれれば、マリナもつれて、川辺の宿場町ルセへ向かう事で一致した。
マクシス将軍、ファビ、フェビアンの3人は宿場町ルセから、川船で川を下り、港町ガリアへ向かう。
博影達は、川を上り宿場町セベリを目指す。
話も終わり、扉の見張りの順番を決めそれぞれ就寝となった。




