第15話 磔のマリナ 7
異世界召喚 109日目
イシュ王都を出発し、12日目
城塞都市グリナを治めるチャウ伯爵が、グリナへの出入りを一切禁止し、夜間外出禁止令を出した日の夕方…
トントン
マクシス伯爵が滞在している部屋のドアをノックする者がいた。部屋の中にいる者に、一斉に緊張が走る。
「はい、お待ちください」
女性騎士フェビアンが答え、扉の鍵を開けると…
ガチャ
扉を開けて入ってきた者は、見回りの騎士3名だった。
「部屋をあらためる、宿泊者だな」
3人は、ズカズカと不躾に部屋へ入ってきた。
「これは、ご苦労様です」
フェビアンが対応する。
「宿帳によると、6人だな、全員ならべ!」
椅子に座るシスティナは思う。
…無礼な、いっそのこと3名とも切り捨てたほうが…
と考えつつ、椅子から立ちフェビアンの傍らに立つ。ルーナも同様に傍らに立った。
「ほう~」
騎士の一人は、システィナとルーナの美貌に思わず声を出した。
「3人か…ほかの3人はどこだ?」
「こちらです」
フェビアンが奥の扉へ案内する。
トントン
ノックをし、扉を開ける。2名の騎士が入り、1名は扉の外で待つ。
部屋の中には、こちらに背を向け、ベッドに横たわっている人間が一人…
ベッドの横で椅子に座り、付き添う人間が2人いた。
一人は痩せた、幼い少女。
一人は、体格のがっしりしている男であった。
騎士2名は、体格のがっしりしている男をじろりとにらむ。
あからさまに怪しい…この体格と雰囲気…何者…
「おい、おまえ立て!」
男は椅子から立つ、背も高い。その威圧感に思わず、騎士たちはわずかに後ずさった。腰の剣を握る…
「見回りご苦労」
その男は、近づいてきた。
その眼光に押されながら、
…この男、どこかで…
男は胸ポケットから、手のひらほどのモスコーフ帝国軍の身分証を取り出し、騎士に渡した。
「クィントス・マクシス…マクシス将軍! マクシス将軍ですか? これは大変失礼いたしました」
騎士達は、目の前の男がマクシス将軍と分かり、直立で胸へ腕を掲げ、挨拶を行った。
「手数をかけさせてすまない。実は娘と供の者で、カラデニス海の船旅を楽しみ、港町ガリアから、このグリナまで来たのだが、供の者が体調を崩してな。しばらく滞在しておるのだ」
マクシス将軍は、ばつが悪そうに苦笑いしながら騎士たちに説明した。
「そうでしたか、では今回は…」
「あぁ、私用で参ったからな。チャウ伯爵には挨拶もしておらぬのだ。今更、挨拶に伺うのも気まずいしな、もめごとに首を突っ込む気もない」
マクシス将軍は、傍らに寄り添う娘ファビの頭を撫でた。
「そういうわけでな。貴公達すまぬが、我々の事は見なかったことにしてもらえぬか」
マクシス将軍は、頭を下げた。
「将軍、頭をお上げください、我々は不審者の捜索が任務です。マクシス将軍には、なにも関わりのないこと、お供の方の、お早いご回復をお祈り致します」
騎士たちは、マクシス将軍へ深々と一礼すると部屋から出ていこうとした。
「ところで、不審者が出没しているのか?」
騎士は足を止め、振り返る。
「いえ、相手はわかっています。あのギュラー砦で100人切りを行った黒騎士が、このグリナに現れました。
しかし、将軍ご安心ください。黒騎士には、かなり手傷を負わせています。ただ、現在追跡中で…」
騎士の一人が言葉を濁す…
「むぅ、あの黒騎士が現れたというのか…奴には、さんざん煮え湯を飲まされたからな。手助けをしたいところであるが…」
マクシスは、ベッドに横たわる従者を見た。
「将軍、お気になさらずに。実は、このグリナにはもう、いないのです。罪人とともに城外に逃亡しています…」
マクシスは、半ば強引に騎士3人を宿の裏の酒場へ誘い、3人を酒でねぎらいながら事の経緯を聞き出した。
二時間後…
「モスコーフの盾と言われるマクシス将軍と杯を交わせるなど、身に余る光栄をいただき言葉もありません…」
騎士たちは、マクシスに何度も頭を下げ、引き続き見回りを続けるため、酒場の扉から出ていった。
部屋に戻る。
マクシスを取り囲むシスティナ達を椅子に座らせ、今聞いた情報を話して聞かせた。
「親父殿…ということは…」
システィナが、席を立つ。
「博影、チェルは行方不明ということだ」
システィナが扉に向かう。
「システィナ待て! 私も同じ気持ちだ。だがここで我らが軽率な行動をすると、博影の意思を…願いを裏切ることになる」
システィナやルーナの心情を考え、マクシスは穏やかながら強く言った。
システィナの腕をルーナが握る。システィナが、再度席に戻った。
「しかし、このままでは…」
机に両肘をつき、両手を目の前で合わせ、まるで祈るかのような姿で、システィナは焦りを口にした。
カチャ
フェビアンが寝室のドアを閉め、席に座る。
「マリナは、眠ったわ。熱もだいぶ落ち着いてきたけど、まだ動かせる状態ではないわ」
そう、あの時…
博影は、システィナとルーナへ指示し、鐘塔へ急ぎ登った。そして武装し鐘塔から広場中央へ向け飛び降りた。
博影は、マリナの縄を切り、抱え、魔法陣を使い屋根伝いに逃げた。
すぐにシスティナ達と合流し、チェルにローブをかぶせ、マリナが身に着けていた血で真っ赤に染まったスカートもかぶせ偽装した。
マリナは、システィナとルーナに任せた。システィナとルーナは、混乱に乗じて、マリナをこの部屋まで連れてきて、かくまっているのだ。
ここまでは、うまく事を運んでいるだろう。
しかし、グリナから出られなければ…いずれ見つかる可能性が高い。
「最終手段は、私の名を使いグリナから出ることだが、今はまだ、動くには早い。このタイミングでは、怪しまれるだろう」
マクシスは、両腕を組み目をつぶる…なにか手はないか…
「心配ですが、今の状況であれば博影様は大丈夫でしょう。ただ、かなり体力を消耗しておられると思います。
おそらく2~3日は森の奥深くにとどまるのではないかと思います。チェルがついていますから、森の中であれば安心でしょう」
気丈に言うルーナの口元が震えている。
…魔物のチェルがついているのだ…大丈夫なはずだ…
ルーナは、自分の心に言い聞かせた。
二時後…夜…
部屋へ食事を持ってきてもらい、皆でテーブルを囲む。皆で今後の事を話し合う。
「チャウ伯爵は、共犯者の存在を疑い警戒をしている…というよりも、市民と一部の騎士たちの暴動を恐れているようだ。
これほど、この地域が不安定とはな」
マクシスは、悔やんだが…
モスコーフ帝国より、イシュ王国へ入ろうとするならば、川を使えるこのルートが最も良い。北側のルートは陸路で、バチア山脈を越えなければならず、とても、当初の計画のファビを連れていけるルートではなかった。
「不審者よりも、市民の暴動を警戒しているなら、しばらくは、身動きが取れないかもしれませんね」
フェビアンは、ため息をつく。
ガチャ
奥の部屋の扉があいた。
「マリナ、まだ起きだしてはダメよ」
フェビアンが、壁に寄り掛かるマリナに駆け寄り体を支えた。
「いえ、私も話に加わらせてください。これは、私たちグリナの者に関わること…グリナの行く末に関わることです」
フェビアンは、マリナに肩を貸し椅子へ腰かけさせた。
「マリナ、足は大丈夫?」
ファビが、コップに水をつぎマリナに手渡した。
「ファビ、ありがとう。まだ少し痛むけど、大丈夫」
マリナは、コップの水を一息に飲んだ。
「皆さん、私の命を救っていただき、本当にありがとうございます。またご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません」
マリナは、深々と頭を下げた。
「私は反対したのだがな、博影は人の言うことを聞かない。マリナ、気にしなくていい、博影はおせっかいなやつだからな」
システィナの言葉に、ルーナもマクシスも笑いながら頷く。
マリナに、事の経緯を聞くと…
数年前に赴任してきたチャウ伯爵の施政…
あまりにも度重なる軍役や使役に市民が不満を募らせていた。
しかし市民たちは、酒場でうっぷんを晴らす程度で、実際に暴動を起こすものなどいなかった。
だが、1年前突如、不穏分子を匿ったとして、聖イリオス教の大司教や主だった司教、司祭が捉えられ、申し開きも出来ぬまま、城の地下牢へ投獄された。
そして、司祭が数人残ったが、身の危険を感じ、次々にグリナを離れていき、マリナ一人が残った。
この1年、市民の心のよりどころとして、司祭を務めてきたが、数日前の昼…
実の弟のイガルが、守備隊長ミヒャルとともに教会に現れ自分を拘束し、市民を扇動しモスコーフ帝国へ反逆を企てた…として、城の地下牢に投獄した。
そして、なんの取り調べもないまま、昨日処刑されることとなった。
「城の地下牢には、司教様、司祭様達…誰もいませんでした。牢屋番の方によると、処刑されたとのこと…」
マリナは、はらはらと涙をこぼした。
「見せしめか…弟も実の姉を裏切るほどだ。それなりの取引をしたのだろう」
システィナは、淡々と述べる。
今までどれほどの事を経験してきたのだろう…こういう時のシスティナは、感情を入れず無表情だった。その後も、皆で話し合ったが…
良い策が浮かぶわけではなく、数日様子をみるしか手はなかった。
ファビは…
窓の扉を開けた、あちこちに明かりは見えるが人は出歩いていない。
夜空を見上げる。
…この同じ星々を、博影様はみているかしら…
ファビは、星々に博影の無事を祈った。




