第19話 雷獣 1
レナトス暦 7017年
異世界召喚 4日目
【登場人物】
博影:義理の娘と共に異世界召喚された主人公。理由は不明だが、召喚された際に15歳に若返り、そして、治癒の力を持つ魔法陣を扱えるようになった。
沙耶:義理の父と共に異世界召喚された元気な高校2年生。
ティアナ:異世界召喚の儀式を行った15歳の少女、聖イシューレ教に仕える助祭。
魔物:伝説の間元と呼ばれる雷獣の幼体。豹に似ている。沙耶にチェルと名付けられる。
城の左奥、公爵邸の後方にある見張り台へ入り、地下へ進む。
まあ、地下といってもこの城が高台にあるので、城塞都市の石畳よりまだ上に位置すると思うが…
地下一階に着くと、降りた階段から先は真っ直ぐ廊下が伸びて降り、左右に数部屋に分けられた牢屋があった。広さは、畳四畳半くらい1人用だろうか…
30m程進むと、正面が大きな牢屋になっていた。畳9畳程あるだろう、2人の兵が、牢番を務めていた。
牢番からランプを渡されたティアナが、ランプを片手で掲げ牢屋を照らす。
「右奥の壁際にいます。水や干し肉など、食べます。たまには少し唸りますが、伝説の魔物の幼体と言っても、おとなしいものですね」
口調は軽いが、姿勢を崩さず状況を話してきた。
ティアナが、右側を照らそうとランプを掲げると。
グウゥ…グウゥゥ…
少しづつうなり声が大きくなる。右奥に、青く光る目が見える。
唸りながら、近づいてきた。
沙耶を自分の後ろに下げ、牢番も含め3・4歩後ずさりする。
「こんなに、威嚇してきた事はないのですが…」
牢番が少し怯えた。
全体が見えてきた。
真っ黒な…中型犬程の大きさの豹に似た動物だった。
豹と異なる所は、やや、顎が顔がすっきりとしておりチーターに似ている。
体つきはまだ大人ではないというが、チーターのように細くなく、足や首回りが太く見える。
又、背中、前足の付け根…盛り上がって見える左右の肩甲骨付近より、それぞれ、触角のような、尻尾より細い体の長さ程あるものが体に沿って、フワッと揺れている。
牢の鉄柵の所まで来た。ティアナをじっと睨むように一声唸ると…
鉄柵の隙間から鼻を出し、伏せの姿勢を取り、黒い獣は博影を見上げた。
その目は、さっきまでの険しさはない。
博影は、ゆっくり近づくと鼻先へ右手を伸ばした。
ゆっくり鼻先から、額まで数回撫でる。
「おぉ…魔物とはいえ、自分の命を救ってくれた人間はわかるのですかな」
後ずさったまま牢番は言うが、けっして近付こうとはしない。
「それなら、首筋を切り裂いた私の事は、かなり恨んでいるでしょうね」
ティアナは、苦笑いしながら言う。後ずさったまま近付こうとはしない。
「この魔物は、そんなに危険? 魔物?獣ではないの?」
沙耶も近づき、魔物の鼻先を撫ぜる。
「これは、獣ではなく魔物です。魔物は、腹部の奥に魔石を持っており不思議な力を使ったりします。
基本的に、魔物の領域に近づかなければ、人里に現れる事はありませんが、聖石を使用した武器を使う騎士でなければ、倒す事は困難です」
博影、沙耶の手に任せながら、魔物は、ちらっとティアナを見ている。
「この幼体というか子供は、伝説の雷獣です。魔物狩りに派遣された騎士部隊が、はぐれているこの魔物を見つけ、生け捕りにして来ました。
騎士10人がかりで、魔物の体力が尽きるまで戦い、二時間以上かかったそうです」
少しティアナが近付こうとすると、博影達に撫でられたまま、魔物は少し唸った。
ティアナは、若干怯え…後ずさった。
「公爵様からは、この魔物の扱いは、博影様に一任するとの事です」
「一任?」
「はい、殺して魔石を取り出しても良いし……牢から出しても良い、との仰せです」
ティアナは、愛想笑いを浮かべながら、かなり困っているようだ。
「? 魔物を牢から出してもいいの?」
ちょっと、噛みながら博影がティアナに尋ねた。
沙耶が、クックッと笑う。
沙耶に指摘されなくてもわかっている。
博影も、40歳の言葉遣いと、15歳の言葉遣いが混じり合って、話していて違和感があるのだ。
「はい。その代わり、この聖石が付いている隷属の首輪を魔物に付ける事が、条件ですが…
ただ、この雷獣の魔力がかなり強いので、私の力では隷属の首輪を付けられません」
「自分がこの首輪を付けれれば、牢から出して良いということか…」
撫でながら呟く。
「お父さん。生贄にされて、助かって、又殺される。閉じ込められる…可哀想だよ助けてあげて!
ねっ、チェルだって首輪つけるのに協力するよね〜」
沙耶は調子に乗って、まるで、家の猫を可愛がるように喉を撫でている。
魔物も嫌がっていない。
「チェルって、うちの猫の名前じゃないか…この顔で、チェルって感じか?」
「そうかなぁ〜似合わないかなぁ~、ねえおまえ、チェルでいいよね」
博影の言葉を意に介さず、もう、両手で可愛がっている。
「ティアナ。首輪をくれ、牢に入る」
立ち上がる。
「えっ、それはダメです。このまま、鉄柵の隙間から首輪を付けて下さい。
この鉄柵も、聖石のご加護をつけてますから大丈夫ですが、なければ簡単に嚙み切りますよ」
ティアナに、即却下される。
「いや、この魔物をいずれ逃すにしても、一緒にいるとしても、かなり強い魔物なら、よけいに自分が従えさせる事が出来ると、見せておかないと心配の種は消えないだろ。
首輪をつけなくても、従えさせる事が出来ると見せる」
博影は、入り口らしい所に立つ。
「普通ならとても了承出来ませんが、これは、昨日の博影様の治療に対しての、公爵様からのお礼との事ですので、絶対無理しないで下さい」
ティアナが鉄柵に近づき、博影に念を押した。
「雷獣程になると、人の言葉を理解する…と、言い伝えられていますから、まずは私も実証してみます。出来てから入って下さい」
ふぅぅ〜と、浅く長く息を吐き、魔物の前に立つ。
「おまえ、今の話を理解しましたか? 理解したなら、今から博影様がおまえをここより出すために入りますから、この柵のいちばん右端で待ちなさい」
魔物は、先程と違いティアナが近付いてもう唸らない。そして、仕方がないと…しぶしぶ立ち上がり、右奥へ行き博影へ顔を向け座った。
「まるで、人間みたい。いやいや、しぶしぶ、ノソノソしてる」
沙耶が喜ぶ。
ティアナが、左側にある入り口横の鉄柵外にかけてある聖石を左手で触れ…念じる。
「博影様、どうぞ」
開けて入る、魔物は全く動かない。
「いい子だね〜、動かないで待ってるね」
博影の後ろから入って来た沙耶が、嬉しそうに言い魔物へ駆け出した。
両手で首や頭に抱きつき頬ずりする。
周りの誰も、止める暇がなかった。
ちょっと、ドキッとしたが…
…しょうがないなぁ。まぁ、チェルでいきますか…
そう思いながら、博影も近寄り頭をなでる。
「チェルで、いいか?」
と苦笑いしながらたずねると、博影と沙耶の顔を魔物は交互に舐めた。
ティアナより、首輪を受け取り念じる。博影、沙耶の許可なく人や生き物を傷付けない事…
…魔物は、大人しく従っていた。




