血の繋がりー3
金色はこの猿のような脆い生き物に多いに興味をそそられた。が、金色の正体に気付いているのか金色が近付くと火がついたように泣き出してしまい中々思うように観察する事が出来なかった。
少々不機嫌になりふてくされる金色に苦笑しながらも彼等は本当に嬉しそうに幸せそうに笑っていた。金色は今度はそんな彼等の様子が気になってきた。銀狼族にも、というか魔族にも当然感情はあり喜怒哀楽がある。だが目の前の彼等のように多彩で複雑な感情の色というものがどうにも足らないというか深みがないのだ。
人間は魔族よりも弱い。寿命も短い。病気や怪我であっさり死んでしまったりする。だけど、だからこそ、そういう痛みにある種鈍感な魔族には出せない、脆弱な命が懸命に生きるからこそ輝き出る感情の迸りが人間にはあった。
しかし、この赤子はどうだろう。
生まれたばかりの、この世の理も何も知らぬその瞳には何が写っているのか。
金色はそれが知りたかった。
しかし結局の所金色がそれを知る事は出来なかった。金色は致命的なミスを犯してしまった。あまりにも赤子が生まれた事を喜ぶ二人の様子が幸せそうだったのでつい疑問が口に出てしまったのだ。
「人間は、子供を持てば誰もがこんな幸せそうに笑えるものなのか……?」
表向き、目立った変化はなかった。だが、確かに金色の言葉を聞いた瞬間二人の体はぴくりと硬直した。そして、目には見えない張りつめた糸がキリキリと音を立てていくのを金色は感じとっていた。
無理もない事である。金色の今の言葉は明らかに人外の者から発せられた言葉であったからだ。それでも金色の強さを二人が知らないままなら世間慣れしていない少しおかしな人の発言として流せただろう。けれども二人は金色がいとも容易くサンドワームを両断した一部始終をその目で見ているのだ。
それは明らかに人外の強さ。それも、その人外の者の中でも群を抜いた強さである。冒険者である二人がその事を理解できない筈もない。だが、同時に金色によって命を助けられたという事実が金色を追求させる事を躊躇わさせていた。
だが……
「……そういえば、あんたの名前をまだ聞いていなかったな。なんていうんだ?」
緊張を含んだ声でオンスは尋ねた。
「私の名は金色という」
特に躊躇する事もなく金色は答える。それも当然だ。別に正体がバレた所でどうという事もない。仮に彼等が魔族である金色の正体に気付いて襲ってきたとしても金色には簡単に返り討ちに出来るからだ。
「金色……」
僅かに警戒を強めた風にメリヤがそう口ずさむ。色を名前にするというのはあまり聞いた事がないのだ。しかし彼等とて世界中の人間達の名付け事情に詳しい訳でもないし、魔族の中でそういう名付けが行われるものなのかも分からない。
ただ、どちらにしても安全だと判断できる材料ではない。彼等は最早警戒心を隠す事もしなくなっていた。
「なあ、金色……あんたは俺達を助けてくれた時あのサンドワームをいとも簡単に倒してみせた。あんたは……やはり魔族なのか?」
「そうだ」
赤子が堰を切ったように泣き始めた。空気が変わった事を敏感に感じとっていた。オンスとメリヤが放ち出した殺気は赤子の肌にもピリ……としたものを感じさせていたのだ。
「あんた、何者なんだ。何の目的で俺達を助けた?」
金色が静かに見つめると流石に気まずく思ったのかオンスが弁解し始めた。
「俺達とて命の恩人のあんたを疑いたくはない。事実さっきまでは疑ってはいなかった。だが……」
そう言って泣き続ける赤子を見てオンスは語気を強めた。
「あんたがこの子に危害を加えるというなら話は別だ。あんたはこの子に特別興味を持ってる……!」
金色は別に彼等に危害を加えるつもりなどない。ただ観察対象として面白がっているだけだ。それをそのまま正直に伝えれば戦闘は避けられたに違いない。だが、金色は無難にこの場を収めるよりも己の好奇心を満たす事を選んだ。
「そうだと言ったら……どうする?」
金色の言葉に、二人は悲壮な決意で武器を構え戦闘体勢に入った。