若気の至りー5
二人は同時に大きな叫びをあげ、痛みに転げ回った。金色は首、男は口を押さえて。
なんの事はない。金色の首筋に牙を突き立てようとしたのだ。しかし金色は魔族の中でも希有な硬い毛皮と体を持つ銀狼族。男の牙は通らず、逆に牙の方に罅が入ってしまったのだ。しかし、それでも噛まれれば痛いものは痛い。
金色は首筋を擦り、男は罅の入った牙を手で覆いながらそれぞれ睨み会う。
「貴様……!」
「魔族ですね……!」
金色と男がそれぞれ憤慨しながら言う。
「「しかも!」」
ここで二人の声が綺麗にハモる。
「吸血鬼か!」「銀狼族ですか!」
そう、男の正体はやはり魔族であり、吸血鬼だったのだ。成る程、女の生き血を好んで吸う吸血鬼ならば手当たり次第に人間の雌をナンパするのも頷ける話だった。しかし男にとっては相手が魔族だという事は薄々感ずいてはいたものの銀狼族などとは予想もつかなかっただろう。恨めしそうに金色を睨み付けている。
「どうしてくれるんです? 私の自慢の牙に罅が入ってしまったじゃないですか……!」
「自業自得だろうが? 相手の正体も見抜けずに見境なく盛った結果なのだから」
「それは貴方だって同じことでしょうが……!」
二人の間に流れる空気が険悪を通り越して一触即発のものへと変わっていく。
「ふん、私は貴様の正体など別にとうでも良かったのだ。やる事さえやれればな。貴様の無粋な行為のせいで折角の交尾がこの様だ」
「貴方のような獣に私達吸血鬼の崇高な行為は理解出来ませんよ!」
「崇高な行為だと言うなら最初からそれだけやってれば良かったんだ好き者め!」
「人間に化けて男を漁っていた獣の貴方がそれをいいますか!?」
「獣だってな、交尾の最中に食事を取るような不作法はしない! 貴様は獣以下だ!」
「その獣以下の男のモノでよがり狂ってたくせによく言う!!」
「馬鹿言うな! よがり狂ってたのは貴様の方だろうが!」
「なんだと!?」
「やるか!?」
会話のレベルがどんどん下がっていき遂には子供の喧嘩と変わらないレベルにまで落ちていく。ただ、彼等の実力はこれは人間の子供などとは比べ物にならない程に高かった。二人はその場で取っ組み合いを始めた。
頑強な毛皮と体を持ち高い瞬発力と攻撃力を持つ銀狼族と不死の体を持ち無限の体力と高い魔力を持つ吸血鬼との戦いは中々決着がつかなかった。皮肉な事に彼等は戦闘能力においても互いにひけを取らぬ拮抗した力の持ち主同士だったのだ。
始めはただ単に怒りに任せて戦っていた金色だったが戦っているうちに相手の実力の高さを嫌がおうにも理解せざるを得なくなってくる。そして戦っているうちに自らと互角の力を持つ相手と何の手加減もいらない全力のぶつかり合いが出来る事に楽しさを覚えてしまうのだ。そしてその事に気付きまた不機嫌になる。
正しく、この吸血鬼の男は金色にとっての良きライバルだったのだ。考えてみれば金色がこんなにも素の自分を感情をそのままぶつけられた相手など今までいなかったのだ。それは男の方も一緒であるらしく憮然としながらもどこかで楽しむような表情も見せていた。
尤も、第三者からしてみれば迷惑以外の何物でもない。そして、互いの種族からしてみたら恥さらし以外の何物でもない。二人はそれぞれこの後にそれぞれの群れの長達にこっぴどく怒られる事になる。
何しろ痴話喧嘩から始まった戦いが広く周囲を巻き込み、カザブの町の約三分の一を破壊してしまい、エルトン国から暴れまわる凶悪な魔族を駆逐する為に軍隊が派遣されてきたのだから。この時点で二人は騒ぎが大きくなりすぎた事に気付き面倒を嫌ってとっとと逃げたのだった。
人間達に取った対応まで同じの二人だった。
しかしこの間抜けな吸血鬼がいずれ五代魔王皇の一人、策謀のサーベルグと呼ばれる存在になる事をまだ金色は知らない。結局の所金色と互角の実力を持つこの男も十分に規格外と言える存在だった。二人はこんな所でも似た者同士だったのだ。
後にこの事を思い返す時、金色はただただ当時の自分の若さと未熟さを思い恥ずかしくなる。
正にそれは『若気の至り』と言えた。
一部設定の矛盾に気付いたので修正しました。