星の家の子供達
オクトーバーフェストの大通りの外れの路地を少し入った場所。
頼んでいた部品が入荷したとの連絡を受け、マイエンはオルヴァルのジャンクショップを訪れていた。
相も変わらずの仲の悪さを発揮しては、カウンター越しにバチバチと睨み合ながら商品を受け取り、清算を済ませる。
「レシートと釣りだ。落とすなよ」
「ああ。助かるよ、ありがとう」
お互いに、こういった取引ではきちんと弁えてはいるようで、最初こそ喧嘩にはなったが普通の対応だった。
マイエンは部品の入った紙袋を抱えて「これで依頼も一つ解決できる」と満足げに口元を上げる。
オルヴァルはマイエンを見ながら、考えるように少し――本当に少し――時間を空けて、尋ねた。
「お前さん、カッツェルからの依頼を受けなかったんだってな」
オルヴァルの言葉にマイエンは目を丸くした。
そして、その事を知られていた事に、少しバツが悪そうな顔になる。
「何故知っているんだ?」
「カッツェルが、どうしたら落とせるかと、ここで散々悩んで帰って行ったからな」
「…………」
確かに、諦めが悪いとは言っていたが。
マイエンは眉間に皺を寄せてこめかみを押さえた。
オルヴァルはその様子に、少し苦笑気味に肩をすくめる。
「まぁ、しつこいぞ、あいつは」
「商人なら引き際も大事だとは思うけどね」
「あんたは、何であいつの頼みを受けなかったんだい?」
「内容自体も聞いていないから、そこは外しておくが。今は幾つか依頼を受けているし、自分なりにやる事もある。カッツェルさんの依頼は、時間が掛かりそうな予感もしたし。実際に余所事に手を出している余裕がないんだよ。ベリー商会のお偉いさんからの依頼なら、引き受けたがる相手はたくさんいるだろう」
「……そうか」
マイエンの言葉に、オルヴァルは静かに頷いた。
オルヴァルの表情に、どこかほっとしたような雰囲気を感じて、マイエンは『あれ?』と思いながら首を傾げた。
カッツェルやベリー商会は、ヴァイツェンを支援しており、ここの住人達から好意を持たれている。
その相手からの依頼を断ったとあれば、あまり良い印象は持たれないだろうとマイエンは思っていたので、オルヴァルの反応が不思議だった。
オルヴァルはそんなマイエンの様子を気にせずに、少しだけ真剣な目になってマイエンの目を見る。
「発明家。俺からの頼みを、一つ受けちゃあくれないか」
「……内容によるが」
「星の家って建物がある。オクトーバーフェストの孤児院だ。そこにある洗濯機と、電子レンジの調子が悪くてな。そいつを直して貰えねぇだろうか」
「それくらいなら、大丈夫だが……」
オルヴァルは表情を和らげて、紙に地図を描き始める。
地図には自分の紹介だと分かるようにサインとメモも追加した。
書き終えると、紹介状を兼ねた地図と報酬、修理に必要な部品をテーブルの上に置く。
「悪ぃな。俺が頼まれていたんだが、仕事が立て込んでいて、なかなか行ってやれなくてな」
「貸しひとつだな、ジャンク屋。あと、そこから仲介料と部品代を差し引いてくれ」
「何?」
「部品もタダじゃないだろう? それに、あんたを頼って来た依頼で、あんたが受けた依頼だ。私はそれを斡旋してもらった形なのだから、そこはきっちり引いてくれ」
マイエンの言葉にオルヴァルは目を丸くした。
何か言おうと口を開けたが、マイエンは頑として譲る気がないのが伝わったのか、小さくため息を吐いた後、腹を抱えて笑い出した。
何故笑われるのかとマイエンは憮然とした顔になる。
オルヴァルはひとしきり笑った後で、報酬の包みから部品代と仲介料を差し引いて、マイエンに手渡した。
「確かに。終わったら報告する」
「ああ、頼む。……発明家」
「うん?」
「…………カッツェルには気をけろ」
オルヴァルが声を潜めて言った。
入口のドアに向かって歩き出そうとしたマイエンは足を止め、オルヴァルを振り向く。
星の家の事を頼まれた時とは違う、それ以上の真剣な目でオルヴァルはマイエンを見ていた。
マイエンの頭に、先日向けられた、刃物のようなカッツェルの青色の目が浮かぶ。
何故オルヴァルが「気をつけろ」と言ったのか分からない。けれどあの時マイエン自身も、カッツェルの目の奥に暗い色をした何かを感じた。
マイエンは頷くと、オルヴァルのジャンクショップを後にした。
それを見送った後、オルヴァルは椅子に体を預け、遠い目をして天井を見上げた。
「星の家、星の家……ここか」
オルヴァルのジャンクショップを出た後、マイエンはその足で星の家を目指した。
空気清浄施設の修理は、役所に申請して日程を調整してからになる為、オルヴァルに頼まれた方を先に済ませてしまう事にしたのだ。
依頼は洗濯機と電子レンジの修理。どちらもあるとないとだと日常生活が大違いなものだ。
オルヴァルのジャンクショップから歩いて約15分。
大通りから北へ逸れた先の開けた場所に、『星の家』と書かれた看板が立っていた。
星の家は古い木造の2階建ての建物だった。
家の周りには、ぐるりと、マイエンの胸くらいの高さの木製のフェンスが囲んでいる。
門扉の前まで来たマイエンは、入っても大丈夫かと少し考えたが、オルヴァルの紹介状も持っているからいいかと、一先ず入ってみる事にした。
門扉を開けると、家まで赤いレンガの道が続いている。
レンガの道を挟んだ左右の庭には、野菜やハーブが植えられた畑があり、綺麗に手入れされていた。
明るい子供の笑い声も、家の中か、それとも建物の裏の方か、どこからか聞こえて来る。
家まで来ると、マイエンはコホン、と咳払いした後でドアベルを引いて鳴らした。
カラン、カランと澄んだ音が響く。
その音に応えるように「はーい!」と元気な少女の声が聞こえた。
マイエンはその声に聞き覚えがある気がして「ん?」と少し首を傾げる。
ばたばたと走る音が近づいてきたと思うと、ガチャリとドアが開かれた。
「はーい! どちら様ですか……って、あれ、マイエンさん?」
「ルーナ?」
入口を挟んで、2人は目を丸くしてお互いを見る。
星の家から出てきたのはルーナだった。
ガチャガチャと工具の音を立てながら、マイエンは古い洗濯機を修理していた。
オルヴァルから聞いていたように、長く使っている事により故障した部分や、動きが悪くなっている部分がある。
中を開いて見れば何度も修理した後があった。
また、洗濯機の外側や、手が入れられる部分は、綺麗に掃除もされており、最初に見た時にマイエンは目を丸くした。
大事に、大事に使われている。
その事が伝わって来て、マイエンの口元が上がる。
「あの、あの……直りますか……?」
少し離れた場所でマイエンの作業を見ていた少女が、おどおどと言った雰囲気で、小さな声で聞く。
先日、ホシガエルのぬいぐるみを抱えて泣いていた子供だ。今も細いその腕で抱えている。
歳は十歳になるかならないかだろうか。
ふわふわした金色のボブカットと、緑色の目が特徴の可愛らしい少女だ。
名前はリリ・アーティアと言った。
「ああ、大丈夫だ」
マイエンが頷くと、リリは嬉しそうに表情を緩めて、ホシガエルのぬいぐるみをぎゅうと抱きしめた。
リリは、マイエンが星の家にやって来た時から、後ろをちょこちょこついて歩いている。
どうやらホシガエルのぬいぐるみの件で懐かれたようだ。
あまり経験のない事だったのでマイエンは少し戸惑ったが、どちらかと言うと照れ臭い方の戸惑いだった。
そうしてリリに見られながら作業を終えて手を拭くと、何度か動かしてみて、頷く。
「よし、直ったよ」
リリの表情がパアッと明るくなる。
マイエンは顔をかいて笑うと、リリの頭をくしゃくしゃと撫でると、リリは「ありがとう!」と言って、ルーナを呼びに行った。
星の家。オクトーバーフェストにある孤児院だ。
ここには様々な理由で親を亡くした子供達や、親と暮らせなくなった子供達が暮らしている。
孤児院長はいるらしいのだが、仕事で様々な星を飛び回っている為、今は不在なのだそうだ。
その代わりに、オクトーバーフェストの住人達が、交代で様子を見に来たりしているらしい。
ルーナやリリと、今は外に出かけてるイギーもここで生活をしているようだ。
マイエンが居間の方へ歩いて行くと、リリに呼ばれたルーナが出てきた。
料理中だったのか、ルーナはエプロンをつけている。
「ありがとうございます、マイエンさん。 電子レンジもばっちりでした!」
「そうか、それは良かった。それでは、これで失礼する」
「あっ待って待って! マイエンさん、良かったらうちでお昼ご飯食べて行きませんか?」
「お昼ご飯? いや、だが――――」
大人一人分食事代が増えるのは大変じゃないだろうか。
そう思って断ろうとしたマイエンだったが、ルーナの後ろからリリがじっとこちらを見つめてくる事に気が付いた。
キラキラした目が一緒に食べようと訴えかけてくるようで、マイエンは一瞬、言葉に詰まる。
そうして、根負けして苦笑し、頷いた。
「……それでは、お邪魔させて貰うよ」
「よーし! 待ってて、直ぐに用意しますからっ」
「ルーナ」
「はい?」
「普通の口調で構わない。ついでに、食事の礼だ。他に何か壊れているものがあれば、修理しよう」
マイエンの言葉にルーナは目をぱちぱちと瞬くと、嬉しそうに笑った。
「うん! ありがとうマイエンさん!」
「わ、わたし……お手伝いする!」
リリが跳ねるようにマイエンの所へ行き、手を取った。
そのまま「こっちだよ」と引っ張った。
ルーナはにこにこしながらそれを見送ると「よーし!」と両手の拳を握って気合を入れ、キッチンへと戻って行った。
その日の昼食は鶏肉のカレーだった。
ルーナが「今日のお昼ははカレーよ」と話すと、星の家の子供達はきゃいきゃいと嬉しそうに跳ねていた。
ルーナのカレーにはごろごろと大き目に切られた野菜がたっぷり入っており、小さい子供達でも大丈夫なように甘口で仕上げてある。
ふっくらと炊きあがった白いご飯に掛けられた瞬間、カレー特有の食欲をそそる香りがふわりと漂う。
スプーンですくって口に入れると、野菜の甘さと鶏肉の旨みがカレーの甘辛さと混ざって、じわりと舌の上に広がった。
マイエンは自然と口元を上げながら、カレーを口に運ぶ。
「あー、それでマイエンさん、家にいたのかー」
同じようにカレーを食べながら、イギーが頷いていた。
イギーは新聞配達のアルバイトをしているらしい。
「壊れたアイロンとかおもちゃとかをね、色々直してくれたの」
「リリも手伝ってくれたからな。この子は筋がいいぞ」
「えっマジで? すげぇじゃん、リリ」
「えへへへ」
イギーに褒められてリリは嬉しそうににこにこ笑う。
昼食を待つ間、マイエンはリリに案内されて星の家の中を見て歩き、壊れた物を修理していた。
その最中ずっと、リリが自分の手元を見つめている事に気が付いたマイエンは、おもちゃなど修理が簡単な物の仕方をリリに教えてみた所、リリは直ぐに覚えた。
これにはマイエンも感心して、思わず調子に乗ってひとつ、ふたつと教えてみると、呑み込みも早い。
何より楽しそうに工具をいじるリリが微笑ましかった。
「一つ一つは小さな部品なのに、それがたくさん集まって動くのが、すごく不思議で面白いの」
「そう聞くと料理みたいね」
「えっ洗濯機って料理になるのか?」
「マジで? 洗濯機の泡美味そうだって、昔から思っていたんだよ」
「あんた達は一体何を聞いていたの」
「食う気か。腹壊すぞ」
子供達の賑やかな会話を聞きながら、時折混ざりながら、マイエンは優しげに目を細めてカレーを食べていた。
こういう感覚は大分久しぶりかもしれない。
中央にいた頃にはよくこうして、誰かと笑い合っていた。
ふっと浮かんできた友人の顔に、マイエンは少しだけ目を伏せ、微笑んだ。
「そう言えば、イギー。帰って来た時、何か言っていなかった?」
「ん? あ、そうそう。そうだった。あのさ、旅芸人が来てたんだよ」
「旅芸人?」
マイエンが首を傾げると、イギーは頷いた。
ヴァイツェンには定期的に旅芸人の一座が招かれているそうだ。
ヴァイツェンは辺境の星であり、中央のように娯楽施設が多いわけではない。
もちろん地元の音楽家達が開催するライブや、レトロなゲーム機を集めたゲームセンターもないわけではないが、それでもやはり少ない。
それを聞いたベリー商会が、旅芸人の一座に連絡を取って招いては、芸を披露して貰っているのだそうだ。
「へぇ、ベリー商会が……」
「今回はどんなの?」
「俺が見た時はさ、白いウサギが跳ねてピアノ弾いていたんだよ。あれ、すげーよな! 今度皆で見に行こうぜ!」
「―――――」
興奮気味に話すイギーの言葉を聞いた瞬間、マイエンの表情が凍りついた。
だがそれは一瞬で、直ぐに元の表情に戻る。
リリだけはマイエンの様子に気が付いて、少しだけ首を傾げた。
「そうね、今度行ってみましょう。どこでやってるの?」
「ほら、あの食堂。昼間と夜と、2回公演しているらしいよ」
「いいわねっうふふ」
子供達はイギーに「もっと!」と旅芸人の話を聞きたがった。
その賑やかな声の中でマイエンは一人、静かにイギーの言葉を頭の中で繰り返す。
白いウサギ。
跳ねてピアノを弾く。
マイエンの脳裏に浮かんだのは、あの夢の夜の事だった。
心臓がドクンと強く波打つ。
知らず知らずの内に、スプーンを握った手は汗ばんでいた。
「マイエンさん! マイエンさんも一緒にどう?」
「ああ、そうだな。うん――――考えておくよ」
イギーに声を掛けられて、マイエンはにこりと笑顔を返す。
恐らく、イギー達が見た中で、一番分かりやすい笑顔だった。
だがその橙色の目は、何一つ、笑ってはいなかった。




