空描きロボット
「……悪いが、その名前での依頼ならば、先に役所から受けている。申し訳ないが、他を当たってくれ」
そう言ってマイエンは肩をすくめ、カッツェルに首を振った。
カッツェルは首を傾げ、
「お仕事がお忙しいという事ですね。では、それが終わった後で……」
「そうではないよ、カッツェルさん。私は“受けない”と言ったんだ」
「…………」
マイエンの言葉に、カッツェルの目がより細まる。
「理由をお伺いしても?」
「先に言ったが、すでに役所から幾つか依頼を受けている。それと私は『テトラの星』を出す相手の依頼は、受けないと決めている」
「……ふむ」
カッツェルは何かを考えるように腕を組んだ。
そして、先程まで目に浮かべていた剣呑な光を消して、にこりと微笑んだ。
「なるほど、それならば仕方がありません」
「分かって頂けたようで有難い」
「ですが、僕は諦めが悪いんです。申し訳ありません」
「……商人の粘り強さは良く知っているよ」
カッツェルの言葉にマイエンはこめかみに手をあてて軽く息を吐いた。
そして、お互いに表情を緩めて、少し笑った。
そうしていると、先に歩いていたルーナが、足を止めていたマイエン達に気が付いて手を振って呼びかけた。
「おーい! カッツェルさーん! マイエンさーん! 置いてっちゃいますよー!」
「ああ、今行く!」
それに応えるように軽く手を上げると、マイエンとカッツェルは歩き出した。
「そう言えば、あのツヅリオオカミの子供、名前はつけるんですか?」
「クロ」
「全体的に灰色灰色してますよ?」
「尻尾の一部が黒いし、私の部屋を真っ黒にしてくれたからな」
マイエンがそう言うとカッツェルは「なるほど」と楽しそうにツヅリオオカミの子、もとい、クロを見た。
先程の不穏な雰囲気を思い出し、カッツェルの横顔をちらっと見た後、マイエンは前を向いた。
ルーナとクロが笑顔でマイエンとカッツェルを待っている。
その姿を見てほっとして、マイエンは口元を上げた。
その晩、マイエンは夢を見た。
丸い月が浮かぶ夜だった。
都会の真ん中に、周囲を木々に囲まれた小さな公園がある。
並んだ二つの影が公園のブランコに座り、星空を見上げている。
一人はマイエンだ。インクや油の跡がついた白衣に、目の下にはクマと、疲れてげっそりした表情をしている。
その隣に座っているのは短い黒髪の男だった。
歳は二十代半ば。よれよれの白衣を着て、目の下にはクマとうっすらした無精髭、そして、こちらもげっそりと疲れた顔をしていた。
名前はソースケ・リストと言い、マイエンと同じく発明家である。
「納期早めてくれってさぁ、無茶振りすんなよ、物作るって大変なんだよ……」
「断れなかったんだろう?」
「どうしてもって言われちゃうとなぁ……来月の頭まで繰上げだ。おかげで一昨日からアリー製作、貫徹だよ……」
「自分だけの研究なら、貫徹しようが気にならんのだがなぁ。というか、また名前つけたのか。確かプラネタリウム内臓の愛玩ロボットだったか?」
「そうそう。ま、発明は俺の家族だ。名前をつけるのは当然だろう? で、作業がちょっとしんどかったのでちょっと息抜き」
ふー、と息を吐いて、空を見上げる。
僅かな揺れに、ブランコはキィ、と高い音を鳴らした。
「そう言えばマイエン、例のアレの調子はどうよ? ほら、恒星の爆発のアレ」
「超新星衝撃緩和装置か?」
「そうソレ。っていうか、もうちょっと可愛い名前つけないの?」
「名前をつけると感情移入し過ぎるだろう。……もう少し。あと一歩なんだ。あと一歩で手が届く。その一歩が……なかなかなぁ」
そう言うと、マイエンは大きくため息を吐いた。
疲れた時、行き詰った時、マイエンとソースケはこの場から良く星空を見上げていた。
2人の時もあるし、1人の時もある。
特に示し合わせたわけでもないのだが、今日は2人揃っていた。
「親父さんとお袋さん、今別の星に出張中だっけ?」
「辺境の方へね。あちらの方は、配備されている空気清浄装置や浄水装置が旧式だから、部品が手に入る内に整備しておきたいんだって」
「親父さん達の技術、すげぇ美技だもんな。惚れ惚れするわ」
「ソースケの発明品もだろう? トトだったか。鍵盤の上を跳ねるように踊る白ウサギのロボット。可愛いし、奏でる音楽も美しかった」
「ははは。そうだろうそうだろう。俺の家族だからな!」
マイエンとソースケは一人の時は静かに、揃ったらたまに雑談を交えて、空を見上げる。
空は人の夢だ。
空の向こうを夢見た発明家や科学者達が、諦めずひたすらに望み続けたからこそ、人は宇宙への切符を手に入れた。
マイエンとソースケにとって、星空は『不屈』の証明なのだ。負けるなと。立ち上がれと。そう背中を押してくれる。
星空を見上げると、駅の宇宙船の光のレールのように、先人達が繋いだ道が見える気がするのだ。
「…………やるか」
「そうだな」
「そういやさ、マイエン。完成したらアレの名前教えてよ」
「名前? 名前なら――――」
「ほい、落としもん」
そう言って、ソースケはマイエンに向けて、ぴらっとメモ用紙を手渡した。
そこにはマイエンの筆跡で、色々な名前が書きなぐってあった。
マイエンはそれを見て、珍しく、一気にカーッと顔を赤く染める。
「名前つけると感情移入し過ぎるんじゃなかった?」
「べ、別に! ただの気まぐれだ、気まぐれ!」
「はははは」
それから、2週間後。
人の住む全ての星に向けて、超新星衝撃緩和装置もとい『テトラの星』の完成発表会が行われた。
マイエンはやりきった笑顔で質問に答えている。
ソースケもその様子を誇らしげな顔で見守っていた。
その時だ。
――――中央から遠くにある恒星が1つ、その寿命を終え、爆発した。
テレビの明かりだけがチカチカと光る薄暗い部屋で、マイエンは一通の手紙を読んでいた。
ただただ無言で、微動だにせずに。
テレビからは恒星の爆発のニュースが流れている。
専門家はテトラの星の完成で今後救われる命があると話していた。
ふと、テーブルの上に置いた携帯電話が光り始める。
表示されたのは『ソースケ・リスト』という名前だった。
けれどマイエンは動かない。
手紙を見つめたまま、微動だにせず、無言で立ち尽くしていた。
しとしとと冷たい雨が降る星すら見えない夜。
カチリと携帯電話を閉じると、ソースケはマンションを見上げた。
傘も持たないまま雨に濡れ、全力で走って来たのか肩で息をしている。
「…………」
しばらくそうした後、何かを決意したように、ソースケは踵を返して歩き出した。
テトラの星が完成発表から1週間が経った。
チチチと小鳥の囀る声が響く朝の事だ。
パソコンの前に座り、発明に関するレポートや、諸々を打ち込んでいたマイエンの耳に、明るく賑やかな男性の声が聞こえてきた。
「おーい! おーい、マイエン! いるだろ、いるよな、おーい!」
聞き覚えのある声にマイエンは顔を上げる。
コンコンとドアをノックする音を聞きながら、だるそうな足取りでゆっくりとドアに向かった。
そのまま、ガチャリとドアノブを回し、開ける。
そこには、黒色のシートをかぶせた何かを両手で抱えたソースケが立っていた。
「お、いたな! おっはよう!」
「朝っぱらから近所迷惑だぞ。どうぞ」
「いや、ノックだけだと気づかれない可能性がだね。お邪魔します」
「意図的にスルーしなければ気づくよ」
「色々酷ぇ」
「冗談だ」
ソースケを部屋に迎え入れると、マイエンは窓に近づいてサッとカーテンを開けた。
明るい朝の日差しが差し込んでくる。
その眩しさに、マイエンは少し目を細め、振り返った。
「それで、何の用だ? 朝飯を期待しているなら、非常食しかないぞ」
「非常食は非常時に食べるものであって、朝飯じゃないだろう」
「栄養はあるぞ」
「そういう問題ではなくてですね。まぁ、それは今度でいいや」
ソースケは床にごとりと、シートに包まれた何かを置いた。
そうして、にやりと笑ってマイエンを見る。
「聞いて驚け、見て驚け! “空描きロボット”のメリー・メリーだ!」
じゃーん! と言葉で言いながら、ソースケはシートを外した。
そこには大きな黒猫のぬいぐるみがあった。
「空描きロボット?」
マイエンが首を傾げると、ソースケはニヤリと笑って、ロボットを包んでたシートを裏返して床に敷いた。
表と違って白色をしたシートだった。
シートを広げると、ソースケはパンッと手を叩く。
「それではメリー・メリー。よろしく!」
ソースケの言葉に反応して、メリー・メリーと呼ばれたロボットは「にゃあん」と一言鳴いて動き出した。
メリー・メリーは真っ直ぐに白いシートの上へと歩き、ぺたり、ぺたりと4つの足で足形をつけ始める。
綺麗な青色だった。
ゆっくり、ゆっくりと、メリー・メリーが歩く速度に連れて、シートにインクの青色が広がっていく。
「肉球からインクが出るようにしてあるのか」
「そーそー。インクを出す量の調節が、ちょいと大変だったわ」
「見た目と鳴き声は?」
「趣味」
話している内に、白いシート一面が青色に染まった。
メリー・メリーは一度動きを止め、尻尾を揺らす。
次に動き出した時、今度はメリー・メリーが歩いた後が白色に染まった。
ふわり、ふわりと、柔らかなタッチで描かれたそれは、雲のようだった。
シートの青色と、雲のような白。青空だ、と思ってマイエンは少し目を張った。
「…………よし! そろそろだな、見てろよ、マイエン!」
「そろそろ?」
これで完成だろうと、感心しながら見ていたマイエンに、ソースケはまだまだと言わんばかりに笑って見せた。
ソースケの言葉に合わせるように、メリー・メリーがぴょんとバク転してシートから離れる。
着地をすると、メリー・メリーは息を吸うように後ろに体を引いて、その口からキラキラと光る風を噴き出した。
霧吹きのように細かな光の粒がメリー・メリーの口から噴出され、シート全体に散布される。
これが一体何なのだろうとソースケを見ると、ソースケはばちんとウィンクをして「開けたばっかりだけど」と言いながら、ザッとカーテンを閉めた。
一気に部屋が暗くなる。
すると、メリー・メリーが染めた布が、淡く光り出した。
「…………これは」
それは星空だった。
青空はビロードのような黒に。
キラキラと淡く輝く光は琥珀糖のような星に。
雲はその周りに連なる光の輝きで天の川のようにも見えた。
マイエンは大きく目を張って、それを見つめる。
「綺麗だろう!」
星空が。
胸を張ってソースケは笑う。
その笑顔が晴れやかで、眩しくて、マイエンは泣きそうになった。
だが、泣くまい。ライバルで、友の前だ。
マイエンは丸眼鏡を取ると白衣の胸ポケットに掛け、服の袖でぐいと目元をぬぐって、笑った。
「そうだな」
声は、少し掠れていたかもしれない。
その日、マイエンは荷造りの準備をしていた。
ソースケが空描きロボットを見せてくれた日、マイエンは決めたのだ。
マイエンの父と母がそうしたように、自分も星を周り、2人がやっていた事を自分もやろうと。
テトラの星という、自分の目標は達成した。
だからこそ、今度は自分の両親がやり残した事を、やり切りたいと思ったのだ。
そうしていると、ふと、携帯が鳴っている事に気が付いた。
覗きこんで出たのは『ソースケ・リスト』という名前だ。
マイエンはふっと笑って携帯を手に取り、耳にあてた。
「もしもし。どうした、ソースケ。また納期でも早まったか? それなら――――」
普段通りに笑顔でそう言った、次の瞬間。
マイエンは目を大きく見開き、部屋を飛び出した。
しとしとと冷たい雨が降る中、マイエンは雨具もささずに全力で走っていた。
口からは白く息が漏れる。
向かった先はマイエンとソースケが星空を見上げていたあの小さな公園だ。
水溜りの水をバシャッと飛ばしながら公園に入ると、必死の形相で辺りを見渡し、公園の隅で倒れているソースケを見つけた。
「おい、ソースケ! おい!」
「……ッマイエン、マイエン、頼む。頼む……!」
マイエンが駆け寄ると、ソースケの腕がぴくりと僅かに動いた。
そしてその手がマイエンの白衣を掴む。
音がする程に握りしめたその手は赤く染まり、その顔には脂汗が浮かんでいた。
その口から、体から、地面にさえもじわりと滲む血の赤に、マイエンの顔が青ざめる。
「お前、その怪我は……!」
「メリーが……メリー・メリーが……ッ! メリーだけじゃない、アリーも、トトも、全員だ。あいつらは全員、俺の人生なんだ……。あいつらが俺の家族なんだよ……ッ! マイエン頼む、あいつらを……」
マイエンは白衣を握ったソースケの手を握ると、ソースケを安心させるように力強く頷く。
握ったその手は、ぞっとする程に冷たかった。
「ああ、分かった! 安心しろ、私が必ず連れ戻す! 全員、お前の所に連れ戻してやる! だから先に病院に行くぞ! あいつらが帰る場所を、失くすわけにはいかんだろう!」
「――――――ッ!!」
マイエンは飛び起きるようにして目を覚ました。
びっしょりと汗をかいており、寒いくらいだ。
時計は暗闇でうっすらと文字盤が光っている。
日付は変わっているが、辺りはまだ暗いままだった。
マイエンは襟元を握りしめ、気を落ち着けるように、大きく息を吸って吐いた。
「くうん……」
マイエンが飛び起きた音で目を覚ましたのか、隣で丸くなっていたクロが心配そうにマイエンを見上げた。
マイエンはクロに手を伸ばし、その頭を優しく撫でた。
ふと、その目が部屋の奥に向けられる。
マイエンの目の先に、昨晩マイエンが徹夜で作業をして修理した、大きな黒猫のぬいぐるみがあった。
あの日、マイエンが取り戻せたのは、メリー・メリーと名付けられたこのロボットと、もう一つ。
ソースケが依頼品として作っていたアリーと呼ばれるプラネタリウム内臓の愛玩ロボットだった。
残る一つのトトと呼れる白ウサギ型のピアノ演奏のロボットと、ソースケから発明を奪い去った犯人は今も見つかっていない。
あちらこちらへ手を尽くして調べた結果、中央の星や、中央に近い星にはいない事も分かった。
恐らく辺境に逃げたのだろうと、警察は言った。見つけるのは絶望的だとも。
中央には辺境の情報はなかなか入って来ない。
けれど、同じ境遇の辺境の星は、それぞれが独自のネットワークを持って、お互いに情報を交換している。
中央では分からない事も、辺境ならば分かるだろう。そう思ってマイエンはここへ来た。
「……必ず」
だが目的と言いながら、絶望を感じなかった訳ではない。
それだけの為にここへ来たのかと問われたら、自分は素直に頷けるだろうか。
そんな事を考えながらマイエンは目を閉じて、天井の向こうにある星空を、瞼の裏側から見上げた。




