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突撃マイエンさんの朝ご飯

「マイエンさーん! マイエンさーん!」

「おはよー! おはよーマイエンさーん!」


 元気良く――マイエンにとってはけたたましく――響く朝の挨拶と、リズミカルなドアのノックの音が辺りに響く。

 しばらくすると、ドアの向こう側から、不機嫌極まりない顔のマイエンが姿を現した。


 寝癖がついた赤毛と、ずれた丸眼鏡から寝起きである事は一目瞭然だ。

 苛立ちを隠さない据わった目も合わさって、赤毛はまるでメドゥーサの髪のように今にも動き出しそうだ。


「今何時だと思ってる」

「十時半!」


 低く唸るような声を物ともせずに、イギーとルーナは声を揃えて答える。

 マイエンはしばらく2人を睨んでいたが、やがて面倒くさそうに息を吐き、ガシガシと頭をかいた。


「……で?」

「昨日、町を案内するって約束したでしょう?」

「別に今日とは言っていなかっただろうが」

「でも、食料とかないと生活できないんじゃないかって思って」

「生憎と、非常食はそれなりに持って来た。ほらコレだ」

「非常食って日常的に食べるものじゃないよ!?」

「我々発明家は常識という概念に囚われてはならないものだ。ほれ、食べてみると良い」


 そう言うと、マイエンはごそごそと上着のポケットから銀色の紙の包みを2つ取り出し、イギーとルーナに向かってひょいと軽く投げてよこした。

 おっとっとと両手でキャッチをする2人。

 ほぼ同時に包みを開けると、太めのフライドポテトのような形をしたクッキーが出てきた。

 イギーとルーナは目を輝かせてマイエンを見る。

 先程までの不機嫌さとは一転し、マイエンは穏やかに微笑み、頷いた。


「うわーい! ありがとうマイエンさん! いっただっきまーす! …………って、マッズッ!? マッズ何これ!? 何の味もしねぇ!」

「っていうか見た目クッキーなのに何でガムっぽい食感!? ぼそぼそしているのに噛む時だけガム!? 粘土食べてるみたい!?」

「はっはっは! びっくりする程マズイだろう?」

「分かっててやりやがりましたね! キーッ!」

「ハッハァ! 知らんな! これが私の日常食だ!」

「水! めっちゃ喉乾く! プリーズ! ウォータープリーズ!」


 寝ている所を起こされた仕返しだと言わんばかりの大人気の無い笑顔で、マイエンの高笑いが辺りにこだまする。

 昨日の今日で、マイエンはすでに取り繕う気は微塵もないらしい。


 実際、マイエンはそのマズイ非常食を日常的に食べているのだが、それは単に料理をするのが面倒だからである。

 マイエンは発明家という職業上、作業に没頭しすぎて、食事を蔑ろしがちになる事が多い。

 事実、空腹や栄養不足で目を回した事も一度や二度ではない。

 それに対する自衛手段として、服のポケットなどに非常食を携帯しているのだ。

 味はともかく栄養は摂れるし、何より手軽なので、マイエンはすっかりそれに頼り切りの生活になってしまっていた。


「栄養は良いんだよ。マズイがな。おかげで私はこれこの通り健康だ」


 ひとしきり笑うと、マイエンは家の中から水の入ったコップを持ってきて2人に渡した。

 2人はそれに飛びつくとごくごく飲み干す。

 ふう、と一息つくと、恨みがましい目でマイエンを見上げた。


「それ、ぜったい健康って言わない……。あれだよ、歳とってから来るよ色々。ぜったい」

「さてな。まぁ賞味期限もあるし、食べないともったいないだろう?」


 肩をすくめて見せるマイエンに、イギーとルーナはちらり、と視線を合わせた。

 そうして小さく頷く。

 マイエンが「ん?」と思った直後に、2人はマイエンに飛び掛かった。


「うお!?」

「マイエンさん、今日の朝ご飯まだでしょ! まだだよね! ちょっと! 美味しいもの! 食べに行こう!」

「あたし達、良いお店知っているの! すっごく美味しいのよ!」

「いらん! 私には非常食という名の日常食がある! ええい、放せ! 放せと言うに! 私は惰眠を! 貪る!」


 ギャーギャーと騒ぎながらマイエンを引っ張るイギーとルーナ。

 マイエンはそれを力づくで引きはがそうとしているのだが、如何せん彼女は発明家である。

 もちろん作業用の道具を、自分で運ぶことはあるが、重い物は大体、自分が発明した道具に運ばせている。

 つまり、腕力は並以下である。イギーとルーナが例え1人だったとしても、腕力では勝てないだろう。


 2人を引きはがそうとマイエンは躍起になるが、疲れるだけでどうにもならない。

 反対にイギーとルーナはだんだんマイエンの動きに慣れてきたようで、上手く避けては引っ張り、引っ張っては避けるを繰り返している。

 マイエンの息が上がってきたあたりで、ふと、イギー達の動きが止まった。

 それと同時に自分の上に影のようなものが落ちてくる。


「何の騒ぎですか?」


 顔を上げれば、そこには一人の男が立っていた。

 すらっとした長身痩躯の男だ。サラサラとした金髪に、青い切れ長の目をしている。

 歳は二十代後半だろうか。マイエンと同じくらいか、少し上くらいに見える。

 ボタンシャツにジャケット、ズボンと、シンプルながらも上品な雰囲気の服装を身に纏っていた。


「カッツェルさん!」

「こんにちはー!」

「はい、こんにちは、イギー、ルーナ。ええと、あなたは……」


 カッツェルと呼ばれた男がマイエンを見る。

 動きが止まったイギーとルーナの手を振り払い、とりあえず取り繕った方が良い相手だと判断したマイエンは、服を整え「コホン」と咳払いをした。


「マイエン・サ――――」

「ほら、カッツェルさん! 昨日話した移住者の!」


 名乗ろうとした瞬間、イギーの言葉と被った。

 マイエンは半目になってイギーを見たが、気にしない。

 ルーナと一緒になって、カッツェルに向かってホシガエルのぬいぐるみの事を自慢している。

 マイエンは何か言いたげに口を開いたが、もう好きにしてくれと言わんばかりに息を吐いた。


「そうでしたか! いや、これはご挨拶が遅れました。 僕はカッツェル・ベリーと申します。ヴァイツェンを拠点にした、ベリー商会の代表を務めております」

「ベリー商会?」


 カッツェルの言葉にマイエンは首を傾げた。

 ベリー商会と言えば、中央でも話を聞く、最近話題の紅茶のメーカーだ。

 様々な惑星で素材を探し、その惑星独自の紅茶の茶葉を作ったり、ブレンドしたりと、様々の種類の紅茶を取り揃えている。

 基本的に面倒くさがりなマイエンだったが、どれだけ他の食品が切れても紅茶だけは切らさない、そのくらい紅茶は良く飲んでいた。

 新しい商品にも頻繁に手を出していたので、ベリー商会の名前も知っていた。


「……意外と若い」

「ははは、良く言われます」

「ああ、いや、失礼」


 思わず呟いたマイエンの言葉に、カッツェルは気を悪くする事はなく、にこりと微笑んだ。


「カッツェルさんは、ヴァイツェンの支援をしてくれているんです」

「そー! カッツェルさんが来てから、食料も前より届くようになったんだよ!」


 ヴァイツェンは辺境の星である。

 “移動短縮ワープ”を駆使しても、中央から1週間はかかる程の場所に位置する。

 その為、なかなか品物は届かないし、通常よりも輸送費も掛かる。

 また、観光地らしい観光地も存在しない為、旅行客もなかなかこないような場所である。

 宇宙船も予約がなければ燃料の無駄遣いだと、途中で引き返してしまうくらいだ。ビジネスには向かない。

 そんな場所に商会を構えるとなれば、何らかのメリットはあってもデメリットの方が多いだろう。


 だが、そこに商会があれば、少なくとも営業に回るビジネスマン達の分だけ、宇宙船の航行予約は発生する。

 つまり、宇宙船がヴァイツェンまでやって来るのだ。

 宇宙船が動けば、どうせ行くならと、物資も運ばれる回数も多くなる。

 発注をしたものが発注をした分入って来る。それはヴァイツェンの住人にとって、喜ばしい事だった。

 マイエンは感心したように「ほう」と目を丸くした。

 イギーとルーナのキラキラした視線と、マイエンの視線に少し照れて、カッツェルはぶんぶん手を振った。


「いえ! 僕は、自分の商会にもメリットがあるからと、ここを選んで始めただけですし!」

「それでも、前より生活が楽になったんだ。カッツェルさんには感謝してもしきれないよ」


 イギーの言葉に、カッツェルは顔をかいて、照れ臭そうに笑った。

 そうして、話の流れを変えようと、慌ててポンと手を叩いた。 


「そ、そう言えば、3人で何をしていたんですか?」

「あっそうだった! 俺達、これからご飯を食べに行くんだよ!」

「お昼ですか、少し早めですね」

「ううん、朝飯!」

「はい?」


 イギーとルーナは胸を張り、カッツェルは不思議そうにマイエンを見た。

 マイエンは観念したように「やれやれ」と言いながらいったん家の中へ入ると、財布を持って戻ってきた。

 カチリと家の鍵を閉めると半目になってイギーとルーナを見て、軽く両手を開いた。

 イギーとルーナは拳を空に向かって降り上げて、それぞれマイエンの左右の腕を取る。


「レッツゴー!」

「突撃マイエンさんの朝ごはん!」

「こら、引っ張るんじゃない!」

「それじゃあ、カッツェルさん、またー!」

「お仕事頑張ってくださいー!」

「ええ、お気を付けて」

「ちょっとおい! 引っ張るなって! ぐえっ」


 スキップでもしそうな勢いで歩くイギーとルーナに両腕を取られ、その勢いと振動の直撃を受けているマイエンは顔をしかめる。

 ああ、あれ痛そう。

 カッツェルはマイエンに同情めいた視線を向けながら、そう言えばとさっきほどの会話を思い出していた。


「……マイエン?」


 どこかで聞いたことがあるような。

 そんな事を考えながらカッツェルは、眉間に皺を寄せながらイギーとルーナに引っ張られて行くマイエンを見て、はてと首を傾げた。




 ルーナとイギーおすすめの店の食事は、確かに美味しかった。

 ごろごろと大きく切られた野菜が入ったシチューは食べごたえがあり、ミルクの甘さと塩加減が絶妙だ。

 口に入れればほろほろと崩れるじゃがいもにまで、しっかりと味がしみ込んでいる。

 そのシチューに焼きたてのライ麦パンをつけて食べてみれば、ミルクの甘さとまた違うパンの甘さがシチューの味を引き立てた。


 久しぶりのまともで、かつ美味しい食事を終え、満足そうにお腹をさすりながらマイエンは店を出た。

 その後ろではルーナとイギーも満足そうに、両手を空に突き出して大きく伸びている。


「ね! 非常食より美味しかったでしょう?」

「ああ。まぁ別に、私は非常食が美味しいとは言ってはいないが」

「そうだっけ? ま、いーじゃん。 おいしかったー!」


 ルーナとイギーおすすめの店は、料理も美味しく、量も多い。

 値段に関しては、やはり原価の関係もあってそれなりだが、それがあっても良い店だった。

 また来ようと思いながら頷いていたマイエンは、そう言えばとルーナとイギーを見た。


 支払の時、マイエンはイギーやルーナ達の分も払うと言ったが、2人には「自分達で払うから大丈夫!」と断られた。

 マイエンからすれば自分の支払いのついでではあるし、昨日のお礼も兼ねてのつもりもあったので何気なくそう言ったのだが、あまりに頑なに拒まれたもので、少し驚いた。

 昨日のハンバーガーを渡した時も、ほんの少し様子が変だったな、と今になってマイエンは思い出す。

 何か理由があるのだろうが、知り合って間もない相手が聞いて良い話題でもないような気がして、マイエンは深くは追及しなかった。


 人付き合いの、この辺りの微妙な匙加減がマイエンはあまり得意ではなかった。

 知り合いに「落ち着いて相手を見れば大丈夫さ」と言われたが、染みついた苦手意識はどうしようもなく、マイエンはがしがしと髪をかいた。

 オルヴァルの事も、あの時はカッとなったものの、もしかしたらその類の何かで失敗したのだろうか。

 

「マイエンさん?」

「お腹でも痛い?」

「いや、何でもない」 


 店を出た後、そんな事を考えながら動きを止めていたマイエンを心配して、ルーナが顔を覗き込む。

 マイエンは「平気だ」と笑って、首を振った。


「それじゃあ、町を案内するよー」

「ああ。よろしく頼む」

「最初、どこへ行く? 役所にジャンクショップ、食事処は今行ったし……」

「あ、自警団の詰所は?」

「あっそうね!」


 ぽんと手を打つイギーにルーナは賛成する。

 マイエンは目を丸くして腕を組んだ。


「へえ、自警団があるのか」

「うん、警察がないからね」

「…………何?」


 感心して言った言葉に、さらっと恐ろしい言葉を返されて、マイエンは思わず聞き返した。


「警察がない?」

「そう。人手が足りないからって、中央からなかなか派遣されないんだ。駐在所自体はあるから、役所に申請して自警団の詰所として使っているらしいんだけど」

「…………空気清浄施設にいた警備員は?」

「自警団の人!」

「…………」

 

 顔に手をあてて、マイエンは天を仰いだ。

 幾らなんでも、放置されるにも程があるだろう。

 先日口にした言葉が、マイエンの頭の中でリピートする。


「マイエンさん、大丈夫?」

「色々ダメージが大きいが、大丈夫。……自警団だったか、つまり、警察代わりという認識で良いんだな?」

「そうそう。だから、何かあった時の為に、場所教えとくね」

「出来れば何も起きない事を願いたいがな……」


 移住してから数日で知りたくなかった事実が色々判明して、マイエンはカルチャーショックに近い衝撃を受けた。

 政治の中心というだけで、恵まれていた中央の星での生活を思い出しながら、とりあえず空気清浄用の機械だけは早めに修理しようと、心に誓ったマイエンだった。

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