辺境の星ヴァイツェン
「……ああ、これもか。大分ガタが来ている」
薄暗い室内に、赤毛の女がしゃがんで何かを覗き込んでいる。
ところどころが錆びた大型の洗濯機のような機械だ。
女は、その洗濯機のような機械のフタを開けて、内部を覗き込んでは眉間にシワを寄た。
年は二十代半ばだろうか。
やや癖のある赤毛の長い髪を首の後ろで一つに束ね、丸眼鏡越しに橙色の目をしている。
ひょろりとした細い体に纏っているのは白衣のようなデザインのコートで、まるで学者か研究者のような知的な印象を醸し出していた。
機能美と言えば聞こえは良いが、はっきりと言えばその服装には女性らしさは欠片もない。髪を束ねるものすら黒色のゴムだ。
恐らく着飾るのが好きではないのだろう。
そんな彼女の名前はマイエン・サジェと言い、発明家である。
マイエンはその機械のフタを閉めると、大きくバツ印を書いたメモをぺたりと貼り付ける。
マイエンの周囲には同じような機械が幾つも等間隔に並べられており、その中の幾つかに同じようにバツ印が掛かれたメモが貼り付けられていた。
「ひー、ふー、みー……7つか。こりゃ多いわ……」
バツ印のメモが貼り付けてある機械の数を数えならマイエンは建物の外へ出る。
薄暗い所から明るい所へ出た時特有の眩しさに、やや目を細めながらマイエンは空を見上げた。
夕方になり掛けの橙色の空に、うっすらと灰色の霧のようなものが掛かっている。
その向こうに、キラリと光る星のようなものが見えた。
テトラの星、と呼ばれるものがある。
大きさこそ違うが、海や川に置かれているテトラポッドと良くにた形をしている事からその名前がついた。
そしてそれは見た目や名前だけではなく、性質も良くにている。
テトラの星は、簡単に言えば星の爆発から星を守る為にあるものだった。
太陽等の大きな恒星は、その寿命を終える際に、他の星を巻き込むような大規模な爆発が起こる。
その爆発に巻き込まれた周囲の星は、まず助からない。
テトラの星は、その爆発から周囲の星を守る為の役割を持ったものだった。
爆発するならばその星の周囲に住まなければ良いとは思うだろうが、人が住む為の星には太陽のような恒星が必要だった。
そうして人々は宇宙で太陽のような恒星を幾つも探し出し、その周囲の星を調査し、多少の手を加えて移住するに至ったのだ。
星には寿命がある。
発見された恒星の中には、まだ何億年も先だと予想されていたにもかかわらず、爆発して消えて行ったものも少なくはなかった。
それに対する手段として発明されたのがテトラの星だった。
テトラの星は星の周囲に衛星のように浮かび、周りながら、爆発が起きた際に防波堤になる事で、星の爆発からその星を守っている。
だが。
だが、星が守られて、それで全部が丸く収まるわけではない。
爆発したらしたで、太陽によってもたらされていた熱や光などの様々恩恵を、自分達で何とかしなくてはならない。
爆発から生き残っても、星が捨てられる事は少なくなかった。
その星でそのまま生きて行くにも、星を捨てて出て行くにも、如何せん準備の時間も金も掛かる。
爆発に巻き込まれたという事で、星単位で補償金等も出るが、何もない場所から金が出るわけではない。
増税すれば文句が出る。ならば、文句が出ても比較的影響の少ない場所から削って行こう。
それが、政府が出した答えだった。
爆発に巻き込まれず、かつ人口が少なく、政治の中心である中央の星から遠い星々。
そういう部分への援助を"少し"減らし、爆発から守られた星へ補填をする。
そんな政策が発表されてから数年が経った。
もちろん不満が出ないわけはなく、何度も何度も抗議をしても、黙殺されているのが現状だ。
そして、中央の星から“移動短縮”を使っても丸々7日間掛かるこのヴァイツェンは、その最たる例であった。
「しかも機械自体が旧式だから、部品が残っているかどうか……ジャンクショップ辺りに問い合わせてみるか」
そう言って、ちらりと建物を振り返る。
機械だけではなく、建物自体も大分古びており、壁には亀裂も走っている。
壁から少しだけ視線を上げれば、看板が目に移った。
『オクトーバーフェス 空気清浄施設』
看板の一部の文字が掠れて消えてしまい、まるでお祭りのような名前になっているが、正式にはオクトーバーフェスト空気清浄施設、である。
ここは町ごとに配備されている、空気を綺麗にする為の施設である。
人が星に住む為に必要不可欠である空気。
人が星へと移り住む為に最初に行った星の改造は、まずは防護服なしで過ごせる環境作りだった。
にも関わらず、その重要な部分がオンボロである。
中央が行った政策のツケは、こういった形でも辺境の星々に回って来ているのだった。
「ああ、お疲れ様ですー」
施設から出てきたマイエンに、警備員の青年が明るく声を掛ける。
マイエンは警備員に軽く頭を下げると鍵を返し、フェンスの外へと出た。
「どうでした?」
「20の内、7機に故障が見られますね。まぁ、半分まで行っていなかったので、まだ良かった方だと」
「あー、結構故障していますね……。直せます?」
「部品が取り寄せられるかによりますが。本音を言えば、買い替えをオススメしたいところですね。全部」
「ですよねぇ……」
「ひとまず応急処置はしておきましたので、役所へ報告に戻ります。本格的な修理は部品が揃ってからになりますが。この辺りにジャンクショップはありますか?」
「ああ、それなら、大通りの外れの路地を少し入った所に、オルヴァルのジャンクショップって名前の店がありますよ」
「なるほど、ありがとうございます」
警備員のに礼を言うと、マイエンは挨拶をして役所に向かって歩き出した。
歩きながらマイエンは再び空を見上げる。
「……引っ越してきたは良いものの、思った以上に」
えらい所に来てしまった。
最後の言葉の代わりに口から出たのは大きなため息だった。
ヴァイツェンの中央都市、オクトーバーフェストの役所は、空気清浄施設から徒歩で30分程の場所にある。
空気清浄施設はその性質上、町で起こる可能性のある火事等に巻き込まれないように、郊外に建てられていた。
そこそこ人の多い大通りを役所を目指して歩きながら、マイエンは周囲を眺めていた。
ショーウィンドウ越しの店内や、大通り沿いに開かれている屋台に並べられている商品は、品数こそあれど種類は少ない。
また、物価も中央と比べると倍近く高かった。
生活や修理に必要になるものが並べている店を脳内にメモしながら、マイエンは歩く。
ふと、その視線にあるものが映った。
子供である。
道端に蹲って、十歳になるかならないかの少女がべえべえ泣いている。
その少女を十代半ばの少年と少女が2人でなだめている所だった。
「リリ、もう泣くなって。ホシガエル、俺達が何とかオルヴァルの親父に頼んでやるから!」
「そうそう! あんな堅物親父なんて、あたしの色仕掛けでイチコロよ!」
「お、オルヴァルのおじいちゃん……直してもらたら、お金……ちゃ、ちゃんと、払わないと、おじいちゃんが、こ、困るもん……うええええ……」
なだめている子供達より年下の、べえべえ泣いている少女の方がしっかりした事を言っている。
マイエンは妙に感心して足を止めて見ていると、泣いている少女がカエルのぬいぐるみを抱えている事に気が付いた。
あれは確か、ヴァイツェンに生息するホシガエルと言う名前の黄色のカエルをモチーフにしたゆる星マスコットだったはずだ。
ホシガエルは夜になると淡く光るカエルで、それが珍しいと乱獲され、一時は絶滅も危惧された。
その事もあってか、ゆる星マスコットとしてデザインされたホシガエルは、まるで人類の業に憤っているかのような妙に怖い顔をしている。
一部ではカルト的人気も出ていたホシガエルだったが、ブームが過ぎればだんだんと忘れ去られて行った。
マイエンはそんな事を思い出しながら子供が抱えたホシガエルのぬいぐるみを眺めていると、カエルの口から何やら機械のようなものがコードごとぶらんと飛び出ているのが見えた。
「……そう言えば、ホシガエルのぬいぐるみは、本物と同じように光るんだったか」
マイエンも昔、ホシガエルのぬいぐるみを手にした事はあった。
ホシガエルブームに乗って自ら好んで買った――というわけではなく、依頼主から仕事の報酬のついでに貰ったものだ。
断るわけにもいかず受け取ったが、扱いに困っていた所、発明家仲間が嬉々として貰って行ってくれた。
その時に「ここのボタン押すと光るんだよ」と実演してくれたので、押せば光る、というのはマイエンも知っていた。
聞こえてきた会話とぬいぐるみの様子から推測すると、恐らくホシガエルのぬいぐるみの、光る機能辺りが壊れてしまったのだろう。
マイエンは少し考えてから、3人に近づいた。
子供達は自分の上に影が掛かると、マイエンに気づいて顔を上げた。
「貸してごらん」
「え?」
マイエンは泣いている少女からカエルを受け取ると、ぐるりと少し見回し「ふむふむ」と頷いた。
そして上着の内側から、工具入れを取り出すと、おもむろにカエルの口の中に手を突っ込んだ。
「わー!」「きゃー!?」「うわーん!」
それを見た子供達は涙目で叫んだが、マイエンはお構いなしだ。
突っ込んだ手でカエルの腹の触ると、内側からジジジとチャックを下げた。
そのまま手際よく、口から出ていたコードと機械を戻すと、壊れた箇所を修理していく。
先程まで涙目だった子供達は目を丸くしてぬいぐるみとマイエンの手を交互に見ていた。
「何かで引っ掛かけて中の機械が飛び出ないように、なんだろうが、修理する時は少々厄介でね」
マイエンがぬいぐるみの口に手を突っ込んでから、大体十数分くらいだろうか。
その頃にはすっかり、泣いていた少女の涙も引っ込んでいた。
マイエンは「よし」と頷くとぬいぐるみのファスナーを上げ、泣いていた少女に手渡す。
少女はマイエンとぬいぐるみを順番に見た後、ぬいぐるみの背中についたスイッチを押した。
すると、ふわり、とぬいぐるみが、淡く発光を始めた。
「うわあ……!」
その光に、ぬいぐるみを抱えた少女の笑顔に笑顔が浮かぶ。
少女は目を輝かせてマイエンを見た。
マイエンは、ほんの少しだけ優しげに目を細めると立ち上がり、少女の頭をくしゃくしゃ撫でて歩き出した。
「おねーちゃん、ありがとう!」
「ありがとー!」
「ありがとうございます!」
マイエンは片手を上げてそれに応えると、子供達の声を背中に足早に役所を目指した。
空はすっかり夕方の色だ。
「こりゃジャンクショップは明日だな」
ぽつりと呟くマイエンの前を、一匹のホシガエルがぴょんと跳ねて行った。
影に入った途端に淡く光ったその様子がぬいぐるみと良く似ていて、意外としっかり作ったんだなと、マイエンは目を丸くした。




