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第9章

 王妃の寝台の傍に跪いたアーロンは、彼女の言葉のままに顔を上げた。黒い顔料で濃く縁取られた王妃の青い瞳には、淫らな光が宿っていた。彼女は、アーロンを寝台に差し招いた。彼女が何を望んでいるのか、それは最早明らかだった。アーロンは裸足になり、ゆっくりと寝台に上った。王妃は彼のマントを外した。続いて、彼の上衣を。ギリシアの彫刻のような、アーロンの上半身が露になった。

「美しい……。思った通りだ」

 王妃はアーロンの滑らかな腕を撫でつつ、満足げに言った。彼女は薄物を脱ぎ捨て、露になったたわわな乳房を彼の胸に押し当てた。美しく均整の取れたアーロンの肉体は、さながら大理石の彫刻のようではあったが、石のように冷たくはなく、温かく熱を帯びていた。その彼の体の温かさが、ますます狂おしく王妃の欲望を掻き立てた。女は激しくアーロンに接吻し、その体に、まるで蛇のように執拗に舌を這わせた。吐き気のするような嫌悪感がアーロンを襲ったが、それでも彼もまた、王妃の熟れた肉体を激しく愛撫し、彼女の欲望に身を任せた。二人は縺れ合いながら、寝台の上にくずおれ、互いの肉体を貪った。

 女と枕を交わしつつ、アーロンはついぞその腕に抱くことのなかったジーナのことを想った。彼を見つめるジーナの碧玉の瞳を、朝露に濡れた葩のような唇を、ぬば玉の黒髪を。褐色の艶やかな肌を、夏服の袖から覗く滑らかな腕を、鳩のようにまるく、愛らしい胸を。アーロンはジーナを激しく愛し、彼女もまた彼の愛に応えた。二人は深い愛で結ばれていたが、彼らが思いを遂げることはついになかったのである。ジーナは新婚の夜に拉致され、アーロンが救出に向かったとき、彼女は既に物言わぬ骸と化していた。アーロンはジーナを愛し、それ故に彼女の全てを欲していた。だが、今彼の下で喘いでいる女は、あれほど愛したジーナではなかった。

 言いようのない虚しさが、アーロンを襲った。私は、ジーナの復讐のためにここへ来た。そしてこれは、復讐を全うするための極めて重要な第一段階だ。だが私は、一体何をしているのだろう?

 吐き気を催すような嫌悪感と、底知れぬ闇のような空虚な思いに苛まれつつ、アーロンは漸く精を放った。名状しがたい虚脱感が、暫し彼を放心させた。

「おまえを……、宮廷楽人に取り立てよう……」

 甘ったるい女の声に、アーロンはふと我に返った。王妃は、恍惚とした面持ちで呟いた。

「そして、明日も必ず、妾を訪れるがよい」

「必ず……」

 彼は無表情に、だが口元にはうっすらと笑みを浮かべて答えた。

 アーロンが着衣を済ませると、また先程の小姓が、どこからともなく現れた。彼は隠し扉になっている壁の一部を押し、無言でアーロンに外へ出るよう促した。アーロンは王妃に一礼すると、小姓に続き、素早く扉の向こうに身を滑らせた。

 長い廊下を抜け、庭園を抜け、東屋を抜け、アーロンと小姓は歩き続けた。だがアーロンは、すぐに来たときとは道が微妙に違うことに気付いた。その上、どれだけ歩いても、通されるはずの宮廷楽人の詰め所には到着する気配がない。異変に気付いた彼は訝しみ、小姓に問うた。

「……詰め所は、まだ遠いのですか?一体私を、どこへ連れていくおつもりなのですか」

 小姓はぴたりと歩みを止め、振り返ると、真っ直ぐにアーロンを見つめた。そしてゆっくりと、頭に巻いたターバンを取り去った。すると、ターバンの下からは、ふさふさと艶やかな長い金髪が毀れ出た。

 アーロンははっと息を呑んで瞠目した。なんと少年かと思われたのは、男装した若い娘だったのだ。戸惑うアーロンの様子を見つめながら、少女は一礼して言った。

「私はこの国の王女、ヨアンナと申します。こうする以外貴方をお連れする方法がないと思い、小姓に身を窶しておりました」

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