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第8章

 香炉の煙がくゆり、紅い帳が揺らめいた。

 ねっとりと甘い、噎せ返るような香りが部屋に溢れ、薄いドレスを纏った女たちが帳の奥にひしめいている。その中心にいるのは王妃ラヴィニア、この淫靡な後宮の女主人だった。盛りはとうに過ぎていたが、そのふくよかな体つきにくっきりとした顔立ち、ふさふさと長くカールした金髪は、成る程確かに美女と呼ぶに相応しいものだった。だが彼女は、何か見るものに嫌悪感を催させるような、淫らな雰囲気を漂わせていた。

 アーロンは小姓の案内で、この如何わしい部屋に通された。跪くアーロンを、帳の向こうから、女たちがじっと見ている。その美しさにある者は驚嘆の声を上げ、ある者はただじっと彼の姿を見つめるばかりであった。

 王妃は何も言わず、ただ無表情にアーロンに目を向けていた。だが、その実彼女の体は熱く火照り、激しく彼の肉体を求めていた。王妃は女たちを見回すと、やがてアーロンに声をかけた。

「ほほ、皆そなたの美しさに驚いておる。吟遊詩人よ、楽にするがよい」

「身に余るお言葉」

 アーロンはますます腰を屈めた。 

「苦しゅうない」

 王妃は淫らな笑みを浮かべた。

「面を上げるがよい、さもなくば、妾はそなたの美しい面を見ることができぬ。そなたは城門の前で、大層美しい声で歌っておったと聞く。ここでもひとつ、歌ってみてはくれぬか?」

「王妃様の仰せとあらば、声が枯れるまで歌いましょう」

 アーロンは口元に笑みを浮かべ、畏まって答えた。そしてリュートを爪弾きながら、恋歌を歌った。居並ぶ後宮の美女たちは、皆彼の歌に夢中になり、王妃はますます淫情を掻き立てられた。やがて歌が終わると、王妃は殆ど身震いがしそうであったが、何とか平静を保って言った。

「帳のこちらでは、皆そなたの歌に夢中じゃ。我らを楽しませてくれた礼に、是非そなたに相応しく、素晴らしい褒美を与えよう。下がって待つがよい」

 アーロンは一礼し、面を伏せて立ち去った。彼は後宮を出、庭園の東屋で王妃の使いを待った。だが無論、アーロンの望みは褒美などではない。彼の望みはただひとつ、彼自身の為すべきことを、滞りなく遂行することのみであった。ジーナを無残に死なせた者に対する復讐、それだけを望み、彼はここにいた。

 ほどなくして、王妃の小姓が人目を憚りながら東屋へやって来た。 

「アーロン様」

 少年は周囲をきょろきょろと見回し、アーロンの耳元に口を寄せつつ小声で言った。

「王妃様がお呼びです。王妃様は貴方の歌を大層お喜びになり、是非御自ら直々にご褒美を賜りたいと仰っておいでです」

「身に余る光栄」

 アーロンは立ち上がり、一礼した。小姓は尚も辺りを見回し、更に彼に顔を寄せた。

「アーロン様・・・・・・、お分かりでしょうが」

  彼は更に続けた。

「決して、人目についてはなりませぬ。私の後から、急いでついてきて下さいませ。くれぐれも、誰の目にも留まらぬよう、どうかお願い申し上げます」

 アーロンは頷き、素早く小姓のあとについて歩いた。彼は庭園を横切り、迷路のような抜け道を通って再び後宮へと案内された。

「こちらです」

 小姓はそう言うと、壁に掛かった一幅の大きな絵を腕で押した。なんと、絵と思われたのは隠し扉で、そこは直接王妃の寝室へと続いていた。

「さあ、早く中へ!」

 小姓は、急いでアーロンを扉の中へ招き入れた。

 部屋の奥の寝台には、薄物を纏っただけの王妃が横たわっている。アーロンは跪いて礼をし、顔を上げぬまま言った。

「王妃様直々にご褒美をお授け下さるとのこと、身に余る光栄にござりまする」

「苦しゅうない、面を上げよ」

 王妃は艶やかに微笑み、小姓の少年に下がるよう合図をしてから更に続けた。

「美しいアーロン、近う寄るがよい。さあ、早くこちらへ・・・・・・」

 王妃の言葉に従い、アーロンはゆっくりと寝台に近づくと、その足元に跪いた。王妃は満足げな笑みを浮かべた。

「ほほ、近くで見ると、ますます美しい。面を上げて妾を見るがよい。我が君は、夜まではお越しにならぬ。それまで、共に楽しもうではないか」

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