第7章
アーロンは馬を駆り、野を超え山を越え、深い森へと分け入った。そして彼は、老魔術師の家から盗んだ毒薬の処方に必要な、青い花を摘み取った。彼は火を熾し、葩を黒い鍋の中に入れた。そして呪文を唱えつつ、それを掻き混ぜた。アーロンの異様に輝いた目には、毒を煮る紅い炎が照り映えていた。
毒薬を煮ながら、アーロンは昔長老が語ってくれた、古い古い物語を思い起こしていた。それは昔、恋敵によって自らの妻を奪われ、殺された魔術師が、他ならぬ恋敵の血によって妻の命を贖うという物語であった。魔法使いの妻が美しい姿で蘇り、夫を祝福するくだりになって、幼いアーロンは長老に尋ねたものであった。
「おじいさん、本当に?悪いやつに殺された人は、悪いやつをやっつければ、また生き返るの?」
長老は優しく微笑み、アーロンの頭を撫でてこう答えた。
「残念だが、アーロン、どのような手段を講じても、死んだ人間は生き返らん。ことに、復讐による犠牲によってはな。これは単なる物語、迷信なんじゃよ」
単なる物語、迷信・・・。アーロンはその言葉を、頭の中で反芻した。だが物語の中に、一縷の真実が紛れているということはないだろうか?迷信という名の下に、古の知恵が抑え込まれてはいないだろうか?古い古い父祖たちの時代に、死んでしまった愛しい者を生き返らせるため、血で命を贖うような儀礼が、実際に行われはしなかったであろうか?
やがて毒薬が出来上がると、アーロンはそれを小瓶に移した。怖しい悪魔の薬は紅く美しく、甘美な香りを漂わせていた。それはまさに、アーロン自身のようだった。
アーロンは小瓶を手に、城下へと向かった。彼はよく目立つ真紅の衣を買い求め、それを身に纏った。憂いを含んだ黒い瞳、高い鼻梁、艶やかに長い黒髪、象牙のように白い肌。そしてすらりと背の高いアーロンが真紅の長い上衣を纏うと、まさに冷酷で美しい、若い男神そのものだった。
アーロンはリュートを取り、そして歌った。甘美な楽の音と彼の魅惑的な歌声、そして美しさに惹かれ、多くの人々が集まってきた。彼はリュートを奏で、歌いながら、やがて城門のほうへと歩いていった。人々もぞろぞろと彼についてきた。
彼は城門の前で、一際大きく楽の音を響かせ、また声を張り上げて歌った。彼を囲む人垣は益々大きくなり、城門はやがて夥しい数の人間で埋め尽くされてしまった。
騒ぎを嗅ぎつけ、衛兵が現れた。
「何の騒ぎだ?・・・・・・ははあ、お前だな、民衆を煽動したのは」
彼は一際目立つアーロンを、咄嗟に捕えようとした。だが、アーロンは衛兵の姿を目にするや、すかさず彼を見据えながらリュートをゆっくりと奏で始めた。その甘美な音色を聞くと、衛兵はうっとりとしてしまい、体の力が抜けて、アーロンを捕えるなどという考えは消し飛んでしまった。アーロンは衛兵に尋ねた。
「衛兵殿、このお城で最も王様の寵愛を受けていらっしゃる方はどなたでしょう?」
「そりゃあ、王妃のラヴィニア様だろう。城下の誰もが知ってるぜ」
衛兵は、まだ恍惚としたままの表情で答えた。
「で、そのラヴィニア様に、詩人風情のお前がどういう用件だ」
「王妃様にお目通りできますよう、どうかお願い致します」
アーロンの答えに、衛兵はやや下品な笑みを浮かべ、ごわついた顎鬚をさすりながら言った。
「成る程・・・・・・。お前はなかなか、いい男だからな。さてはお前、その歌声にものを言わせて、国王に一番可愛がられてるっていう王妃を摘み食い、って魂胆だな。何でも歳は三十路過ぎだが、ものすごい美人という噂だぜ。最も、俺も実際に見たことはないが・・・・・・。だが悪いことは言わねえ、あの女はやめとけ。一筋縄ではいかない女だ。前王妃の死後にラヴィニア様が王妃になったそうだが、死に方が妙だったというし、ラヴィニア様が一服盛ったんじゃねえかという噂も城下には流れてるくらいだぜ。それにあの王妃は、とんでもない淫乱の女狐でな、こっそり男妾を何人も侍らせているとも聞くぞ。そいつら、国王にことがばれるといけないというんで、後宮の隠し部屋から一切出られねえらしいんだ。飼い殺しとはこのことよな。お前は余所者だから何も知らんのだろうが、いくら美人でもあの女狐に手をつけるとなりゃ、これは難儀だぜ。摘み食いどころか、下手すりゃお前、廃人にされちまうぞ」
「まさか!滅相もない」
アーロンは笑って否定した。
「私の狙いはそれではなくて・・・・・・、これですよ」
彼は懐から銀貨を一枚取り出し、衛兵に手渡した。
「王妃様は、国王の寵愛を一身に受けるお方。私が退屈な後宮暮らしに彩を添えて差し上げれば、たちまちこの銀貨が何百枚もの金貨に変わりましょう。これは、衛兵殿に差し上げます。これでどうか、お取次ぎ願えませんか?」
「ほほう・・・・・・、銀貨か」
衛兵は驚いたふうに目を丸くし、顎鬚をさすって言った。
「吟遊詩人の分際で、大層景気のいいことだな。まあいい、親しい侍女にでも話をつけてやろう。ついて来い」
甘美なリュートの調べにすっかり敵意を失った衛兵は、いとも簡単に承諾した。彼はアーロンに従って城門の内側へなだれ込もうとする群衆を何とか押さえつけ、外へ押しやると、アーロン一人を門内に招き入れた。彼の双眸が、狡猾な蛇のように暗い光を放つのに、気づいた者は誰もなかった。




