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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第六章
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約束を再び



「お取り込み中でしたかな?」


 穏やかな声で声を掛けてきた彼に答えたのはレフィセーレだった。


「何かご用でしょうか……。それともまだエーミャを」

「そのことについて、お伝えしに来たのです。宿を訪ねたがもうおられず、もしや神殿かと思って来ましたが正解でしたな」


 そう言うと、ガーロン老騎士は警戒心も露わなレフィセーレと、怯えた風のエーミャを見てから口を開いた。


「実は、我々はこれから国へ戻ることになりましてな。新たな任務が下されるようでして、すでに魔人を捕らえる任務からは解放されております」

「……それはもしかして」


 勇者が問うと、老騎士は頷いた。


「はい。もうそこの娘さんを捕らえる必要がない、ということです」

「じ、じゃあ」

「もう戦う必要はなくなったということですな」


 それを聞いた瞬間、エーミャから力が抜けた。明らかに安堵した様子で、仲間たちも老騎士もその様子を微笑ましく見つめる。

 特に、老騎士が一番表情を緩めていた。


「それでは、わしはこれで……もう出立せねばなりませぬゆえ」

「あ、あの!」


 思わず私はきびすを返しかけた老騎士に声を掛けた。行ってしまう前に、どうしても聞いておきたいことがある。不思議そうな顔でこちらを見た老騎士に、急いで訊ねる。


「ザーティフさんは、その後大丈夫でしたか?」


 それがずっと気になっていたのだ。あの後、仲間の騎士たちに運ばれて町へ戻ったザーティフは意識がなく、あちこちに大きな怪我をしていたという。レフィセーレから治癒の術をかけておいたから大丈夫だと聞かされてはいたが、私ですらかなり堪えたのだ。

 いくら鍛えているとはいえ、魔素への耐性は普通のひとと変わらないだろう彼の状態は気がかりだった。


「ああ、奴なら聖女様のお力でぴんぴんしておりますよ。まあ、操られたことが悔やしくてならないと憤っておりましたが、もっと強くなってやると言っておりましたからな。あれだけ元気なら何の問題もないでしょう」

「そ、そうですか。良かった……」


 安堵した私を優しい目で見て、老騎士は笑う。


「あれも、貴女に大変な思いをさせてしまったと言っておりましたよ。本来なら自分が犠牲になって守るべきだったのにとね」

「そんなこと……ザーティフさんは私の代わりに術を掛けられてしまったんですから、十分なのに。あの、ご無事で良かった、と私が言っていたって伝えて頂けませんか?」

「構いませんとも、あれも喜ぶでしょう。貴女の事をかなり心配していたのでね、会わせる顔がないとまで言っていましたよ」


 楽しそうに言う老騎士に、私はそれまでの重苦しさから解放されたように笑った。ザーティフがあの実直な顔をしかめる光景が目に浮かぶように思えたからだ。


「それでは、失礼致します。勇者様、貴方の成功を心からお祈り申し上げております」


 老騎士は一礼して、颯爽と去って行った。

 私はその背中を見送り、心から安堵した。なんとなく晴れ晴れとした気持ちになり、すぐに立ち上がる。


 私は仲間たちを振り返り、言った。


「次の町に向かいましょう」



  ☆  ☆



 それからウェーンデン王都までは魔族と遭遇することも、変な知り合いに会うこともなく順調に進んだ。

 勇者はあれ以来、仮面のような爽やか笑顔を貼りつけたままだ。

 時々、何か言いたいことのあるような顔でこちらを見るが、何も言ってこない。

 それがむしろありがたい。

 ここで何か言われても対応に困るだけだ。


 私は勇者からは距離をとりつつ、街道の先に見えた王都の影に目を向けた。ウェーンデン王国はヴェガロス大陸のなかでも極めて歴史が古い。その王都には古い建造物があちこちに残り、古代と現代の融合した不思議な景観が魅力だ。


 かつてはよくここを訪れたものだと思いながら街へと入る。

 眼前に広がる大通りには様々な店が立ち並び、遠くの丘には王族の住まう王城が見えている。そのすぐ近くに神殿があった。

 その神殿の敷地内にあるゲートで、私は大神殿へと戻る。


 街へ入るとすぐに、私は立ち止まった。


「あの、私はこのまま大神殿へ向かいます。皆さんは宿をとられるんでしょう? ここでお別れしませんか?」

「もう? もう少し一緒にいましょうよ」


 そう言ったのはレフィセーレだった。しかし、私は首を左右に振る。


「私が一緒にいても、もうするべきことはないですから。昨日は美味しい食事も頂きましたし、話も出来て楽しかった、もう充分です。

 一緒に旅できて嬉しかった、ありがとうございました。

 旅の無事を心からお祈りしています」


 そう伝えると、頭を下げ、声を失くしている仲間たちに背を向ける。ずるずると引き延ばしても同じことだ。

 もう二度と会えない訳ではないのだからこれでいい。


 私は街を眺めながら、足を前へ前へと送り出す。


 歩みは止めない。


 別れなら、昨夜済ませている。嬉しいことに、彼女たちがささやかな送別会を開いてくれたのだ。そこで旅の思い出を語り、礼を言いあった。


 勇者はあまり口を挟まなかった。

 彼の状態があまり良くないのもわかっていたが、彼には支えてくれる腕がたくさんある。

 私はこっそりレフィセーレにそのことを告げてきたから、きっと大丈夫だ。それに、大司教による呼び出しを受けたということは、私にはおそらく別の任務が与えられるはずだ。そちらに専念しなければならない。

 ヴェレクトへの対策も講じなければならない。


 そう――私にはやるべきことがある。


 やれることが、ある。


 やがて、大神殿が近づく。良く晴れた青空のもと、大神殿と同時期に造られた偉容が姿を現す。

 黒ずんだ石積みの壁。何度も補修された青い屋根。後で造られたガラス窓。入口を彩る様々な彫刻たち。

 神を讃え、神に救われ、神に仕える場所。

 私の生きる場所だ。


 ようやく戻れる。


 そう思った時、後ろから声がした。


「リフィエ!」

「……勇者、様」


 立ち止まって振り向くと、すぐ近くに勇者がいた。どこか頼りなげな瞳を揺らし、何かを言いかけて口をつぐむ。それを何度か繰り返したあと、ようやく声が発された。


「約束、ミロムの約束を覚えてる?」

「え、はい」


 どうせ死ぬなら、それを食べてから死にませんか?

 死にたがりの勇者を生かすために結んだ約束。まだそんなことを覚えていたのかと驚きと共に目を見開くと、彼は真剣な表情で言った。


「俺、絶対にあの約束を忘れないから、リフィエも忘れないで欲しい」

「……どうして?」

「どうしても! ……だからさ、終わったら会いに行くから」


 ずきり、と胸が痛んだ。

 なぜこの期に及んでそんなことを言うのだろう。頷きたくなくて黙っていると、勇者は泣き笑いのような顔をした。


「勝手なのはわかってる。自分がどうしようもないことも知ってる。それでも、約束が欲しいんだ。今の俺には、それしかないから。

 もしだめだって言われたら、俺きっと死ぬよ」


 私は顔をしかめて勇者を見た。あの時と同じように、卑怯だと思った。そんな風に言われたら、頷くしかないではないか。不意に、怒りを通り越して呆れてしまった。


「わかりました。守れるかはわかりませんけど、忘れずに待っています」


 その前に、私が死ななければと言おうと思ったがやめた。彼に余計な不安を抱かせるのは良くない。すると、彼は表情をやや明るくして、安心したように笑った。


「お願いだから、忘れないで。絶対に」

「わかりました」


 真っすぐ見返して頷くと、ようやく納得したのか「それじゃあ」と言って元来た道を戻っていく。成長したようなしていないようなその背中を見送りながら、私も再び神殿へと向かう。


 こうして、私の勇者との旅は終わった。



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