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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第六章
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大司教の命令



 神殿は、聖地にある大神殿以外にも、各都市や大きな町、僧侶のいない祈りの場だけなら小さな山間の村にも存在する。

 この町は中規模程度なので、僧侶がひとり常駐している程度の小さなものがあるはずだ。そして、僧侶のいる神殿には、大神殿と連絡がとれる聖水鏡と呼ばれるアイテムが置かれている。

 それを使って話をするのだ。

 歩きながら、どんな用事なのだろうと考えながら神殿へ急ぐ。


 行く仲間たちの間に言葉はない。いつもなら他愛ない雑談を交わしながら、次の目的地について話をしているのだが、いたたまれない沈黙に、私はこっそりと嘆息した。

 ふと、すぐ近くに勇者がいることに気づく。

 何となくそちらを見ると目が合った。合ってしまった。


「あの、何か……?」

「いや、ちょっと、行き場がなくてさ」


 私は、ああ、と苦笑した。いつもは勇者を中心に仲間たちが群がっているのだが、今日は様子が違う。レフィセーレとエーミャの側にはウェティーナがおり、その彼女たちと距離をとるようにサーミュとツィーラが連れ立っている。全身から近づくなというオーラが見える気がした。

 そんな状況なので、私はひとり離れて歩いている。

 どちらにいても何となく微妙な感じなのは確かだ。


 とはいえ、それほど大きくない町なので、神殿にはすぐについてしまう。勇者は何か話したそうだった。純粋に頼られるのは嬉しい。こうなった今でも、くすぐったいような感覚をおぼえる。

 けれど、距離をとりたいのも事実で、話さなくて済んだのはそれはそれで良かった。


「……ここでいいんだよな?」


 ふいにぽつり、と勇者が呟く。

 私も同じことを思った。その神殿は宿屋の半分ほどしかなかったからだ。作りは他の神殿の小型版といった風情で、町の広場に建てられている。白い石造りのその建物は、立ち並ぶ他の建築物より古く、そこだけ時代に取り残されたかのようだ。

 それにしても、小さい。神への祈りの場と、治療の場があるだけなのだから当然といえば当然なのだが、町の規模には見合わない気もする。

 もしかしたら、町の方が後から発展したのかもしれない。


「話って何なんだろうな。勇者ならともかく、他の仲間が呼ばれるなんて初めてのことじゃないか」


 不安と疑惑に満ちた声をあげたのはサーミュだ。他の全員も似たような面持ちをしている。


「とにかく、聞いてみましょう」


 私は緊張しながらも、開かれたままの神殿の扉をくぐった。



  ☆  ☆



 出迎えてくれたのは、壮年の僧侶だった。痩せており、髪の毛がふさふさした人物で、穏やかな笑みを浮かべている。


「勇者様、ようこそいらっしゃいました。それとリフィエ・マールムさん、もう大司教様がお待ちですよ」

「は、早いですね」

「何でも、緊急のお話があるそうです。どうぞ、聖水鏡はこちらです」


 小ぢんまりとした祭壇のある場所を通り過ぎ、右手の扉を開けると、石壁が四方を囲む小部屋があった。高い位置に取り付けられた窓から差し込む強い日差しが、中央に置かれた水盤に降り注いでいる。


 まず私が銀製の水盤を覗きこんだ。


 そこに映っていたのは、かつて私がいた大神殿で勇者が死にかけたときに力を尽くしたあの老大司教だった。

 あの時と変わらず、柔和な笑みを浮かべているが、同時に有無を言わせぬ威圧感も放っている。彼は私の姿を認めると、先に口を開いた。


「来ましたか、リフィエ・マールム」

「はい。遅くなり申し訳ありません」

「いいえ、構いませんよ。昨日のことについてならすでに知っていますから、大変でしたね」


 老大司教の言葉に、私は一瞬目を見張った。どうやって知ったのだろう。まだ神殿には何も報告していないというのに。

 すると、私の驚愕を読み取った老大司教は頷いて見せた。


「貴女の杖ですよ。あれが砕け散った場合、その場の状況が大司教に伝わるようにしてあるのです。僧侶があの最終手段を使わざるを得ない状況に追い込まれたということは、そこに強力な魔族がいるということでもありますから。それにしても……四滅将がこんな段階で現れるとは」

「はい。ですが、彼は勇者を倒しに来たのではなく、ただあそこで遊んでいただけのようですが」


 私の報告に、大司教は嘆息した。


「四滅将が本気を出さなかったのは不幸中の幸いでしたが、代わりに貴女が目をつけられてしまった。

 今日貴女を呼び出したのはそれがひとつの理由です」

「はい」


 一体何を言われるのだろう。緊張から、全身に力が入る。


「貴女には、今日をもって勇者パーティから離脱して頂きます」

「え?」

「そして、ウェーンデンにある神殿からこちらへ戻ってきてください。後任は、そこに聖女様がおられますでしょう、ぜひ彼女にお願いしたい」


 私は確認のため、振り返ってレフィセーレを見た。この聖水鏡での会話は後ろにも聞こえているはずだ。

 彼女に直接伝えてもらおうと思ったのだ。レフィセーレはひとつ頷くと、私の隣にやってきて告げた。


「お久しぶりです。大司教様……そのお話、確かに承りました」

「おお、聖女様。お久しぶりでございます。お元気そうで何より、そして、助力頂けることに感謝を……」

「いいえ、当然のことですから。それより、ひとつお伺いしたいのです」


 すっ、とレフィセーレの目が細まる。


「大司教様は、勇者に正しい情報を伝えたのですか? 彼は、その上で我らに協力してくれると言ったのですか?」

「ああ、そうでしたな」


 大司教は沈痛な表情になり、それまで浮かべていた柔和な笑みを消す。


「いいえ、あの時の彼には伝えることが出来ませんでした。リフィエならば知っているでしょうが、あの時の勇者はひどく不安定だったのです。

 ですから、大司教たちの間で話し合い、もう少し落ちついてからにしようと決まりました。私から伝えても良いのですが、これで話の出来る時間は限られていることですし、もしよろしければ、聖女様からお話頂けませんでしょうか?」

「そうですね……わかりました。私から伝えましょう。それでもし、彼が協力を断った場合は、私のとる行動はおわかりですね?」


 半ば脅迫に近いレフィセーレの言葉に、大司教は薄い笑みを浮かべた。それはまるで、何も知らない子どもを見るような、そんな笑顔だ。


「もちろん貴女のお気持ちはわかります。ですが、すでに『ことわり』に縛られた彼に、他に道などないでしょう。もし帰せたとしても、今のままではまともな状態で戻ることは不可能ですよ」

「……っ、なんて卑怯な。貴方のような人たちが聖職者だなんて、大司教だなんて、神に選ばれただたなんて……信じられない!」

「それでも、我らには他に生き残る道がないのです。ご存じないかと思われますが、このひと月の間に、また国と部族が四つ滅ぼされました。人には、魔族に抗う力はほぼないのですよ。ですから、彼に全てを賭けるよりないのです」


 現状を刃のように突き付け、大司教は視線を私へと移動させた。


「それでは、急ぎ戻ってきてください。すでに手続きはとりました。詳しいことは大神殿にてお話致しましょう」

「は、はい」


 再度柔和な笑みを浮かべ、大司教は鏡からその姿を消した。

 後に残されたのは、唇を噛むレフィセーレと、重苦しい空気だけだった。私はふっ、と息をつくと、いった。


「話は済みました。一旦、ここを出ましょう」



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