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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第五章
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塔への道行き

 魔族が住まうという塔は、街の北門からのびている、今は使われていない街道を行った先にある。街の周辺には景色をさえぎるものはないので、ここからでも塔の天辺あたりが見えた。

 私はそれを指差して言った。


「あれです、あの塔に三カ月ほど前から住み始めたそうです」

「そうか、それで、影響はどのくらいなんだ」

「そうですね、魔族の中では比較的大人しい性格らしく、今のところは家畜を攫ったり、山を魔素に染めたりしているだけですが、近くの村人たちは魔族を恐れて眠れない日々を送っているとか」


 通りがかりに退治するなり追い出せばいいか、という感覚で、その情報を眺めたことを思い出す。


「じゃあ、ついでに倒しちゃってもいいよね?」

「それは構わないと思うけど、魔物と違って魔族は結構強いのよ。もしだめそうなら、後で勇者たちとくればいいから、無理はしないで」

「わかってる、でも、もし倒せればはっきり認めて貰えるでしょ」


 それは確かにそうだ。

 だが、今回の目的は、あくまでもエーミャが魔族に近寄っても魔素の影響を受けないでいられるかなのだ。魔族退治が目的ではない。何より、どんなに弱い魔族であっても、勇者以外の攻撃はなかなか効かないのである。


 勇者はこの世界の人間ではないため、ここでの常識が通用しない。魔族の皮膚は固く、普通に攻撃した程度ではなかなか傷つかない。その上、精霊魔法が効きにくい。この世界の生き物のなかで、最も上位に位置する存在だ。

 だからこそ、異世界から勇者を召喚する必要があったと言う訳である。


 魔族は強い。エーミャや私、ザーティフにとって、彼らと戦うのは困難なことなのだ。例えどれほどの猛者であろうとも、勇者とは決定的な差があるのである。

 それはエーミャもわかっているはずなのだが。


 私が内心はらはらしていると、ザーティフが冷たい声音でエーミャのやる気に水をさす。


「その代わり、魔素に反応して悪意を押さえきれない場合、その場で殺すこともあることを忘れるな。一度狂った歯車は、もう元通りにはならん。良くないと思ったのなら早々に引き返し、我らの元へ戻ることだ。そうすれば、誰にも迷惑をかけず、穏やかに一生を終えられる」

「籠の鳥として、ですか?」


 私は眉をひそめた。エーミャの表情が強張っている。

 彼の言うことはいちいち正しいが、だからと言って、エーミャの希望を奪うような言い方をしなくてもいいではないかと思ったのだ。


「そうだ。そんな顔をしても仕方ないだろう、我々人間が彼ら魔人に対して出来る最大の譲歩が、隔離した場所で暮らしてもらうことだ。

 別に命まで奪おうとは思っていない。ただ、共存は難しいということをわかって欲しい」

「ええ、理解してます。それでも、行動を制限されるのは辛いことですよ」

「……そうだな」


 答えた彼の横顔は少し寂しそうだった。それを見て、私はふと思った。

 彼も、好きでこんなことをしている訳ではないのではないだろうか、と。

 ザーティフの表情は非常に読みにくい。いつも無表情でいるからだ。比較的表情が良く変わる勇者とは真逆で、感情を表に出さない性質らしい。


 見た目の印象も、爽やかで若々しい勇者とは逆で、無骨な感じを受ける。

 短く刈った砂色の髪。顔の作りは整っているのだが、くすんだ金色の瞳は細く、いつも睨んでいるように見える。体格はかなり大きい。大剣を背負っているため、どう戦うのかは一目瞭然だ。

 まさに、戦士といった風貌の人物だった。


「そうじろじろと見ないで欲しいのだが」


 観察していたら苦情が来た。私は微かに笑うと「すみません」と謝った。


「何だか、とても不本意そうでしたのでつい……やはり、気が向きませんでしたか、この任務」

「それはそうだろう。嫌がるものを無理強いするなど、誰がやりたくてやるものか」


 ザーティフが忌々しげに言うと、私だけでなく、エーミャも驚いたように彼を見た。なぜなら、昨日会ったときに、最も多く発言していたのが彼だったからだ。

 騎士たちの中で、一番任務に忠実そうに見えたのに、実際は違うとなればやはり驚きもする。


「そんなに意外そうな顔をしないでくれ。いくら王命とはいえ、泣き叫ぶものを無理矢理拘束して連れ戻すのは相当に堪える、私とて普通の人間なんだ。

 だが、そもそも騎士になったのは魔物や魔族から国、ひいては国民を守るためだ。この仕事も、人を守るために必要だからやっているに過ぎない」

「そうでしたか、誤解していました。つまり、貴方は早く帰りたかったんですね」


 静かに言うと、こちらを見たザーティフが瞠目した。

 私はほほ笑むと、それ以上は何も言わないことにした。ただ、思った、早く魔族の脅威からこの世界が解放されるといい、と。


 それには、人間の暮らす世界を狙う魔王とその配下を倒さねばならない。


 魔族たちは基本的に個人主義なのだが、自分より強いものには従う性質がある。そのため、今は魔王の言うことを聞いて、人間たちの暮らす場所を奪おうとしてきているに過ぎない。

 その証拠に、魔王が現れる前の彼らは、たまに襲ってくることはあっても、ここまで積極的に攻めてくることはなかったのだ。何より、彼らにとって神の作ったこの世界は居心地が悪いもの。上位魔族の力で魔素に染めねば、下位魔族は息すら出来ない。

 好んで来る者などいなかったのだ。


 だが、魔王は人間世界を自分の手中に収めるべく、行動を開始した。

 今までに、いくつの町や村が消されただろうか。前線に近い国がいくつか滅んだことは聞いている。その時点で、勇者召喚が決定されたのだ。


 勇者の力は、どれほど魔王に近づいているだろう。少なくとも、中級魔族を一撃で倒せるほどにはなっている。あと少し、きっと、あと少しすれば、全てが終わる。

 その時、彼は帰るのだろう。元の世界に。元々そういう契約なのだから。


 だからこれで良かったのだ。

 思いが昇華していたなら、これ以上に辛い思いをする羽目になっただろうから。

 私は自分にそう言い聞かせた。


 やがて、塔が近づいてくると、思ったよりも大きな建物であるのに気づく。魔族などのボスは大抵最上階にいることが多いので、そこまで登っていかなければならない。

 手近な魔族を求めた結果ここに来ることが決まったのだが、私は早くも後悔していた。

 何しろ、昨日は勇者の話に付き合わされ、その後でエーミャの騒動に巻き込まれたため寝ていないのだ。あの塔よりも巨大なダンジョンに何度も潜っているので徹夜は慣れているが、だからといって辛くない訳じゃない。


「これは骨だな……マールム殿、少し休憩して行こう。そろそろ昼食の時間でもあることだし、宿の女将に頼んで持たせてもらった弁当を無駄にしたくない」


 塔の巨大さを見て、明らかにげんなりしていた私に気を使ってくれたらしい。

 その新鮮さに、私は思わず顔をほころばせた。

 パーティにいるときは、いつもわたしが気づかう方で、誰にもそんなことを言われたことはない。勇者も三人も私より若いし、体力馬鹿だから、恐らくわからないのだろう。


 実際、街に買い物に寄ったとき、私が真っ先に向かうのが薬草を取り扱う店だ。

 そこでまず買うのが滋養強壮剤だったりする。苦さに悶絶するほどの奴だ。苦いものほど、効き目は最強なのである。それが必要になるあたりで、体力馬鹿に常人が付き合わされるのがどれほど疲れるかおわかりいただけることと思う。


 あれ、なんだか涙出てきた。

 ごく当たり前のいたわりがこんなに有り難いものだったなんて、いつの間にか忘れていたよ。

 ザーティフさんありがとう。

 フツー人最高。


 思わず心からそう思う。

 疲れてたんだな、私。いや、現在進行形で疲れてるんだよ、きっと。間違いない。

 心の中でありがとうと叫びながら、私は穏やかな笑みで彼の言葉に頷いた。


「それがいいですね、エーミャもそれでいい? 中へ入ると、きっと食事どころじゃないわ」

「あたしはこのままでも平気だけど、そうだね。お腹空いたから、食べてからにしよう」


 エーミャは素直に頷いてくれた。私はほっとして、適当な芝生を見つけると、そこへ誘導し、濡れないように神聖呪文を使うと、食事を始めた。

 ザーティフは、弁当の中身をきっちりと三等分してくれた。几帳面なんだな、と分けられた中身をおかしく眺めながら口に運ぶ。

 お弁当はとても美味しく、比較的なごやかに休憩時間は過ぎて行った。



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