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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第三章
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雨の夜



 目の前で、薪が乾いた音をたててはぜる。


 それをぼんやりと眺めながら、私は少し前まで繰り広げられていた険悪な会話を思い返す。

 今でこそ皆寝静まっているものの、ウェティーナが勇者にちょっかいをかけたことについて、ツィーラとサーミュがねちねちとルールを破ったことについて彼女を責め、ウェティーナは言い訳をし、を繰り返して、結果、聖女のせいだと意見が一致してようやく落ち着いたのだ。


 私たちは今、街道から少し外れた林の中で野宿をしていた。


 サフュラの町はアル=ラティーナ王国とウェーンデン王国の国境に位置しており、そこから少し進めばもう隣国へ入ることが出来る。

 本来なら今日中にウェーンデン内の宿場町へ着く予定だったのだが、勇者がレフィセーレと共に村に残ってしまったことで一緒に行くか行かないかと揉めに揉め、結局勇者の言葉通り進むと決まった時には、もう当日中には辿りつけない時間になってしまっていた。そのため、こうして野宿することになってしまったのである。


 季節はもうすぐ冬だが、周囲の冷気を遮断する魔法陣を描いているため、寒さは感じない。それを描いたのはウェティーナだ。あまりにも空気がぎすぎすしているので、少しでも緩和したくて綺麗で完璧な術だと言ったら、ウェティーナはちょっとはにかんだように笑った。


 私はその戸惑ったような笑みを見ながら、術式が完成するのを黙って見ていた。すらすらと、美しくさえある魔法陣が完成していく。それを眺めながら、改めて自分の才能のなさを感じ、私は劣等感にさいなまれた。


 もし、私に彼女たちほどの力があったら何か違っていたのだろうか?


 小さく息を吐き出し、ふと生まれた問いを押し殺す。考えてもどうしようもないことだ。やがて術が完成して、魔法が起動すると、それまでの寒さが和らぎ、初夏のような暖かさに包まれる。この陣の上にいれば、見張りを立てる必要はない。敵意を持った者が近づくと壊れて存在を教えてくるからだ。

 それから、それぞれに寝具を取り出して、横になる。

 私のすぐ横には、相変わらず不安そうなエーミャが体を丸めて横になっていた。


 それぞれに、胸の内に大きな不安を抱えたまま、夜は過ぎて行く。


 やがて、雨が降り始めた。かなり弱い雨で、魔法陣があれば濡れることはない程度の雨だ。

 

 さらさらと音がする。陣に弾かれた雨が立てる音だった。その音に耳を傾けていると、近くで何かが動く気配を感じて薄く目を開ける。すると、真剣な様子で術式を描いた陣に触れているエーミャの姿が目に入った。


「何してるの?」

「きゃっ! あ、ごめんなさい。あたし、どうしてもフィセル様が心配で……」


 彼女は手に荷物を持ち、思い詰めたような顔で私を見た。止めないでくれ、とその目が言っていることに気づくと、私は体を起こす。


「私も一緒に行くわ。レフィセーレ様にあなたのことお願いと言われているのに、一人で行かせて何かあったら嫌だから。ちょっと待ってて」

「え、でも、そんなこと」

「いいの」


 答えて、私は少しだけ魔法陣に細工した。少しの間だけ、侵入者を感知する式を崩す。これはすぐに元通りになってしまう。だから、急がなければ。私は急いで身支度すると、困ったようなエーミャの手を取り、促した。


「ほら、急いで」


 エーミャは特に逆らうこともなく私に続いて陣を出ると、うなだれて言った。


「ごめんなさい」

「いいのよ」


 本当は、自分も戻りたくてたまらなかっただなんて言えない。私や他の仲間が見ていないところで、あの二人が何をしているかと考えただけで、胃が絞られるように痛むのだ。


 ――重症ね……本当に、もう離れた方がいい。


 これからも、僧侶でいたいのならば。そう思いながら、私たちは急ぎ足で村へと向かった。



  ☆  ☆



 村へたどり着くと、もう夜明けに近かった。まだ雨は降っているが、雨避けの呪文を使って凌いでいる。明かりを生み出す術を杖に灯すと、よくある小さな農村の姿が見えた。中央付近に、一番大きな村長の家が見え、私とエーミャはぬかるんだ道を慎重に進んだ。


「足跡は勇者とレフィセーレ様のものかしら」


 そう呟いて村に足を踏み入れると、そこかしこに魔物や魔族の死体が転がっているのが見える。全てが一太刀のもとに切り捨てられており、やったのが勇者であることは明白だった。


「高位の魔族もちらほらいるわね、きっと魔族の住処になっていたんだわ」


 見過ごすべきではないと言ったレフィセーレの顔が浮かぶ。彼女の言葉は正しかった。このまま放置すれば、魔族が拠点としてここを活用し、周囲の町や村を襲って自分たちの住処に変えていただろう。


 その時だった。明かりの下で、黒い影がゆらりと動き、こちらへ襲いかかってきたのである。


「魔族っ!」


 エーミャが鋭く声を上げて、臨戦態勢に入る。明りに照らされた魔族は手負いで、目が見えないようだったが、豚に似た鼻で私たちの気配を嗅ぎあてたらしい。


「リフィエ、こいつはあたしが倒すから、フィセル様を探して!」

「でも」

「この程度の魔物なら、平気、お願い」

「わ、わかった!」


 私は小さな背中に向けて言った。すぐに、重たい音が響きだす。エーミャが一方的に魔物に打撃を浴びせているのがわかった。小さいが、彼女は強い。少しだけ立ち止まって見ていると、彼女が人間であるとは思えなくなってくる。

 そうだ、ずっとおかしいと思っていたのだ。なぜ、こんな小さな女の子が、レフィセーレと共に旅をしているのだろう。

 心に浮かんだ強い疑問。けれど、私は首を横に振って意識を切り替えた。


「そんなこと、今考えてる場合じゃない、早く勇者とレフィセーレ様を見つけなきゃ」


 攻撃手段を持たない私が一人でいるのは、あまり良いことではない。だがもし、エーミャが苦戦するようなことがあれば私では力になれない。どの道、二人を見つけた方が早いと思って、小走りになった。

 村は小さく、すぐに一周することが出来るほどだが、まだ薄暗く、はっきりとは見えず、雨のために霧も出てきていて、視界が悪い。


「ああ、ウェティーナだったら辺りの霧を晴らすことくらい簡単にやってのけるのに」


 どうしようもないことを口走りながら、わたしはふと、村の中央から強い光が放たれていることに気づくと、そちらへ向かう。足もとに気をつけながらゆっくりと近づくと、空間に裂け目が出来ているのが見えた。そして、その前に佇むふたりの男女の姿が見えると、安堵した。


 間違いなく、勇者とレフィセーレだった。


 声が届く距離まで近づくと、私は手を上げてここにいると合図しようとして、思わず口をつぐんだ。泣き声が聞こえる。両手に顔を埋めて泣いているのは、レフィセーレだ。勇者は彼女の肩にそっと手を添えていた。


 やがて、レフィセーレが勇者にしがみつくように泣き始めると、勇者はその背中に腕をまわして彼女を抱きしめた。


 胸を、凄まじい痛みが襲った。


 手から力が抜けて、ぱたりと落ちる。思わずその場にへたりこみかけて、足もとがぬかるんでいることを思い出し、震える足で二歩、三歩と後退する。雨避けの術を維持出来なくなり、全身が弱い雨に打たれはじめたが、もうそんなことはどうでも良かった。


 何度か、夢に見た光景とは違っていたけれど、それでもこの目で見ることはないのだろうと思っていたのに。その光景は目の前で展開されている。どうしようもない気持ちで、ただここから消えさりたいと願うが、それは叶わない事だった。


 何かが、終わった音が聞こえた気がする。


 ――ああ、そうか……終わったのか。だったら、もういい。


 涙は出なかった。心を空白が食らいつくして行くのを感じながら、ただ茫然と固く抱き合うふたりを眺めていた。



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