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恋した貴方はハーレム勇者  作者: 蜃
第三章
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思いの終わり

 しばらくの間はまともにものを考えることが出来なかった。


 やや時がたち、顔を伝う水滴の冷たさをぼんやりと感じてからようやく思考が戻ってくる。


 今までは、勇者がはっきりと誰かに対して好意を見せなかったから、なんとなく諦めきれないものがあった。だが、目の前の光景は彼の気持ちを雄弁に語っている。


 終わったのだ。だらだらと続けてしまった片思いが。


 口もとに自嘲が浮かぶ。


 そもそも始まってすらいない恋だったではないか。気づいた時に、封印すると決めた感情ではないか。何より、恋などする資格が私にあるのだろうか。

 この思いは元々叶ってはならないものだとわかっていたはずだ。

 かつて向けられた憎しみの眼差しを思い出し、私は嘆息する。そうだ、何で忘れていたのだろう。忘れていられたのだろう?

 あの時に、愛することも、愛されることも放棄したはずだった。そのくせ、一体何を望もうとしていたのだろう。私は自分の情けなさに、息をもらして小さく笑う。


 それなら、これはこれで良かったのかもしれない。

 レフィセーレがいれば、パーティのことは心配いらないのだから、安心して離脱出来る。


「リフィエ! フィセル様見つかった?」


 すると、ぼんやりと考えごとをしていた私に、エーミャの声が聞こえた。私は我に返り、うずく胸の痛みを感じていないふりをしながら、困ったように笑った。


「あ、うん、見つかったよ。ただ、ちょっと」

「いたの! どこに?」


 私は彼女の質問に、二人がいる方向を指さした。まだ固く抱き合ったままのふたりを見ると、エーミャは驚いて口をぽかんと開ける。それから困ったように私を見て訊ねてきた。


「どうしよう」

「もう少し待ってから、声を掛けましょう」

「うん、そうだね。でも、フィセル様泣いてる。何があったのかな……」

「きっと、何か悲しいことがあったのね」


 顔を赤くしながらもふたりを心配そうに見るエーミャから視線を外す。嗚咽をこらえる音が響き、勇者がレフィセーレの耳に何かささやいているのがわかる。恐らくは、魔族が村人に対して行った悪行の結果を見てしまったのだろう。 

 レフィセーレの純粋さを改めて垣間見た気がした。


 私は静かに深呼吸する。


 平静を保つ必要がある。この後話す時に、彼に動揺していることを悟られたくない。レフィセーレにも変に思われたくなかった。みっともなく騒いで、傷口を広げるようなことはしたくない。どうしてもだ。それが、最後の心の砦なのだから。


 ――そうだ、添い寝はもう嫌だって言おう。


 不審に思われても良い。もう限界だった。

 あれを見た後で、彼の隣に横たわり、眠りにつくのを見守ることなんて出来ない。大体、彼はどういうつもりで私にそんなものを要求したのだろう。最初は、相談にのって欲しいから、とか気さくに接することの出来る私と話をしたいからなのだと思っていた。


 だが、そういうことはほとんど無くて、時折抱き枕にされるくらいだ。もしかしたら、勇者が私に友情以上の感情を抱いている可能性もないとは言えない。


 男は、何人だって同時に愛せるのだと聞いた。


 だとすれば、今はたまたま私に注意が向いているだけなのかもしれない。けれど、その思いが冷めるのを待つつもりはなかった。そんなに長い期間、平静でいられる自信はない。でも、もしかしたら、彼の注意は今、レフィセーレに向きつつあるのではないだろうか。

 それなら、きっと私がいなくても大丈夫だろう。寂しいとは思ってくれるだろうが、引き止めたりはしないだろう。


 彼は、きっと私を含めて皆を大事に想っている。そこに、新たに加わったレフィセーレ。彼女のことも、大切に思い始めているに違いない。


 私はそう理解した。


 心の中に、決意がひたひたと湧いてくる。それと同じくして、夜が明けはじめる。曇り空が広がる空は一面灰色で、今の心境と良く似ていた。


 それから、ようやく私は三人に何も言わずに出てきたことを思い出した。


 勇者とレフィセーレはまだくっついたままだ。

 何度かまばたきをして、涙を追い払うと、私は雨避けの呪文を掛け直して、エーミャに言った。


「私は一足先に戻って、三人に事情を説明しておくわ。きっと心配して怒ってるだろうから、もう少しすれば、あの二人も落ち着いて事情を説明してくれると思うし、もう魔物も魔族もいなさそうだし」


 エーミャは一瞬側にいて欲しそうな顔をしたが、私が言ったことに納得したのか、ちょっと不安そうにうなずいてくれた。


「え、うん。わかった、気をつけてね」


「ありがとう」


 私はそう告げて、エーミャと、抱き合う勇者と聖女に背を向ける。正直に言えば、少しでも早くふたりから離れたかった。エーミャに心の中でごめんなさいと謝る。胸のうずきは、鈍い痛みに変わりつつあった。


 だけど大丈夫。私は自分に言った。


 リフィエ・マールムという人間がどういう存在なのか、ちゃんと思い出した。だから、大丈夫。この思いも、いつか思い出になるから。そう言い聞かせて、ぬかるみの中を歩いた。


 それでも、涙はなかなか乾かなかった。



  ☆  ☆



 ようやく涙が乾いた頃には、すっかり夜があけてしまっていた。ほとんど眠っていないので、頭がひどく重い。勇者やレフィセーレ、エーミャも恐らくそうだろうから、今日は辿りついた街で早めに宿をとらせてもらおう。


 その前に、言わなければならないことがいくつもある。


 まずは、三人にどう説明すればいいだろうか。事実を隠しても、いつかはわかるだろう。それでも、はっきりと言葉にするのはためらわれた。


「ここは穏便に言っておこう」


 つぶやいてうつむけていた顔を上げると、私は思わず足をとめた。朝日に包まれた周囲に何もない街道に、ウェティーナとサーミュ、ツィーラが待ち構えるように佇んでいたからだ。

 三人の険しい顔に、私は思わず胃がきりきりと痛んだ。


「おはよう、リフィエ」


 冷たい声。言ったのはサーミュだ。顔を上げられない。上げたら、刺さるような視線にさらされることがわかっているからだ。


「どこへ行っていたんですの? エーミャはどうしました?」


 詰問するようなウェティーナの声に、私はとにかく必死に事情を説明した。 


「あ、あの、夜のうちにエーミャがどうしてもレフィセーレ様が心配だと言いだしたので、一人で行かせるのは良くないと思ったから一緒に行きました」


「どうして何も言っていかなかったんだい?」


 ツィーラが不機嫌さを隠しもせずに問うてくる。


「それは……疲れているだろうと思って……」

「それはあんたも同じだろ? それで、どうしてエーミャがいないんだい?」

「何も言って行かなかったから、心配しているかと思って私だけ先に戻ってきたんです。勇者様とレフィセーレ様は無事でした。

 それと、皆さんが心配なさるようなことも何もありませんでした」


 とっさに嘘をつく。戻ってきたレフィセーレが居づらくなるような情報は伝えたくなかった。彼女にはどうしても残ってもらいたいのだ。

 私が詰問するような質問にそう答えると、大きなため息が重なって聞こえてきた。


「それだけ?」

「え?」

「本当にあんたは、エーミャに頼まれたから村へ向かっただけなのかい? 少なくとも、あたしはそれだけが理由だとは信じられない」


 なぜそんなことを聞かれるのかわからず、私はツィーラの目を見た。途端に、強く睨みつけられ、すぐに視線を反らしてしまう。


「どういう意味だかわかりません、他に何があると言うんですか?」

「お前は、この期に及んでまだあたしたちに隠しごとをするつもりなのか。あたしは、他の二人よりもお前のことは信頼していたつもりだ。友人だと思っていた、なあ、気づいていなかったと思うか?」


 心臓がどきりと跳ねた。


 サーミュは、冷えきった声でさらに問い詰めてくる。


「リフィエ、お前もユウマが好きなんだろう? エーミャが何を言ったか知らないが、本当なら引き止めるべきだろう。なのに戻ることを決めたのは、ユウマと聖女をふたりきりにしたくなかったからだ。違うか?」


 一瞬、何を言われたのかわからず、耳がおかしくなったかと思った。

 驚いて顔を上げると、悲しそうなサーミュと、憎々しげな顔をしたウェティーナ、冷たく軽蔑した顔のツィーラの表情が胸に刺さった。


「隠せていると思ったのですか? ずっと一緒にいるのに、わからない訳ないでしょう。でも、言いたくないんだと思って聞きませんでした。何より、あなたはちゃんと言った通り、ユウマ様に手を出したりしなかったのですもの。

 でもね、見てしまったのよ、朝……あなたがユウマ様の部屋から出てくるところを」


 強い力で頬を叩かれたような衝撃が私を襲った。


 あの日以来、添い寝をしていることがバレないように、なるべく勇者が寝入ったら自分の部屋に戻るように心がけていたのだが、近頃では朝まで離してくれないこともあり、戻れないことが何度かあった。

 ウェティーナはその時の私を見てしまったのだろう。

 

 なのに、これまではずっと言わないで普通に接していてくれたのだ。もしかしたら、彼女がルールを破ってまで昨日勇者に言い寄ったのは、私のせいかもしれない。


「裏切り者」


 ぽつり、とささやかれた低い声に、私は凍りつくしかなかった。



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