いざ追跡
翌日、魔法卿リチャード・ストリングスは、灰色マントを翻して、ミルレイクの丘を歩いていた。湖と領主館の間辺りを丁寧に見分する。
夜に一旦帰宅したものの、早朝から瞬間移動の魔法を使って、護衛に来てくれたのだ。
リチャードは、メレニアが居る領主館を仰ぎ見ながら、虹色魔法への対策を練る。
人通りが無く、見晴らしのよいこの丘では、仕掛けてこないかも知れない。今までのケースだと、人混みか、見通しが悪い場所で襲ってきたからだ。
「村に行こうと思うの」
朝の散歩に出てきたメレニアが、リチャードを見つけて話しかける。囮作戦は、彼女の中では決定事項だった。
「お祭りがあるのよ」
「誘拐の定番だな」
人目があるようで無い、祭りの人出は、迷子も多く犯罪も起こりがちだ。
まして、ミルレイク領の小さな村で行われる薬草祭は、観光客に人気なのだ。其処でしか買えない、限定品を買い付けに、遠国から商人達もやってくる。
「本来なら、止めるべきなんだが」
リチャードは溜め息を吐く。
「で、お祭りはいつなんだ?」
「今日から1週間」
「少なくとも、今日はやめとけ」
具体的な対策は、全く無いのだ。今出歩くのは、無謀と言える。
「夕方、また来るから、それまで大人しくしてろよ」
灰色マントの魔法使いは、仕事の前に来てくれたのだ。メレニアは、感激して頬を染める。
「そうする」
困ったように灰色の眉を下げ、濃い紫の瞳でメレニアを見る。
「なんとか考えて、虹色野郎を全力で捕まえるよ」
「私も調べてみる」
前のめりで言い出すメレニアに、リチャードは顔を顰める。今、大人しく待っているように言ったのに。
「調べるって、何するつもりだよ」
「やあね、うちにある本をみるだけよ」
「はあ、危ないから、何か見つけても、試してみたりすんなよ」
メレニアは、しまったという顔をする。
「え、そうね。でも、私じゃあ、元々何も試せないし」
「秘術や魔法は無理でも、普通の薬草絡みなら、とっくに一流の腕じゃないか」
「そんなこと、ないけど」
秘術の修行がもうすぐ赦されるのだ。一般の薬草関係者に比べたら、既に遥かな高みに手が届く。天才ではない。比較対象は、当主である父だけ。だから、本人に自覚はなかったのだが。
幻覚作用のある薬、毒薬、燻すと睡眠作用がある植物。薬草卿の知識には、魔法や魔法植物を使わなくても、充分危険な技術がある。
「自分で思っているより、色々出来るんだからな?出来そうでも、試すなよ?」
リチャードの声が、厳しくなる。
「そんなこと、ないけどなあ」
メレニアは、不満そうに繰り返す。出来そうなら、何でもやってみようと考えている顔だ。
「とにかく、夕方俺が来るまで、実験禁止!」
「解ったわよ」
渋々頷くメレニアを残し、リチャードは、仕事に出かけた。
夕方、ミルレイク領の領主館にやって来たのは、リチャードと父ミルレイク卿だった。
共に夕飯を食べたあと、談話室でお茶を待つ。
「みてな」
魔法卿リチャード・ストリングスと父ギドン・フィランが、座ったままでメレニアを見た。
父が、軽く人差し指を振る。父の若葉色をした魔力が、メレニアに向かう。糸のように伸びてくる魔力を、リチャードの骨ばった手が掴む。そのまま、軽く引くと、父は腰を浮かせた。魔力の紐を切ろうとするが、出来ないようだ。
次に、魔力を薄い布のようにして、メレニアに向ける。今度も、魔力の膜を、リチャードが掴んだ。球体、霧状、雨、板、と、父は様々な形態の魔力を、娘にぶつける。
その度に、リチャードが素手で掴み取る。
「どうだ?」
「凄いわ!リックさん」
「行けそうだと思うよ」
父も、リチャードの放つ魔力を掴みながら、にこにこしている。
「お父様も出来るの」
メレニアが眼を丸くする。
「もう少し練習したいから、決行は明後日以降かな」
「お祭りの中日ね。今年は楽団が来るらしいのよ」
「キッチリ楽しむ気かよ」
リチャードは、メレニアの肝の太さに呆れるのだった。
次回、薬草祭
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