囮作戦
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ミルレイク子爵フィラン家の領主館に着くと、 リリーが出迎えた。寝ずに待っていてくれたのだ。余程心配したのだろう。顔は、泣き腫らしてパンパンだ。
「お嬢様ぁ~」
乳兄弟の侍女は、飛び付かんばかりに寄って来た。
領主館を預かる老補佐官は、リリーの背後で眠そうに控えている。月の高い時間に、この館は普段眠りについているのだ。弟のボリスや妹のエレーナは、とっくに眠ってしまった。
「こんな時間に、失礼致します」
リチャードは、礼儀正しく挨拶をした。
「旦那様より伺っております」
御守りの警報を感知してすぐに、リチャードは、魔法通信でメレニアの父ギドン・フィランに連絡してくれた。必死で探してくれた事に加えて、冷静な対応も怠らない。
(なんて素敵な方なのかしら)
メレニアの中で、魔法卿リチャード・ストリングスの株は、上がる一方であった。
「私もお話しておきましたぁ」
幼い頃から共に育った姉のような侍女リリーが、鼻を啜りながら訴える。
「ありがとう、リリー」
メレニアも、こういう時に抱きつくタイプではない。鼻が詰まったような声で、感謝を示すのが精一杯だ。必死でこらえた涙が一粒、深緑の瞳からこぼれ落ちる。
リリーも、なりふり構わず主人メレニアを守ったのだ。何より、大切な紅い石の御守りを取り返してくれた。メレニアが、リチャードから貰った御守りをどれだけ大切にしていたのか、きちんと解ってくれたのだ。
リリーは、飛んだり跳ねたりするお転婆娘ではない。どちらかと言えば、3歩下がって影を踏まない性質だった。
そんな大人しいリリーだからこそ、飛び上がってカワセミから紅い石を奪い返してくれた行動の価値は、計り知れない。
「ご無事で良かったぁ~」
リリーはまだ、グズグズと鼻を鳴らしている。眼だけではなく鼻の頭も赤い。
「もう寝ましょう、リリー」
「すぐにお湯の支度を致しますねぇ~」
涙が溢れ出るのを誤魔化して引っ込む侍女は、泣き笑いを残す。
「お茶を召し上がって行って下さい」
老補佐官に導かれ、残された2人は応接室に向かう。
領主館を守るこの人は、リチャードが泊まる必要はない事を知っている。だが、お礼くらいはしたかったのだ。
リチャードは優秀な魔法使いなので、瞬間移動で帰れるのである。
遠すぎず、近すぎず、若い2人は絶妙な距離を保つ。ミルレイク子爵邸の、実用的な緑の絨毯を踏んで、月を臨む小部屋に入った。
ここは、来客用とはいえ、親しい身内をもてなす部屋だ。
質素だが貧相ではない内装は、緑の柵で囲まれた小さな家に住む魔法卿の気に入った。
「落ち着く部屋だな」
深紫の瞳が見下ろしてくる。壁に灯された魔法灯の蒼く柔らかな光が、リチャードの銀髪を彩って揺れた。
「気に入ってくれて嬉しい」
メレニアは、安心仕切った笑顔を見せる。リチャードは、一瞬居心地悪そうにしたが、直ぐに笑顔を返してくれた。
(頼りになるし、落ち着くし、やっぱり大好きだわ)
メレニアは、胸に灯る温かなものを感じて、リチャードから眼が離せない。
つい先程まで、飢え、渇き、疲れに恐怖と、死にそうな目に会っていたと言うのに。
自分でも不謹慎だと、少しだけ思う。
「あの、わざとウロウロするのはどうかしら?」
突然雰囲気を変えてきたメレニアに、リチャードが眼を瞬かせる。
「囮作戦よ!」
しかも、気恥ずかしさを誤魔化す為に口にした内容を、自分で気に入ってしまった様子。
「いや、ダメだろ」
「何でよ?どうせ、何処から狙われるのか解んないのよ?」
「だからこそ、隠れるんじゃねえか」
灰色マントの魔法使いは、あきれ顔。
「それならいっそ、こっちから打って出るのよ!」
ちょうど御茶を持ってきてくれた老補佐官が、メレニアのきらめく眼差しにビクッと肩を震わせた。
次回、犯人を誘き出す
よろしくお願い致します




