虹色の魔法使い
月夜の丘で、灰色マントの背中を追う。
魔法を解いてくれた時は、抱き締めてくれたのに。メレニアは、ちょっぴり不満である。
カヤネズミにされて逃げていたときには、恋心を追いやって、虹色の魔法使いから逃げおおせる事だけを考えた。しかし、ひと度恋しい人を目にすれば、そんな努力は消し飛ぶ。
(せめて、手ぐらい引いてくれてもいいのに)
世の中の恋人は、足場が悪ければ手助けをしてくれるらしい。いくら恋愛沙汰に縁遠いメレニアでも、それくらいは知っている。公園でも、街中の階段でも、よく見掛ける光景だ。
(そりゃ、リックさんとは、恋人じゃないけど)
想いは通じているのだ。魔力が響き合い、必死で探しだしてくれたではないか。
メレニアは、振り向きもしないで先を行くリチャードに、不満そうな声で問いかける。
「それで、これからはどうやって暮らせばいいの?」
秘術を学び終えるまで、隠れているわけにもいかない。その間ずっと狙われるのが規定路線ならば、対策をとるべきだ。
「薬草卿と考えてみるつもりだ。秘術を明かして貰うことは出来ねえが、あの御守りみてえな重ねがけならいけんだろ」
「うーん、どうだろ。御守りだって毎回引きちぎられるわよ?」
「そうなんだよなあ」
灰色マントの魔法使いは、困ったような声を出す。メレニアは、具体的な方法がまだなのだと悟る。
「虹色の魔法使いだけでも手こずってるのに」
痛い所を突かれて、リチャードは口を曲げる。
(子供みたい。可愛い)
リチャードの魔法は高度である。しかし、いつも不機嫌にしているので、13、4歳の思春期少年みたいなのだ。優しく気遣いの出来る大人っぽさもあるのに、ちょっとしたことで眉間に皺を寄せる。頑固な人とは、案外そんなものか。
(お父様は、こんな子供っぽいところなんて無いわね)
常にのほほんとして見える。もしかしたら、子供の頃からそうなのかも知れない。
「薬草卿と力を合わせて、まずは虹色野郎を捕まえるつもりだ」
父とリチャードの魔法を合わせて、虹色の魔法使いを捕まえる罠を考えるのだという。黄色マントの魔女や、これから仕掛けてくるかも知れない他の魔法使い達は、一先ず置いておく。
「あいつは、裏社会じゃ有名な誘拐犯だからな」
「いつも、動物にして拐うの?」
「ああ」
「私は運良く逃げられているのかしら」
「いや、メレニアの場合、やっぱり放置じゃないかな」
メレニアは、ちょっとショックを受ける。さっきリチャードが予想した理由が信憑性を帯びてきて、がっかりだ。
「私には、拐う価値はないのね?間違えた腹いせに、取りあえず動物にしてしまおうってだけ?」
「多分な。あいつは、自分で誘拐する。黄色マントの魔女とぐるって可能性は低いと思う。黄色は、虹色の魔法を利用したんだろ」
それを聞いて、ふと疑問が沸く。
「そもそも、虹色の魔法使いは、王太子殿下のご婚約者様を狙っていたんでしょ?」
「恐らくはな」
「あの方の、類稀なる才能が欲しいのよね?」
「どこかの政府に高く売り付けるつもりだったんだろうよ」
それはそれで、洒落にならない。
「なんで、婚約者様ほっぽりだして、私なんかをシツコク狙うのよ」
「だから、嫌がらせだろ?レニーに関しては」
含みのある言い方だ。
「じゃあ、婚約者様も狙われてるの?」
「そうだと思う。機密事項だから、護衛連中は教えてくれないけどな」
「酷い!私、とばっちりなのに」
「仕方ねえよ」
リチャードの声は、どこか悔しそうだ。メレニアは、それに気付いて口を噤む。
リチャード・ストリングスは、魔法卿と言う肩書きを持つ。つまり、国家公務員だ。やんごとない御方に関わる諸事情には、総てそんなものだ、と眼を瞑るしかない。
次回、囮作戦
よろしくお願い致します




