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丘を登る

 森を抜ける頃には、すっかり暗くなっていた。太り始めた7日の月が、曇り空からカヤネズミ令嬢を見下ろしている。

 身を守るものと言えば、丘を這うクローバーや、転々と生える灌木の茂みくらい。吹く風は冷たく、カヤネズミとなったメレニアの短い体毛を掻き分けて肌を刺す。


 足裏に当たる土は、湿り気があり不快だ。虹色の魔法が出す気配がもう消えているとはいえ、安心出来ない。たとえ誘拐犯が今回も諦めたのだとしても、小さなネズミの身で独り生き延びる自信はなかった。


 心細さに足が止まりそうだ。ただでさえ、お昼ごろから駆け通し。カヤネズミの体には、かなり負担が蓄積していた。



(あっ)


 くじけそうだったメレニアの胸に、希望の光が灯る。髭をピクつかせ、鼻が優しい魔力を嗅ぎ分ける。


「悪い、遅くなった」


 メレニアが感じ取った魔力の持ち主、灰色マントのリチャードだ。湿って冷たい地面から、メレニアネズミをそっと掬い上げる。その手つきの柔らかさにメレニアはときめいた。


(呼び会う魔力)


 昼間、リチャードから貰った紅い石の魔力と、自分の緑色をした魔力が反応した情景を思い出す。



 リチャードは、カヤネズミ令嬢を両手でそっと包んだまま、何時ものように、じっと眼を覗き込む。メレニア・フィランが、リチャードの腕の中で変身を解く。


 メレニアの動揺を余所に、リチャードは、人の姿に戻った令嬢を抱き締めて後悔の滲んだ声音で語りかける。


「警報で駆けつけたは良かったんだが、御守りはリリーが握っていた」


 御守りの警報は、正常に作動した。メレニアが咄嗟に流した魔力は、充分効果があったのだ。ただ、駆け付ける為の座標は、御守りのある場所なのだ。



「辺りには虹色の魔力が満ちていてな」


 リチャードは、静かにメレニアの栗色の髪を撫でた。抱き締められたままのメレニアは、恥ずかしさと安心感とで、どうして良いか解らない。


「奴の魔力で撹乱されて、レニーの居場所が解らなかった」


 それでも、見つけてくれたのだ。カヤネズミにされて直ぐに駆け付けてくれて、暗くなった今の今まで、探してくれた。メレニアは、嬉しさと安心で身を震わせた。


「あいつ自身は、さっさと逃げていた。魔力だけ撒き散らして、痕跡は消しやがったんだ」


 虹色の魔法使いは、誘拐が目的ではないのだろうか。


「自然に死ぬのを待ってるのかしら」


 恐ろしさに声が震える。


「人違いの腹いせかもな」


 そんな理由で、執拗に狙われるとは。随分と執着心が強い犯人だ。死ななかったとしても、変身したまま時が過ぎれば、人に戻る事が出来なくなる。

 虹色の魔法使いとしては、変身させてしまえば、それで良いのだろう。わざわざ連れ去ったり、止めを刺したりはしない。



「黄色マントの魔女については、何か解りましたか?」

「国際名簿から、身元は割れたけどな」


 リチャードは、ようやく腕からメレニアを解放し、丘を登り始めた。月明かりに、灰色の髪が蒼白く輝く。


「目的は見当がつかねえ」


 特に問題行動を起こした記録は、無いようなのだ。あの日、王宮の夜会には、黄色の魔女は招待されていなかった。黄色マントの魔女を見たという人も、駆け付けた警備隊以外には見つからなかった。



「まあ、薬草卿の跡取り娘だからな。人違いとは別件かも」


 ミルレイク子爵家の秘術は、表だって行われるものではない。魔法使いの間では、自然に知られるものなのだろうか。

 その疑問が伝わったのか、リチャードが紫の瞳で見下ろして言う。


「ミルレイクの秘術は、マントを授かる魔法使いなら、知っていてもおかしくねえな。危険視して殺しにかかるか、拐って利用するか」

「今まで、ホントに何もなかったのよ?」

「きっかけ、ってやつだろ」


 ミルレイク子爵の薬草魔法によって、メレニアは色々と隠されていたようだ。しかし、虹色の魔法に触れることにより、一部の魔法使い達に情報が回った。そうなると、自衛手段をまだ持たない半人前のメレニアなど、たやすくターゲットにされる。


「私が秘術を継ぐまで、この状況は変わらないってこと?」

「そうかもな」


 リチャードの眉間には、深い皺が刻まれた。

次回、虹色の魔法使い


よろしくお願い致します

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