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58話 レストの憎しみ

「ここから出してッ!!」


 少女特有のキンキンとした高い声に、見張りを務めていたアルブラウは辟易する。

 中肉中背。黒の揃った前髪は目を隠し、そこまで歳を取っていないため傍から見れば冴えない男だ。

 だが、彼は特殊な殺し屋だ。それ故に目障りな存在を見れば殺したい、と思ってしまうのが性である。

 そう思っても、殺してしまえば後がどうなるか目に見えて分かるため行動には移さないが。

 

 無理矢理耳から意識を切り離し、考え事をしてなんとかあの五月蝿い声を忘れようと努力する。

 事の発端は一週間ほど前。第三王女であるフィラルシアを誘拐し、大臣の家の地下に連れて来た。

 

 この誘拐を計画した本人、レストはどこか道草を食っていて、今は別の所にいる。

 早く本命を実行すればいいのだが、何をしているのやらアルブラウにも分からなかった。

 フィラルシアが地下にいる事は、大臣も全く知らない事だ。故に彼女を外に出す訳にもいかず、こうして見張りが必要というわけだ。

 

 彼女の高い声が外に漏れそうだが、地下の扉は分厚く、さらに地上への階段は長くさらにまた扉で隔ててある。

 早々聞こえることはない。

 

「どうして出してくれないの?」


 何度目の質問か、フィラルシアは出してと声を張り上げるが全く相手にされないとこうして質問する。

 ただの暇つぶしなのだろう。この地下にあるのはベッドと机だけ。

 遊ぶ場所なんてどこにもなく、一週間も閉じ込めてしまえば暇を持て余す。

 

 一方的に自分の不満を噴出させるより、こうして理性的に会話ができる事をアルブラウは好んだ。

 彼も同じく監視故に閉じ込められているため、暇なのであった。

 

「お前は餌、らしい」


「餌?」


「そう、理由は知らんがな」


 アルブラウはレストの考えている計画について、深くまで聞いていない。

 だが、彼はその計画に参加する。

 楽しいからだ。人を殺すことが楽しい。泣き叫ぶ姿が、声が、それが愛おしいまでにある。だから、彼は参加していた。そのために計画の全貌を聞く必要がない。ただ殺せればそれでいい。

 

「そう」


 しょんぼりとした顔をしたフィラルシア。彼女もいつまでここに閉じ込められているのか、いつ出れるのかそれを知りたかった。

 だが、アルブラウから出た答えは彼女が求めていたものではない。

 この生活もいい加減飽きてきた。

 陽の光はなく、机の上にポツンと置かれた明かりだけ。

 太陽を浴びないせいで時間間隔が狂いそうになるが、一日三食決まった時間に食事が出るためそれが頼りだ。

 

 衰弱する、ということはないが王族である彼女は退屈というこの苦痛が何よりも嫌っていた。

 そんな時、地上に続く唯一扉が開かれる。

 その横に立っていたアルブラウも、扉が開いたことに壁に身体を預けていたが離す。

 

「遅れた」


 その声はとても低かった。

 地上に続く階段の両側の壁にある明かりで入って来た男を照らす。

 レスト、誘拐を計画した本人だ。

 黒のフード付きマントを身に纏った彼が、もし暗闇に紛れれば気づくことはないだろう。

 

「遅いお着きだな」


「ちょっと野暮用を頼まれてな、それで少し時間をくった」


「ほう、どんな?」


 野次馬根性全開で、アルブラウは口を歪ませ興味を示した。

 

「影の王が貴族共を襲っていたから返り討ちにした、ただそれだけだ」


 その言葉にフィラルシアは戦慄した。

 彼女だけ時間が止まったような、そんな錯覚さえするほどだ。

 期待していたのだ。閉じ込められていても、助けてくれると。

 それが誰なのか、退屈なこの時間に想像していた。

 その中には必ずカインが入っている。影の王と呼ばれた所以は伊達ではなく、だからこそ必ず助けてくれるだろうと信じていたのだ。

 

 彼女を余所に、アルブラウは影の王と戦ったという事に少しばかり驚きとその先が気になった。

 レストはまだ、結果を言っていない。

 

「殺した?」


「いや、死体がなかった。だが、致命傷は与えた」


 死んでいない、その事にフィラルシアはホッと胸を撫で下ろす。

 先程まで死んだと勝手に勘違いして絶望の淵に立っていたが、生きていると分かって少しばかりの余裕が生まれる。

 

「致命傷が癒える前に、こちらも動く」


「やっとか」


 その言葉を聞いて、アルブラウは喜んだ。

 一週間も地下に閉じ込められているのは彼も一緒で、やっとこの苦痛から解放される。

 

「ああ。敵も動くらしくてな、それに合わせる形になる」


「総力戦か、いいね。楽しいね」


「馬鹿か、そんな事してもこちらが負けるだけだ」


 現在、騎士の半数が国境沿いの町にいる。それでも、実力差はかなり大きい。

 ラディアントは騎士団を率いて襲って来るが、その中にいる大臣派が寝返ったとしてもすぐに処理されてしまう。

 昔なら違ったが、今という年月を経て大臣派はかなり縮小していた。

 

 そんな状態で正面から戦えば、勝てないのはアルブラウでも分かっていた。だから彼がここにいる。

 

「それで俺の出番、ということか」


「そうだ、裏を突け」


 それを聞いたアルブラウは了承し、満足したように地下から出て行った。

 残されたのはレストとフィラルシア。彼女を置いてレストは地上に戻ろうとするが、待ったをかける。

 

「どうしてこんな事をするんですか?」


 一番聞きたかったことだ。

 計画した本人だから、やっとここに来たのだ。監視のアルブラウは知らず、ずっと考え続けていた。その中の予想は――。

 

「復讐さ。この国と、そしつ親父殿へのな」


 フィラルシアが予想していた中でも、最悪な未来へと舵を切るのであった。

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