それから、彼らは
それから、10年の歳月が流れた。
ロネは立派な大人に成長し、他の者たちはほんの少しばかり歳を取った。
開拓地は村へと発展を遂げ、共に暮らす者が増えた。
──それでも、彼らの開拓者生活はまだまだ終わらない。
日々課題と向き合い、一喜一憂する、そんな暮らしが繰り広げられていた。
「いたいた。ロネさん!」
村の女たちと共に畑の世話を行っていたロネの元に、少年が息を切らしながら駆けてきた。
ロネはトマトを入れた桶を足下に置いて、中腰になっていた身を起こした。
「トーイ君か。何?」
「設備が完成したから来てほしいってセレヴィさんが」
「本当に?」
肩に掛かった長い赤毛を背中の方へやりながら、ロネは笑った。
「すぐ行くよ。知らせてくれてありがとう」
ばたばたと走っていく少年の背中を見送りながら、後方で作業をしている女たちに声を掛ける。
「ぼく、ちょっと行ってきますね」
「行ってらっしゃい」
彼が向かったのは、拠点に近い場所にある川だ。
最初の頃は森を抜けて行かなければならなかった道も、今ではすっかり整備されて子供でも通りやすい田舎道に変わっていた。
川の傍には家が建っていた。巨大な水車を備えた水車小屋である。
ドアを開けて中を覗くと、設備の前でしゃがんでいるセレヴィの背中を見ることができた。
「セレヴィさん」
「……ああ、ロネ君ですか。ようやく完成しましたよ」
セレヴィは立ち上がって、傍にある設備をロネによく見えるように半歩分横へと移動した。
「これが水力発電設備です。小さいですが、村の電力を賄える程度のパワーは出せますよ」
「やっと街灯が使えるようになるんだ……何だか感慨深いですね」
「それでは、動かしますね」
セレヴィは設備に差し込んでいたストッパーを外した。
がたん……と外で水車が動き出す音がした。
傍に吊り下げてあった裸電球に、微弱ながらも光が灯る。
足下に影が生まれたことに顔を綻ばせるロネを、セレヴィは笑顔で見つめた。
「10年かかってようやく、此処まで来ましたね。ロネ君もすっかり大きくなってしまいました」
「ええ。本当に」
ゆっくりと動く設備に目を向けて、ロネはすっと真面目な面持ちになり、言った。
「でも、まだまだこれからですよ。ぼくらが目指すのは、都市の再建なんですから」
「そうですね」
村は、まだまだ発展の余地がある。
これが元あったような都市に成長するまでには、更なる長い時の流れを必要とするだろう。
そうだ、と声を上げるロネ。
「設備が完成したこと、知らせてこないと」
「ああ、そうでした。お願いできますか」
「ええ」
水車小屋を出て、ロネは集落のはずれに建っている小さな小屋に足を運んだ。
此処を開拓し始めた頃に建てた、初めての小屋である。
食糧を保管するための倉庫として使っていた小屋も、今では人が住む住居だ。
ドアをノックして、ロネは中にいる人物に声を掛けた。
「アノンさん」
ドアを開くのと、部屋の隅の方に据えられた車椅子が反転するのは同時だった。
ガラスの水差しを膝の上に乗せたアノンは、来訪者の姿を見るなり、口を開いた。
「何だ」
「電気が使えるようになったので、知らせておこうと」
「そうか」
使い古されてあちこち歪みが来ている車椅子を漕いで、アノンは小屋から外に出た。
「やっと、人間の集落らしくなったな」
「此処まで来れたのも、アノンさんが皆のことを護ってくれたおかげです」
ロネはそっとアノンに寄り添い、背後に回って車椅子をゆっくりと押した。
「ありがとうございます」
「礼を言われるようなことは何もしてないさ」
頬を撫でていく風が吹いてくる方向に何気なく目線を向けながら、アノンは言った。
「此処まで集落が発展したのは、あんたたちが頑張った証だ。胸を張れ」
『ほんま、素直やあらしまへんな。アノンさんは』
アノンの膝の上で水差しがくすくすと笑う。
『そこはどういたしましてって言うんでっせ』
「……俺は」
『同じ場所で苦楽を共にしてきた仲間なんですから。今更遠慮はなしにしときましょ』
「…………」
は、と短く溜め息のような息を吐き、アノンはそっぽを向いたまま小さく言葉を舌の上に転がした。
「……どういたしまして」
あはは、とロネは笑った。
「今日は完成をお祝いする予定ですから、アノンさんもちゃんと参加して下さいね? いつもみたいに理由を付けて逃げるのはなしですよ」
「……ああ」
「アノンさん、大変だ! 血眼者が、血眼者が子供を!」
遠くからアノンを呼ぶ声に、ロネとアノンは顔を見合わせた。
「──行きましょうか」
「そうだな」
ロネは車椅子を押す手に力を込めて、アノンと共に、通りを駆け抜けていった。
これは、人間が己の命を賭けて土地を開拓する戦いの物語。
彼らの武勇伝が終焉を迎えるのは──まだまだ先の、未来の出来事である。




