79.「また来ちゃったのかなぁ……ニンゲン?」
生態系のバランスが崩れているとはどういうことか?
分かりやすく言えば、街で見たあの湖のようなことだ。生物の循環の中で行われるエネルギーがどこかに偏ると、それに伴った変化が環境の中で起こってくる。
動物が多く生息するようになると、そこから生産されるエネルギーを使って、今度は植物が増えてくる。植物が増えれば、それを食べる動物がさらに増える……という循環だ。
今回の場合、オークと奴らが育てるガラットの豚たちのせいで、川の下流にある湖にエネルギーが溜まり、それを使った植物が増えすぎて、湖は沼へと変化した。
しかしそれは川の水質のみならず、それ以外の部分に関しても同様の変化が起こるのではないかと考えたのだ。
……それを俺たちは、それから数日間の偵察においてハッキリと認識した。そしてそれからいくつかの準備をして、合計一週間後。
……再び、俺たちはあの貪り大王の眼前へと姿を表したのだった。
***
相変わらずオークたちは数が多く、あれからさらに増えたようだが、どうも元気が無いようにも見える。……疲れているんだろうか?
そのせいか、もしくは前回の出来事で舐められているのか、大王の前まではほとんどスルーで辿り着くことができた。
「また来ちゃったのかなぁ……ニンゲン?」
貪り大王は、前回と同じくバカでかい玉座に座り、俺たちを完全に侮った雰囲気で見下ろしている。俺の後ろでは、またしてもミミナが青ざめた表情で大王からの視線を警戒していた。
十分に溜めを作った後、突然マルミラが精一杯の畏怖の対象となるように威厳を込めて高笑いを始めた。……いよいよ、長い戦いの始まりだ。
「ははは!大王、そしてオークどもよ!度重なる勧告にも従わないというのであれば、この我の最大にして最悪の魔法を使うしかないようだな!……見ておれ、この我の怒りを買ったことを……!我の力により、貴様らは一族郎党破滅の呪いにかかるであろう……!ははは!はーっはははは……っ!!!」
マントと言うよりは、民族チックなケープを翻すマルミラ。
一応それまでには、マルミラとシバの魔法を最大限に組み合わせて、まるでプロジェクションマッピングのように、奴らに最も恐怖が伝わるような演出をして脅しをかけていたのだが……。
***
「これぞ異世界農家流黒魔術よ!」
事前の作戦会議で、俺は自信たっぷりにマルミラにそう伝えた。
「……ロキ君、君の画期的な発想は疑う所ではないが、さすがにこんな方法でうまくいくのかね?大いに疑問だ」
「間違い無いね。お前は俺たちの世界を画期的だとは言うが、全然進歩して無い部分もある。それは……未だに黒魔術が残っている所だ」
「本当か!?まさかロキ君の世界にまで、黒魔術があるとは……!あれは理論的にも明らかにされていない、二流以下の魔法システムだぞ!?」
「いやホントその通り。そうなんだよ、黒魔術は再現性のない思い込みによる、おまじないに過ぎないんだ。だが、だからこそ無くならない。人間がいる限り、その不安につけ込んで黒魔術は残り続けている」
実はその通りなのだった。
単純に科学技術で言えば、この世界よりも(……そう言えば、なんという世界なんだろうか?)俺がいた世界の方が文明は進んでおり、発達している。それは、ジャングル奥地の少数民族などを除けば、どこの田舎でも同じことが言えた。
だが、魔法などはあるにせよ、それよりも数段劣るこの世界と比べて、全く変わらない所が一つだけある。……それは『人の心理』だ。
黒魔術は、人間の心理を付いた魔法である。……というか、『魔法のようなもの』だ。
簡単に言えば、ある出来事に対して、その人が「これはいいことだ!」と思えばいいことになるし、「悪い出来事に違いない!」と思えば悪くなってしまう。
さらに言えば、人間というのはそう思い込んでしまうと、実際に脳に炎症が起きてその結果体にも影響が出てくる……つまり『病は気から』ということになってしまうのである。
なので、俺がいた現代でもアフリカの方では未だに現役の黒魔術師がいて、周りの人々もそれを信じていて、その黒魔術師が「奴には天罰が下るだろう」と言えば、そのうち起きた悪いことを「やっぱり天罰だ!」と思うようになり、黒魔術はこのようにして成立する。
しかも、これはアフリカのような途上国だけではなく、先進国である日本でも未だに続いている。誰か有名人や医者などの肩書きを持った人物が「あの食べ物は体に悪いからダメだ!」というと、それを信じる人はこぞって「あんなものは悪魔の食べ物だ!それを作る人は人殺しだ!」と声高に語るようになってしまう。
農業界でも、一時期はそれに悩まされたことがあったものだった。だから俺は、黒魔術師のやり口については非常によく知っている。ここでオークたちにそれを宣言したのは、後ほど起こるであろう出来事の効果をできる限り増幅させるためでもあった。
ともかく、まるで信じていない様子で俺たちの方を見下ろしている貪り大王を始めとしたオークたちを後にして、言いたいことだけ言った俺たちは、そそくさと集落を後にして再びマルミラの屋敷へと戻ってきたのだった……。
さあ、ここからが長い戦いの始まりだ。




