77.そこまで言うからには、何か案があるのか?
「ああ。異世界農家の知識を総動員して、解決してやるさ!」
俺はドヤ顔でそう言った。
「……で?一体どうするのだ?そこまで言うからには、何か案があるのか?」
「……」
しかしそう続けられたマルミラの言葉に、同時に俺は何も返すことができなかったのだった。
***
「よし、まずは問題をおさらいしよう」
「ふぅ。全く君という男は、画期的なまでの無計画だな。さっきのわた……我の感動を返して頂きたいものだ」
呆れがちにため息を吐くマルミラだったが、その口調はさっきまでの「私」から、いつもの「我」に変わってきていたことに、ちょっとだけ安堵する。やっぱり彼女はこうでなくちゃな。
その低い背とは裏腹に、尊大な態度を取るマルミラの姿が滑稽で、思わず俺たちの間に笑いが溢れるのだった。
「まあまあ。まずは、ガラットの町の中心となっている湖が汚染されたことで、町の人々が困っていると。これが最も重要な問題だな?」
「ああ、そうだな。領主からも、その問題を何とか解決するように、と言われている」
ベルナルドの補足に、俺は再びあの領主の顔と、オドオドしたあの態度を思い出してムカムカする。
あの態度は……あれだな。地元の役場の公務員が、自分では何も決められずに「ルールだからルールだから」と言って、全く融通が利かないあの感じを思い出した。
自分では何のアイデアもないくせに、こちらが色々と提案すると「それにはこの問題が……」みたいにいちいち言ってくる系の奴だ。
「だったら自分でやってみろってんだよな……」
「ん?何がだ?」
「ああいや、なんでもないこっちの話だ。それより、その水質汚染の原因についてだが、それは湖に流れ込んでいる川の上流にオークの集落があり、そこから出ている生活と家畜の排水の影響だということが分かった」
「あれはひどい匂いだったな!」
「全くだ。そして、そのオークたちを率いているのが『貪り大王』。そのタフさと生命力故に不死身と言われているような化け物だ」
「ああ……思い出すだけでも卒倒しそうだ……!」
ルルガとミミナも話に乗ってきた。
そしてミミナは、あの悪夢のような出来事を思い出して鳥肌が立っているようだった。まあ無理も無い。あんなに殺意が籠もったミミナは初めて見たしな……。
「オークの集落を解散させるには、その中心である貪り大王を何とかしなければならない。だが大王本人は無敵に近い。なので、その手下たちであるオークを倒せば、大王も懲りて退散するのではないか?……というのが、凡そのまとめということでいいのかな?」
「そうだな。まだ仮説の域を出ていない部分もあるが、前回の戦いの様子から見ていても、少なくとも貪り大王は一人でも戦い抜くような奴ではない」
「それも確かにその通りかもな……」
「だがロキ君。実際問題、このマルミラスペシャルを使わないというのなら、一体どうやってあのオークの大群を倒すというのかね?」
「そこなんだよな……。画期的な方法でも思いつかない限り、人海戦術なんてのは無理だろうし……」
「さすがの私やルルガ嬢たちの力でも、あの数を一網打尽にするというのはさすがに無理があるな」
「だよな……」
一同、うーんと唸る。
一見、打つ手がないようにも見えるが、こうして問題を整理することで、取り組むべき課題を明確にするということは重要な一歩だよな。
まだ解決方法は思い浮かばないが、何を解決すればいいか?……ということはハッキリした。
それは、『あのオークたちの数を激減させる』ということだ。その目的が達成させられれば、今回のクエストはクリアと言えるだろう。後はその方法だが……?
「うーむ……。せめてもう少し奴らを観察しなければならなそうだけど、それにはまたあの集落まで行かないといけないんだよな?」
「観察?……ああ、それならいい方法があるぞ。この大賢者に任せておくが良い。先日の我々の魔力の痕跡を辿り、視覚のみを飛ばす【千里眼】の魔法がある」
「おっ、ホントかよ!?そりゃあ助かる。まずは色んな作戦を立てるためにも、できるだけ詳しいMAP作りが大事だな」
さすがは賢者を自称する魔術師らしく、こうした補助的なサポート系の魔法は得意のようだ。マルミラはさも当然かのようにそう言うと、置いてあった杖を手に取る。
「分かった。それでは早速《目》を飛ばしてみるか。準備を始めよう」
そうしてマルミラは机の上に何やら道具を出し始めた。鳥の形を模したコンパスのようなもの、大雑把な地形が描かれた地図の上に、真っ白な羊皮紙を置く。その傍らにインクと羽根ペンなどを用意していく。
「……あ、そうだあと、奴らも病気にかかるんだよな?それは一体どんな症状だったか覚えてるか?」
「ん?うむ、ちょっと待っててくれ。集中してる間は他のことにはあまり思考を割くことができないのだ」
「おお、そうか。すまんすまん……」
ついつい気が急いて色々聞いてしまった。
農家的には、同じ第一次産業ということで、畜産業のことなら少し分かるかもと思ったのだ。基本的には、植物だろうが動物だろうが、病気にかかるメカニズムは変わらない。……もちろん、人間だろうと。
まあ、この話はもう少し後に回すことにして、今は偵察魔法の方を優先しよう。邪魔しないように邪魔しないように……。
「よし、《天の目》に接続できたぞ。ここから我々の通った後の魔力を辿り、遠隔的に遠見を行う。何か必要なことがあれば言ってくれ。我が紙に書き出そう」
「へぇ〜……。便利なもんだな。天の目とかあるのか」
「そうだ。別名『神の視点』とも呼ばれている。我々魔術師は皆、この目に自分の視覚を接続して遠見を行うのだ」
(何だろう?人工衛星みたいなもんかな……?)
ついつい元の世界と照らし合わせて、余計なことを考えてしまう。それにしても、魔法の原理とか興味津々だ。自然科学好きの血が騒いでしまう。
「そうこうしているうちに、我らが最初にキャンプした場所へ着いたぞ」
「休んでたら、いきなり子豚が飛び出してきたんだよな〜」
目を閉じて、どこか遠くを見ているような姿勢で瞑想するマルミラと、キャンプした時の様子を思い出してよだれを垂らすルルガ。……って、ん?
(そう言えば、あの子豚……!?)
俺の脳裏に、僅かに何かが引っ掛かった。




