36.(……これだっ!!!)
ほんの少し手を巡らせただけで、それが何かということは、俺にはすぐに分かった。
……言葉にもならない状態で閃く。
(……これだっ!!!)
もう半日近く走り詰めな上に太い棘の棍棒で殴られ、段々腿から下の感覚が無くなってくる中、俺は最後の力を振り絞り、身を翻す。
コボルドの族長は、それを見て逃げようとしたと思ったのか、走りざまに槍を突き出してきた。多少間合いがあったためか、単純なその軌跡はよく見ることができた。しかし何も無かった場合、俺にそれを躱すだけの余力は無い。
今更砂でも掛けようとした所でもう遅い。……俺は、後ろ手に手にした『ある物』に全てを賭けるしか無かった……。
「ぉ……らぁっ!」
完全に、余計な他のことを考えられなかったのが良かったのかもしれない。真っ直ぐにその切っ先を見つめ、俺は膝立ちのまま、手にした物を突き出した。すると……。
カキンッ!
俺の体の中心を目掛けて突き出された槍の穂先は、甲高い金属音がして弾かれていた。そこに存在し、鋭い刃を阻んでいたのは……『鍬』だった。
「んなっ!?」
族長が驚いて声を上げる。
俺が気付かずに手に当たった物とは、前回の畑作業で地面に放置されたままだった鍬だったのだ。一瞬の間にそれを直感で悟った俺は、その鍬を武器にすることにした。
鍬なら、槍にも負けないリーチがあるし、正に今、役に立った部分である刃が四角く広いため、うまく使えば盾代わりにもなるのだ。……って、完全に偶然だが……。
ともかく、そんな思いつきで手に取った鍬は、意外にも戦闘に使えそうだと気付いた。それを証明するかのように、勢い付いていた族長の手が止まる。槍の穂先はずれ、俺もその隙に体勢を立て直して何とか立ち上がった。
……正直、体はまだヨロヨロとして不安定だが、長いリーチのある武器はそれだけで威嚇になる。そして何より、俺の手に馴染んでいて使いやすいのがいい。剣なんかよりも断然いい。世界の勇者はみんな、伝説の剣なんかよりも鍬を使えばいいと思うほどだ。
そういえば、昔は普通に一揆なんかで使われてたりしたんだもんな……。
いかんいかん、まだ今はそんなことを考えている場合ではない。たった一匹とは言え、まだ族長がピンピンしてるんだ。目の前のこいつを倒してからでないと……。
そう思い直して、族長と正対する。
見よう見まねでそれっぽく、中段の構えを取ると、自然と穂先が族長の目線の先に向く。……微妙な状態ではあったが、僅かながら鍬の刃先分だけ死角ができるというのが、相手にとってはなかなかやりづらいようだった。攻めあぐんでいるのがなんとなく分かった。
互いに牽制し合いながら、俺はハッタリでゆらゆらと鍬を揺らし、時折振り被って攻めるような仕草をする。その度に族長はビクッと反応して警戒するのが見て分かった。やはり、武器があると無いとでは大違いだ。
(さて……後はどうやって決着をつけるかだが……)
ハッキリ言って、この後のプランは全く考えていなかった。奇襲をした以降は、完全にノープランだ。そもそも、計画を立てようとした所で、全く戦闘というものをしたことがない。企画倒れになることは明白だ。
だからその都度その都度、行き当たりばったりの勢いで何とかするしか無いと思っていたのだが……足に怪我をしたというのがマズかった。まだ移動することができれば、周囲の何かを使って撹乱したり罠にかけたりすることができたかもしれない。だが、こちらが動けない以上、武器での戦闘で決着を付けるしかない。
(できるか……?鍬で……)
もちろん鍬というものは、生き物を倒すために作られているわけではない。なので、これを使ってどう戦っていいかなんて未知数だし、どんな物語でも見たことが無かった。剣術ならぬ鍬術……を磨くことは今後の課題として、現状を打破する何かいい方法はないか……?
ぐぬぬ……と睨み合っている俺と族長が膠着状態に陥りそうになってきた時、その決着は呆気無く着くのだった。
シュッ……ドスッ!
「大丈夫か!ロキ!」
「ロキ殿!間に合ったか!?」
聞き覚えのある女性二人の声と、俺と族長の間に割りこむように飛んできた矢が、俺たちの動きを止める。……もちろん駆け付けて来たのは……ルルガとミミナだった。
「なっ!?巫女ども……!」
「シャーッ!オマエが族長だな!よくもロキを……!」
「怪我をしているではないか!……しっかりしろロキ殿!」
「お前ら……!た、助かったわ……」
自分でも情けないとは思いつつも、ホッとして安堵の息を吐いてしまった。正直、この先の手は無かった。あるとすれば……自爆的な何かしか思いつかなかったため、このタイミングで二人が駆けつけてくれたのはホントに助かった。
「ロキさん!大丈夫でしたか!?」
そこへシバも駆け付けてくる。
向こうでは、逃げ腰な族長が観念してルルガに戦いを挑んでいるようだが、怒ったルルガがあっさりとそれをいなして、見事に顔面に一撃食らって吹っ飛んでいた……。
やっぱ、流石だわ。




