35.お前がやるしかないんだ。
(……槍、か……)
族長が持っていたのは、さっきまでの斧ではなく、周りの枝に絡み取られたコボルドの一匹が持っていた、粗末な槍だった。多分、その長さは2mも無いことから、ショートスピアに分類されるような奴だろう。
だが粗末とはいえ、先端には金属が括りつけられている。おそらく、精錬されていないとはいえ、鉄だろう。錆びかけている所がまた逆に恐ろしい。傷口から体内に錆びが入ったら、どんな挙動を起こすか分からないからだ。
また、ここに来てほとんど一対一になってしまったというのも痛かった。……乱戦の中ならば、まだやりようはあったかもしれないが、剣と槍の相性はものすごく悪い。『剣道三倍段』という言葉があるくらい、リーチの差は絶望的に戦力の差に繋がってしまう。
何故こんなことが言えるかというと……実際に経験したことがあるからだった。以前、忍術を勉強して現代に活かそうとしている友人がおり、東京の外れにて忍者修行をさせてもらったことがある。
その人と一緒に参加した『武士コン』というイベントがあったのだが、そこで古武術の剣術を教えている人々が来ていた。そこの師範代に、十文字槍の使い方について少し教えてもらったのだが……これがまあ無理だった!
木刀や模造刀を使って軽くチャンバラのようなことをしてみたが、どこからどうやっても槍に勝てる気がしなかった……。その時に少しだけレクチャーしてもらった経験からしてみると、唯一この状況においては『間合いの中に入る』ことしか勝機は無さそうだった。(※十文字槍の場合、入ることそのものも難しい上、入った所で余計に危険だったりもする……)
「……っ!」
ほんの僅かの間だけ、頭の中でごちゃごちゃと色々考えてみたのだが、結局これといった案は浮かばなかった上に、足の激痛で思考もまとまらなかった。
俺は咄嗟にそこまで考えると、目の前に迫った危機に対処するため、早急に何らかの行動を起こさなければならなかった。何とかまだ右足が踏ん張れることを確かめると、振り向きざまに足元にまだ倒れていた鍋コボルドの足に目掛けてショートソードを突き下ろす。
ギャッ!という悲鳴とともに、鍋コボルドの左足の付け根辺りに剣が突き刺さった。
これで何とかこいつは無力化できただろう……。そう考えながら、足の痛みをグッとこらえて、俺はその場から離れようとした。そして同時に、茂みの方に隠れているシバに向かって叫ぶ。
「シバ!何とかできないか!?」
「す……すみません!これ以上魔法を使うと、さっきの魔法が解除されてしまうので……」
頼みの綱だったシバからの返答は、残念ながら救いのあるものではなかったようだ。俺は必死で脳内が混乱しないように注意しながら、辺りを見回してこの状況を打開するための策を巡らそうとした。
……このままでは、族長と俺が一対一になった瞬間に終わる。今の俺の実力では、このショートソードではあの槍に対して絶対に勝てない。そのことを悟ったからだった。なので、今の武器に変わる何かを見つけなければ、あの族長に対してまともに戦えるようにはならないだろう。
右足を引きずりながら、少しでも時間を稼ごうと、俺は族長から離れて村の外れの俺の畑の方へ逃げようとする。その様子が分かったのか、後ろから走って追ってくる気配がした。
(何か無いか、何か……!?)
「待てぇっ!ニンゲン!」
族長だ。おそらく、俺が足を負傷しているところを見て、勢いづいたのだろう。もうこうなったら四の五の言ってられない。素早く辺りを見回して、視界の端に映ったあるものを目指すと、俺は駆け出そうとした。……が、足の痛みで膝がくずおれそうになる。
「ぃぎっ!」
「待てっ!」
すぐ後ろまで族長が迫っている気配がする。……このままでは間に合わない。それを悟った俺は、一か八か振り向いた瞬間に手に持っていたショートソードを投げた。
クルクルと円を描きながら飛んでいったそれは、まっすぐコボルドの族長の顔を目掛けると、うまい具合に族長の顔の辺りに刺さりそうになって到達した。……それを避けようとした族長は勢い余ってその場に転ぶ。
(今しか……無いっ!)
「んぐぐっ!」
自慢じゃないが、これまでの人生でここまで大きな怪我をしたことのない俺にとって、体の中からイバラでも生えてくるんじゃないかというほどの激痛は、かつてない精神力を要求させた。
が、おそらくアドレナリンでも分泌させているからだろう。何とか痛みにも耐えながら、必死で走って畑へと駆け込む。……終いには、実際に転がり込みながら、トウモロコシが植えてあった畝の中へと飛び込む。
気候に合っているのか、思ったよりも成長の早いトウモロコシの間で、俺はほぼ四つん這いになりながら、コボルドから逃げようとしていた。
「危ない所だったぞニンゲンめ……!」
最早俺が満足に走れないことを知ってか、慎重に槍を構えながら近づいてくる族長。それを見ながら、俺の額には冷や汗が流れる。全身は痛みのせいで燃え盛るように熱いというのに、迫り来る恐怖が首から上の温度を奪い去っていた。
(あの道具小屋まで行ければ……っ!)
ズルズルと半座り状態で後退しながら、背中の後ろにあるはずの畑の道具小屋に想像を巡らせる。さっき俺が目指そうとしたのは『そこ』だった。
毎回自宅から農作業道具を持ってこないといけないのはめんどくさいため、通常の場合、畑の近くには小屋を立てて道具を置いておいたりする。異世界に来てからもセオリー通り、俺は竹と葉っぱを使って小さな小屋を作っておいたのだった。
そしてそこには細々とした道具を置いておいたため、何か槍に対抗できるような物があるかも……?と考えていた。いや、何も無ければ竹槍だっていい。何とかあの槍のリーチに匹敵するものが必要だ。まさかトウモロコシの茎で戦うわけにはいかないしな……。
「ニンゲンンーッ……!!!」
そんなことを考えた瞬間、コボルドの族長が一気に駆け込んで来る。
……完全に止めを刺す気だ。
俺は万事休す……と目を瞑る。
こんな時、マンガならきっとルルガやミミナが助けに来てくれるんじゃないか……と想像しそうになって慌ててかき消した。
一体いつまで誰かに頼ろうとする気だ。
お前がやるしかないんだ。
お前しかいないんだ。
お前が……!
***
それは生存本能とでも言うべきものだったかもしれない。まずは瞑っていた目を見開く。そして迫っている槍の穂先を見た。
僅かの可能性にかけて、避けるために身をよじろうとした時。……手の先に何かが当たる感触があった。
(……これだっ!!!)




