第九章 第三話
翌日、第四会議室へ指定された時間に着いたレオの前には、既に六人の男達が揃っていて、入って来たレオに一斉に敬礼を返した。
その中の一人、長身で茶色の髪と緑の瞳がコンラッドに良く似ている男は少尉の階級章を付けていたが、薄い唇を引き締めてレオに向かって言った。
「第九十九AAS小隊S班副長少尉ネルソン・アトキンズ以下六名、参集仕りました」
「……ご苦労」
どう答えていいものか戸惑いながらレオが短く答えると、直ぐに後ろの扉が音を立てて開き、グレン大佐と、大柄でがっしりとした体格のハリソン少佐が入って来て、全員が一斉に敬礼を返した。
昇任式が無事終わると、グレン大佐は勢揃いした男達を満足げに見渡して、また灰色の瞳に冷ややかな光を浮かべて目の前のレオに視線を止めた。
「さて、貴君らは、今夏正式に国連支配下に於ける機動部隊として活動を開始するにあたり、常に先遣隊として赴任地の情勢を的確に把握し、指令本部にて遅滞無くその報告を上げる事を任務とする。ハイランダーの誇りを忘れず、勇猛果敢に任に当たる事を希望する。貴君らの健闘を祈る」
「了解しました!」
「そしてこれより、訓練を兼ね北部インヴァネスへと赴き、復興の遅れている北部での支援行動計画を立案するに当たっての情報収集任務を命ずる。期間は明日より一週間。心して任務を遂行せよ」
まさか行き成り任務を命じられるとは思っていなかったレオは、内心動揺しながらも、表情には出さないよう顔を引き締めていた。
「今回は初めての任務だから俺も同行する。宜しく頼む」
小隊副長であるオラフ・ハリソン少佐が、ゴツゴツとして大きな日に焼けた手を差し出して、レオはがっしりと握手を交わしてから直ぐに敬礼を返した。
「ご指導宜しくお願い致します」
「うむ」
レオよりは十歳ほどは上であろうか、壮年のハリソン少佐は濃い金髪を短く刈り上げ、武骨な顔付きに、鍛え上げられたがっしりとした体で、自分は先祖代々ハイランダーだったんだと笑うその瞳は少年のような澄んだ蒼で、腹の底からにこやかに笑うその姿は少しムーアハウス少尉殿に似ているなとレオは思った。
「小隊副長殿、班長殿、車両の手配完了しました」
S班の作戦指令室に指定された三階の部屋に、アトキンズ少尉は書類を片手に戻って来ると、機敏に上官二人に報告した。
「ご苦労、アトキンズ少尉」
ハリソン少佐の言葉を受けて、アトキンズ少尉はテキパキと備え付けのPCを操作し、行動計画が表示されているプロジェクターに移送用車両の画像を出して、淡々と説明を始めた。
「ハンヴィーM2050及びM2040、各々定員八名。ナンバープレートはこちらです。尚、非武装型につき機関銃非装備、軽装甲のみです」
「太陽光か?」
ハリソン少佐の問いにアトキンズ少尉は「いえ」と顔を向けた。
「水素自動車です」
「国内のステーションは、ガソリンスタンド同様、全て廃止されたんじゃなかったか?」
世界の崩壊時に、原油の供給が途絶え全国のガソリンスタンドが廃業したのと同時に、全車の三十%近くまでシェアを伸ばしていたFCV用の水素充填ステーションも、廃止になった筈だったと記憶していたレオが疑問を呈すると、アトキンズ少尉は冷静な顔を崩さないまま淡々と言った。
「イングランド地域ではそのようですが、此処スコットランドでは天然ガス発電が継続して行われておりまして、水素ステーションは現在も稼動しており、域内の自動車の内約三十%は、水素自動車が稼動しております」
「へえ」
確かに、イングランドよりも街中で見掛ける車の数が多いなとは思っていたが、安定した電力供給が有ると無いとでは、これ程違うのかとレオは驚嘆した。
「班長殿、他にも何かご質問があれば何なりと」
「いや、大丈夫だ」
最後まで真顔のアトキンズ少尉に、レオは苦笑を返し首を振った。
その日宿舎に戻ったレオは、着替えるのももどかしくPCの前に座り込んだ。自分用に発行されたパスワードを入力し、アクセスの許可を得られると、軍組織図の中に早速S班が追加されているのを見つけ、まず副班長のアトキンズ少尉の個人情報にアクセスした。軍の士官学校を首席で卒業し、軍医の資格も持つという彼の経歴に、やはりなとレオは思った。
冷静沈着で全てを卒なくこなし、軍人の鑑のような幹部候補生は、明らかに自分よりも劣る人間が上官である事を、どう思っているのだろうと、レオは小さくため息をついた。
班員達も、入隊五年から十年と幅はあるが、どいつも鋭い眼光を飛ばしているのを見て、グレン大佐が精鋭を招集してあると言った言葉に嘘は無いんだろうと思った。
――マリア、俺に出来るんだろうか。
レオは机の上に飾られた写真立てに目をやった。
これまで、写真など一度も飾った事の無かったレオであったが、別れ際にロドニーが「お前が院長先生を忘れると困るからな」と、レオの手に押し付けた写真には、マリアとコンラッドや、ローラとロドニー達BVIの子供達が、修道院の庭で撮ったのであろうか、鮮やかな緑が揺れる中、並んで笑っていた。
コンラッドに肩を抱かれ、得意そうに腕を組んでいるロドニーとの間に挟まれて、マリアは嬉しそうに少し頬を染め穏やかに笑っていた。
レオに何かを語り掛けるかのように、笑みの零れる茶色の瞳は、不安に駆られるレオの心に暖かい光を投げ掛けていた。
コンラッドの左隣で、赤子を抱いてすっかりと母親の顔で笑っているローラの腕の中の赤ちゃんは、撮影していたクリスに笑い掛けているのか、父親似の緑の瞳を細め、きゃあきゃあと言う笑い声が聞こえそうな満面の笑みであった。
その男の子にレオナルドと言う名を付けたコンラッドに、レオの出立直前に『エクセター』の艦長に内定したと告げられて、何度も何度もコンラッドの背を叩いてレオも喜びを表した事を思い出していた。
この秋に任に戻る『エクセター』は、縦横無尽に世界の海を制覇して、アイツはどんどん前へ進んでいくんだろうとレオは思った。
――こんな出だしで躓いていられないな、俺も。
世界で会おうと言ったコンラッドの言葉を思い出し、レオは自分を奮い立たせて顔を上げ背筋を伸ばして、鋭い目付きでレオを睨み返しているPC画面上の六人の男の画像に、真顔で向き直った。
明日から一週間不在になるとハナに告げると、熱々のゲームパイをレオの前に差し出しながらハナはフフンと鼻を鳴らした。
「まぁ最初は失敗もあって当たり前なんだから、力を入れすぎない事だね」
幾ら軍用宿舎の管理人とは言え任務については明かせないのだが、もう二十五年此処で管理人をしているハナは、培った嗅覚で其々の任務を察しているらしく、北部へ出立する兵士には「暖かくしていくんだよ」と言い、南部イングランドへ出張する兵士には「メシが不味くても文句言うんじゃないよ。帰ったら旨いハギスを食わせてやるよ」とカラカラと笑った。
イングランド育ちのレオには、常に何か一品、スコットランドの料理を出して、その度に逐一細かくレシピの説明をしてくれる事に、レオは毎回苦笑を溢していた。
「アンタは笑うけどね。これは大事な事なのさ」
鼻息の荒いハナをレオは怪訝な顔で見上げた。
「その地を知るには、その地の食べ物を食べるのが一番さ。好みを知って風土を知る。そこの人が何を一番望んでいるのか、その地を知らないとそんなもの分かりゃしないさ」
平然とした顔で言い放ったハナを見上げてから、レオは目の前のゲームパイに目を落とした。
鹿肉のパイだというその料理は勿論レオは初めて見る物だったが、確かに見知らぬものに躊躇していては、世界の地に足を踏み入れる事など出来ないだろうとレオも思った。
こんがりと焼けたパイ生地と、柔らかく仕上がった肉厚の鹿肉を頬張って、普段は料理など食えればいいと思っているレオだったが、ハナの丹精込めた味がじんわりと口に広がるのを、噛み締めるように味わって少し頬を緩めた。
「ほれ、レオ。あっちはまだ寒いからな。これを持っていけ」
レオが食後のお茶をのんびり味わっていると、食堂に顔を見せたハナの夫ルロイは、クシャクシャの紙袋を「ほれ」と無造作にレオに放り投げた。その中には薄手のアンダーウェアが数枚入っていて、不思議そうな顔を上げたレオに、ルロイは陽に焼けた顔を皺一杯にして綻ばせ、白い歯を見せて陽気に笑った。
「機能性アンダーウェアってやつだ。軍の備品部に問い合わせたらまだ在庫があるってんで貰ってきた。お前さん春から異動だから、持ってないだろ?」
「ああ。だが」
「インヴァネスは此処よりずっと寒いんだ。まだ底冷えのする寒さだろう。野営なんかになったら、それ無しじゃ風邪引くぞ」
「まぁ一度経験してみりゃ分かるさね」
他の兵士達の給仕をしていたハナが可笑しそうにケラケラ笑うと、その兵士達も顔を見合わせてクスクスと笑った。
「中尉殿、この時期のハイランドでの野営はきついですよ。お気をつけて」
悪戯っぽい笑みを浮かべたB班の若い兵士の言葉に、レオは少し眉を顰めた。
「おいおい、予定じゃ野営は無いぞ」
「……行ってみれば分かりますよ、中尉殿」
訳知り顔で、クスクスと笑い合っているB班の兵士達を横目に、レオは眉を寄せて考え込んでいたが、ルロイがその背中をバンバンと叩いて、
「まぁ気にするな。先日の山岳訓練じゃ、お前さんダントツだったそうじゃないか。そんだけ体力があれば十分だ」
と豪快に笑い、レオは複雑な面持ちで苦笑いを返した。




