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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第七章 第二十二SAS連隊A部隊 偽りの復讐編
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第七章 第五話

 黒い雲がひたひたと間近に迫っているのを感じて、互いに疑念を抱きながらも、一見穏やかな日々が流れていった。

 ケビックとシスルも抱いた懸念を直接ワイアットにぶつける事は出来なかったが、それでも彼の行動を注視して、何か異変があれば直ぐに対処しようと心に決めていた。

「兎に角確証は何も無い。今当時の警察資料を探させているから、何か確証に繋がる物が見付かるまでワイアットから目を離すな」

 事がデリケートな問題だけに他のメンバーに明かす事も出来ず、夫婦だけの胸に留めている以上、不在がちなケビックに代わって、対処出来るのはシスルしか居なかった。

「分かったわ」

 コミュニティの運営を任され、メンバーの個々の悩みの解決も、自分の責務と受け止めているシスルは、躊躇いも無く夫に頷いた。


 次の会議の予定でロンドンに出向いたケビックは、時間を作るとレオをロンドンの庁舎に呼び出そうとしたが、意外にもレオはそのロンドンに居た。

「仏国の関係者に聾唖者が居てな。通訳に呼ばれたんだ」

「なるほど」

 母親が聾唖で手話の出来るレオは、意外な場所で重宝されているようだった。

「で、用件は?」

 互いに多忙同士、言葉を選んでいる時間は無かった。

「では単刀直入に言おう。ワイアットは一歳の時に父親をスラムで殺されている。お前、覚えがあるんだろ?」

 鋭いケビックの淡緑色の瞳に射抜かれて、レオはついに来たか、と覚悟を決めた。

 レオの嘘偽りの無い説明を、ケビックは黙って聞いていた。

「なるほど。そのお前が殴り殺した相手がワイアットの親父だったってわけか」

 罪科を明らかにして、呆けたように座り込んでいるレオを前にしても、ケビックは責めるでも無く冷静だった。

「しかし警察の調書では、最初にワイアットの親父が強盗を働こうとして返り討ちにあって正当防衛が成立した、とあるが」

「さぁな。それは俺には良く分からん。とにかく、俺はその時にも捕まってないし、警察の聴取を受けた記憶も無い」

 一致しない記憶にケビックは訝しげだったが、『ガイア2100』の最上階のレストランで、眼下に広がるロンドンの街並みを見渡して、レオは自虐的にフッと笑った。

「もし彼が俺を殺したいと望んでいるなら、俺はそれを叶えてやるだけだ」

 自嘲的なレオの呟きに、ケビックは鋭い視線を投げた。


「レオ、それではワイアットは救えない。暴力に、暴力で復讐する時代は終わった。それは新たな復讐を生んで暴力の輪廻を作るだけだってのは、もう痛いほど皆分かっている。その今の世界の輪から外れる事になるその行為は、ワイアットに地獄をもたらすだけだ」

「じゃあ、どうしろと」

「とにかく、ワイアットには近づくな。アイツから接触してきても応じるな。何とかアイツを説得する材料を揃えるまでな」

「説得、出来るのか?」

「さぁな。でも、やらなきゃならん。ハドリーが、そんな事を望んじゃいないからな」

 ケビックはすっかりと冷めたお茶を啜って、黒々とした因縁とは無縁の、穏やかな秋の陽が降り注ぐロンドンの街を見下ろしていたが、その表情から影が消える事は無かった。


 収穫の秋を迎えて忙しい『アルカディア』では、流石のシスルもワイアットの一件だけに構っている訳にもいかず、おまけに出産を控えたジニアと、子供が産まれたばかりの自分を含む四人の母親達は育児にも時間を割かねばならず、手の足りない湖水にハルトンや近隣の村々から応援を頼んで、やっと作業を廻している状態だった。


 その日も、たわわに実った小麦の収穫に追われたシスルは、昼前になってようやく愛息の元に戻って、それでも泣く事も無くじっと待っていた息子は、余程お腹が空いていたのか、何時もよりも懸命にお乳を吸っているのを、シスルもフゥとため息をついて我慢強い息子の頭を撫でた。

「アンタがお利口で助かってるけど、もっと甘えてもいいのよ?」


 友人達はIQ三百と囃し立てているが、実際にこうして過ごしていると、この子はずば抜けた知性を持っているのかもしれないと、親の欲目を抜きにしても感じる事もあって、聡明だったラングレー校長の名を貰った息子が、やはり絆を繋いだ存在なのかもしれないと思うと、その運命の不思議を噛み締めるように、今はまだ自分の手を必要としている息子に、シスルは愛の籠った眼差しを向けた。


 たらふくミルクを飲んだ息子ガブリエルは、十分に満足すると、今度はスヤスヤと寝てしまい、この秋完成したばかりの昼間子供達を預かる保育所で、寝ている息子を今日の当番のアイリスに託し、シスルもようやく自分の昼食にありついた。

「ちゃんと食べないとダメよ?」

 特に忙しいこの時期には体力が不可欠と、大皿のラムシチューに甘い香りを漂わせている焼き立てのコーンパン、オニオンクリームソースがたっぷり掛かった温野菜と、湯気の立つオニオンスープを前にして、シスルは苦笑してリンダを見上げた。

「食べるわよ。もう、あんな事ずっと前じゃないの」

 一時期ダイエットを試みて断食に近い真似をして倒れたシスルは、照れ臭そうにご馳走を口に運ぶと美味しそうに味わった。

「それにこれはお母さん用。栄養満点よ」

 たっぷりのホイップクリームが添えられた焼きプディングを見て、シスルも顔を綻ばせた。

「ガブのお陰でこれが食べられるから感謝しなくちゃ」

 クスクスと笑い合った母二人は、ひと時の憩いの時間を満足そうに過ごしていた。

 


 昼食の終わったシスルが午後の作業に向かおうと小屋を出ると、ユアンが「腹減った~」と情け無さそうな顔で戻ってくるのを見てシスルは微笑んだが、直ぐに顔を強張らせた。

「ユアン、貴方確か、今日の交易当番じゃなかった?」


 出来たばかりの新作ワインと、この夏の終わりに収穫した羊毛をアルカディアオレンジと呼ばれるオレンジ色に染め上げた毛糸とを聖システィーナに運ぶ役目は、ユアンが担当だった筈と思い出したシスルは、そのユアンが目の前に居るのを訝しんだ。

 小屋前のテーブルに腰を下ろしたユアンは、リンダが運んできたトレーを前にして気もそぞろだったが、シスルに笑いながら答えた。

「ああ。それがさ、ワイアットが何か実家に用があるから代わってくれって」


 血の気の失せた顔で小屋に駆け戻ったシスルを、ユアンは呆然と見送って、怪訝そうなリンダを押し退けると、シスルは居間にある電話に走った。

「ケビック! ワイアットが、そっちへ向かったわ! 今朝よ!」


 ロンドンに居る夫へ向かって、悲痛な声で叫んでいるシスルを、後を追ったリンダは何事かと眉を寄せて見ていたが、やがて力無く座り込んだシスルに慌てて駆け寄って肩を抱いた。

「どうしたの? シスル? 何があったの?」

「……お願い……、お願い、ワイアットを止めて」

 顔をくしゃくしゃにして泣き出したシスルを、リンダは困惑した顔で、ただ抱き締めてやる事しか出来なかった。

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