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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第六章 第二十二SAS連隊A部隊 『発動』編
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第六章 第二話

 レオは礼拝堂の椅子に座り込んで、尼僧(シスター)達が疲れも見せずに祈り続けているのを、じっと何かを堪えるように口に手を当てて黙って見ていた。

 召集が掛かって既に四時間が経過して、此処英国では深夜0時を超えたが、外に立ち籠める赤黒い気配は消えず、深夜だというのに赤く染まった外気には禍々しい気配が潜んで、これから起こる嵐を予感させているようであった。


 跪いて祈り続けていた四十名近い尼僧の中で、まだ年若い一人の尼僧が体を折るようにして蹲るのを見て、レオはハッと体を起こし駈け寄った。

「大丈夫か?」

 血の気の抜けた真っ青な顔で震えている尼僧を抱き上げたレオに、駈け寄ったマリアも心配そうに覗き込んだが、その背後から副院長マクニール尼僧(シスター・マクニール)が厳しい声で、

「ザイア曹長様。彼女を医務室へ」

 と声を掛け、頷いたレオは彼女を軽々と抱き上げて校舎内にある医務室へと走った。


 休む事なく祈りを捧げていた尼僧達の表情にも、疲労の色が濃く見え、倒れた尼僧を医務室に運んで戻ったレオは、少しざわついている礼拝堂内の、疲れの見える尼僧達に険しい声で叫んだ。

「全員で休み無く祈り続けるのは無理だ。交代制にして三分の一は休め」

「でも」と困惑した顔で振り返ったマリアに、レオは軍人の顔でゆっくりと頷いた。

「マリア、まだ『発動』はしてないんだよな?」

「ええ。【(コア)】の逆行は始まりましたが、恐らく、逆行が終わればこの院には分かるでしょう。それも恐らく、天に陽が正対した時に」

 一瞬怯える表情を見せたマリアにレオは顔を顰めたが、ざわついている礼拝堂内で、疲れが酷い顔で座り込んでいる尼僧達を指して、

「それならば、多分『発動』は明日の正午だ。少し身体を休めろ。『発動』に備えるんだ。余力がある者は守護を送れ」

「ザイア曹長様」

「指図をして申し訳ないが、俺は軍人だ。戦略は一応学んできた。俺を信じてくれ」

バーグマン院長(シスター・バーグマン)様、ザイア曹長様のおっしゃる通りです。私共が倒れては、世界を守れません。『発動』に備えましょう。『発動』時には、恐らく多大な力を必要とするでしょう」

 不安げなマリアを諭すように肩に手を置いたマクニール尼僧に、マリアは逡巡していた瞳を向けるとゆっくりと頷いた。


 身体を休めている筈なのに、それからも倒れる尼僧が相次いで、さながら野戦病院のような、騒然とした雰囲気になってきた礼拝堂内で、レオは悔しさに唇を噛み締めた。

 倒れた尼僧を医務室に運ぶか、ぐったりとした体に薬を飲ませるぐらいしか手立ての無い自分に歯噛みしながらも、それでも任務を全うするべく全力を尽くしていたレオの顔にも疲労が浮かんできた。

 外は益々荒れた赤い風が吹き渡り、吸い込むと喉を引き攣らせる空気が立ち込めて、この先倒れた尼僧が出ても、もう外へ出るのは危険だと判断していたレオだったが、その外から、顔を苦しそうに顰めながら入ってきた【守護者( パトロネス)】クリス・エバンスは、清廉な空気に安心したように深呼吸を繰り返した。

「クリス様」

 心配して声を掛けたマリアだったが、クリスは何時もの穏やかな笑みを取り戻していた。

「子供達の居る寄宿舎に特別な結界を張ってきました。もう殆どが疲れて寝てしまっていましたが、ロドニーだけは起きていました。『皆を守るんだ』と。彼の精神力は素晴しいですね」

 クリスは、ホッとした様子のマリアに微笑み掛けた。



 祈りを一時中断して隣に座ったマリアに、滋養強壮の薬を手渡しながら、募る不安を留めて青白い顔のマリアを心配して覗き込んだレオに、マリアは怯えの消えない茶色の瞳を向けた。


バーグマン尼僧(シスター・バーグマン)、貴女が恐れているのは何ですか」

 その表情をじっと見ていたクリスがマリアにストレートな質問をぶつけると、身体を一瞬ビクつかせて強張った顔を上げたマリアに、レオは沸き立つ不安をグッと堪えた。

バーグマン院長(シスター・バーグマン)様、クリス様にはお伝えした方が宜しいでしょう」

 不安げな顔をマクニール尼僧に向けたマリアに、老尼僧は覚悟を決めてゆったりと頷き掛け、その声に背を押されてマリアも頷いた。


「当院が『あの方』の命を受けて世界を守る役目を担ってきたのは、お話しした通りでございます。それ故に当院は『あの方』の庇護下にあるのです。【核】の逆行が終われば『あの方』が覚醒される事となり、それが意味しているのは」

 マリアは小さく息を飲んだ。

「当院が『あの方』に反旗を翻して、【鍵】の守護に付いたという事実が『あの方』に知られるという事に他なりません」


 マリアの言葉にクリスは眉を寄せて厳しい顔になったが、レオにはその意味が分からずに、強張った顔をしている三人を呆然と見ているだけだった。


 困惑しているレオを前に、クリスは困り切って頭を掻いていたが、考え込んだ後レオに告げた。

「済みません、詳しく説明する時間が無くて。つまりですね、ボスの命令通りに任務をこなしていた筈が、クーデターを企てた一味に加担したのがボスにバレそうだって事です」

「で、そのボスってのが、外の様子から察するに人外な力を持った存在、修道院のボスなんだから『神』ってわけか」

 飲み込みの早いレオに安堵してクリスがコクコクと頷くと、今度はレオが難しい顔になった。

「つまり、その罪に対しての天罰が下る可能性が大って事なんだな」


「おっしゃる通りです、ザイア曹長様」

 こちらはずっと険しい顔のマクニール尼僧が、嘆息と共に呟いた。

「このままでは院は『あの方』の覚醒と共に、消滅してしまうやもしれません」

「ですね。でも、今ならまだ間に合います」

 驚愕の言葉に凍りついたレオを尻目に、クリスは平然とした顔でゆっくりと視線をマリアに向けた。

「【地球の意思】が完全に目覚めてしまう前に、全ての因縁を断ち切ってしまいましょう」

「因縁を断ち切る?」

 レオはクリスの顔を繁々と覗き込んだが、クリスは僅かに緊張を浮かべた顔を上げて真っ直ぐ前を見た。

「その【地球の意思】の庇護を断ち切って、この院そのものが独立するんです。攻撃があるかもしれませんが、少なくとも因縁を断ち切っておけば、【地球の意思】に逆らって反撃する事も出来ます」

「それは、そんな事、どうやって」

 レオが呆然と呟いたが、その横でマリアは毅然と立ち上がった。その茶色の瞳は強い光を帯びて、今までレオが見た事も無いほどに、強く輝いていた。

「私共が守るべき世界は、Mr.ハドリー・フェアフィールドが、【鍵】が望んだ、分け隔ての無い豊かな世界です。絆を結び、繋ぎ、人々がその絆を持って、手を携えて生きる世界です。この絆を守る為には、私共聖システィーナ修道院は、力の及ぶ限り【鍵】を助け、世界を、世界を取り戻すのです!」



 マリアの朗々とした声が小さな礼拝堂内に響き渡り、渾身の力で祈りを捧げたマリアの身体が眩しいほど煌いて発光すると、思わず目を閉じたレオの瞼の裏に、一瞬豊かな緑の草原が見えた気がして、ゆっくりと目を開けたレオの前には、何事も無かったかのように、強い意志を秘めた瞳を光らせ、頭上の聖母マリア像の慈悲を一身に受け、淡い乳白色の光を纏ってマリアが毅然として立っていた。


「お見事でした。バーグマン尼僧(シスター・バーグマン)。これで何も恐れる必要は無い。僕らが信じるべきものは、ハドリーだけ、ハドリーだけです」

 立ち上がったクリスも、それまでとは比べ物にならないほど強い守護の光を発して、その背後からユラユラと立ち昇る蒼白い炎が、ゆったりと礼拝堂を包んでいくと、疲弊し切った暗い顔をして座り込んでいた尼僧達が、力を得たように頬を紅潮させて、次々と立ち上がった。

 誰も歌ってはいない礼拝堂内に響き渡る賛美歌が、自然に守護を発して域内を煌々と照らしているのを見ながら、レオは彼らの持つ神秘の力に圧倒されながらも、何の力も持たない自分がやるべき事を思って、間もなく訪れるのであろう試練からマリアをどうやって守るか、想いを廻らせながらゆっくりと立ち上がった。

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