第十三章 第七話
今年は雪が無くスノースポーツは無理だと告げたレオだったが、剥れるだろうと思っていたロドニーが意外にも平然としているのに少し驚いた。
「だって、今年は雪少ないって知ってたもんな」
常宿となった聖ジャイルス大聖堂前のホテルで、夕食のデザートの『白銀の輝き』という雪山を模したココナッツムースのケーキを、大きな口を開けてムグムグと顔を綻ばせて味わっていたロドニーは、レオをチラリと横目で見て嘲るように笑った。
「へぇ。じゃあ行かないって駄々捏ねなかったのか」
レオも負けじとロドニーにチクリとやり返すと、フンと鼻で息をしたロドニーは不満そうにレオを見上げた。
「あのなぁ、俺を何時までも子供だと思ってるだろ?」
「そうじゃないのか」
「フン。大人が思ってるより子供は早く大人になるんだよ」
「それ、この間校長先生が言ってた言葉ね」
強がっているロドニーをエドナがクスクスと笑った。
「たまたま俺の考えと校長先生の考えが一緒なだけだ」
ムスッとした顔でロドニーは、ケーキの残りを一気に掻き込んだ。
この秋から、ロドニーとエドナ、そしてザックの三人は予定通りW校に進学して寄宿舎生活を始めたのだと言う。
「それがさ、俺達だけだと思ってたら他にも居たんだよ」
目を輝かせたロドニーにエドナも静かに頷いて、ホットワインを口にしながら「へぇ」と口にしたレオは、顔を見合わせ笑っている二人を見た。
「私達に天文学を教えて下さるのがメイ・エバンス教授で、教授の息子さんのコリンが同い年なの」
「待てよ。エバンスって事は」
「そうなの。クリスの甥なんですって」
そう言えば、夏に同乗したケインには当時十二歳の息子が居たと言っていたなと思い出したレオは、ふと疑問に思った。
「そのコリンって子は、それまで何処で勉強してたんだ?」
「母親が天文学博士で父親が工学博士なんだから、家でに決まってるだろ。シェフィールドに居た時に、暴動で学校へ行けなくなってからずっとで、聖システィーナに来てからも、自宅で勉強してたんだってさ。すっげぇ頭いいんだぜ、コリン」
まだデザートを食べているエドナの皿を横目で睨んで、気取られないようにそっとスプーンを伸ばしたロドニーだったが、エドナに腕をパチンと叩かれて、「チェッ」と口を尖らせた。
「まぁ、友達が増えて良かったな」
「ええ。それにティア・ミドルトンって女の子も。ロンドンの東にティルベリーってとこがあるそうなんだけど、ずっと其処に居たんですって。まだ十一歳なんだけど飛び級で入学したんだって」
「ティルベリーかぁ。あそこには軍のドックがあるからなぁ」
海軍出身のジャスティンが、半分残したデザートを苦笑しながらロドニーに差し出すと、「お、サンキュ」と目を輝かせ受け取ったロドニーは、エドナが窘める視線を送っているのを無視して、また嬉しそうに口を大きく開けてムグムグとケーキを味わった。
「だから余り暴動は起きなかったんですって。でも、周りに子供が居なかったから、学校は初めてだって言ってたわ」
ロドニーが「ほら」と言ってエドナにも大きく掬ったスプーンを差し出すと、躊躇いながらもパクッと食べたエドナは、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
この二人は約束通りに、W校に進学してから正式な交際を認められたそうだが、暴走するタイプのロドニーに引っ張り回され、さぞエドナは大変だろうとレオは思っていたが、仲睦まじそうな様子に思わず苦笑を浮かべた。
「お前ら、上手くやってるのか」
「おうよ! ラブラブだぜ!」
明るく笑ってから「んー」と唇を突き出して、エドナの頬に唇を寄せようとしたロドニーの頬を軽く叩いて、エドナは顔を真っ赤にしてロドニーを叱り付けた。
「人前では駄目って言ったでしょ!」
「んじゃ、人前じゃないこっそりとならやってるんだ」
ケタケタと笑って突っ込んだジャスティンに、エドナは益々顔を赤くして黙り込んだ。
「でもさ、まだキスだけだぜ。学校でも院でもみんな厳しくてさぁ」
「そりゃそうだろが。一人前の事がしたかったら、一人前になってからする事だな」
不満たらたらでロドニーがボヤくと、レオはブッと吹き出した。
「お兄ちゃんは短気過ぎるのよ。まだ、将来何になるのかも決めてないんでしょ」
小さな口でモグモグとケーキを食べていたビアンカが口を挟むと、ロドニーはムッとした顔になった。
「馬鹿にするな。俺だって考えてるぞ」
「へぇ、何になりたいんだ」
「色んな事の出来る人だ」
ジャスティンから分けて貰ったケーキも食べ終えたロドニーは、皿を満足そうに押しやってフフンと鼻で笑った。
「そりゃまた、大層だが分かり難い夢だな」
レオがクスッと笑ったが、ロドニーは至極真面目そうだった。
「そりゃそうだ。色んな事だからな。まずは、選択科目で海洋学を取った」
「海洋学?」
「俺はエドナと一緒に島に戻って島を再建するんだ。だから最初に船の乗り方からだ」
得意そうに言ったロドニーを、レオはマジマジと見返していた。
南洋の美しかった島が崩壊し、子供だけで置き去りにされたこの子達も、英国での暮らしにもうすっかり慣れたと思っていたレオは、後ろから頭を殴られたような思いだった。
それを初めて聞いたらしいエドナも驚いてロドニーを振り返って見ていたが、その潤んだ瞳から涙が零れそうになっているのを見て、レオはそうかと納得した。
崩壊した後の記憶しか持っていない小さな子達と違い、最年長のエドナには、美しく穏やかだった島の暮らしの記憶が残っていて、島に深い郷愁の想いを抱いているようだと、以前マリアから聞いた事のあったレオは、そのエドナの願いをロドニーは叶えてやろうとしているのだと悟った。
「いいけど大変よ? 農業林業漁業や、行政や経済、それに医療も必要よね。お兄ちゃんに我慢できるのかしら」
素っ気無く言ったビアンカだったが返事をしたのはエドナだった。
「医療は私が学ぶわ。みんなを助けられるようになりたいの」
薄っすらと頬を染めたエドナの微笑みが眩しくて、レオは小さく目を細めた。
「……いいなぁ」
お互いに視線を交して笑い合っているロドニーとエドナを見て、ジャスティンが羨ましげな声を出すと、それ迄黙っていたキッドとアキのコンビがケタケタと笑い始めた。
「おじさん独り者なんだ。まぁ頑張ればそのうち彼女が見付かるよ」
「うん。見た目は悪くないしね、おじさん」
「おじさんって言うな! お兄さんと呼べ!」
口を尖らせたジャスティンに、皆が堪え切れずに一斉に笑い声を上げ始めると、賑やかな食堂を照らす灯りの色も、暖かさを増したように感じられ、レオも零れる笑みで子供達を見て、和やかな場に頬が自然に緩んで来るのを感じていた。




