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闇色のLeopard  作者: N.ブラック
第二章 第二十二SAS連隊A部隊 悲しき聖女編
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第二章 悲しき聖女編 第一話

 三月を迎えたデボンポートであったが、春の兆しはまだ訪れてはいなかった。

 北風が吹き抜ける吹き晒しのグラウンドでは、訓練で掻いた汗が風に晒されると染みるような寒さがこみ上げたが、既にがっしりと鍛え上げられたレオの体はその寒さを弾いて、レオは額に浮かんだ汗を拭うと、薄い雲の張り詰めた空を静かに見上げた。




 三月に入ると、配属先の決まった訓練生の一部は其々の配属先へと転属して行った。だが、一人、また一人と姿を消して行く中で、レオには配属の指令は中々来なかった。

 『ブリストルでの勤務希望』とだけ書いて出した上申書だったが、正直レオにとって、それはもうどうでもいい事だった。

 あれほど固執していたアデス中尉への復讐の思いは、もうとうに彼方へ消えていた。自分と中尉との間にある埋められない溝の存在を知り、其々が生きて来た過去を思い比べると、もう追いかけても詮無い事に思えた。


 ――俺はどうすりゃいいんだ。


 目標を失ったレオは、自分が何の為に此処に居るのか、見失った道を求めて、暗い空に答えの返る筈のない問いを投げ掛けた。




「よぉ、レオ。俺もようやく行き先が決まったよ」

 ある日、仲間の一人の男が、食事室で物憂げに夕食を取っていたレオの肩を叩いて笑った。レオと同じで最後まで行き先の決まっていなかったこの男は、照れた笑みを浮かべて、食事室の厨房を顎でしゃくった。

「此処の厨房だ」

「は?」

「訓練校の食事管理だ。元々俺は料理人だったしな」

 今は穏やかな笑みを浮かべているこの男も、『穢れた魂』と呼ばれロンドンから弾かれて、自暴自棄になって暴れていた奴だった。

「お前も頑張れよ」

 目標を持った仲間の瞳には力強い光が溢れていた。


 ――コイツはもうあんなに暴れる事はないだろうな。


 自分を受け入れてくれる居場所を見つけた仲間に、少しの羨望が混じった瞳を向けたレオであったが、産まれた時から闇の中だけを生きてきた自分には、光の当たる場所には居る場所など無いのだと小さく息をついて、厨房に向かって敬礼をして挨拶を交わしている仲間の背中を、暗い瞳で眺めていた。



 

「訓練番号百二十三番、教官室に出頭せよ」

 ようやくレオに辞令が下りたのは、それから三日後の事だった。


 もう誰も居なくなった訓練生の居室を出て、ムーアハウス少尉の部屋へ向かったレオは、ノックして入室の許可が下りると、ドアを開けて背を伸ばして敬礼を返して「訓練番号百二十三番、入ります」と折り目正しい挨拶をした。

 机に座ったままのムーアハウス少尉の前で、敬礼をしたまま直立不動で立ったレオを見て、少尉は手を組んで口元に当て何かを考え込むような顔をしていたが、顔を上げるとゆっくりとレオに言った。

「訓練番号百二十三番、いや、アレックス・ザイア、貴君には陸軍特殊部隊への転属を命じる」

 予想もしていなかった命令に、レオは怪訝な眉を寄せた。


「陸軍?」

「ああ、そうだ。貴君の戦闘能力は、海軍よりも陸軍に向いていると判断された。貴君の為すべき任務は、失われたSASの再建だ。健闘を祈る」

 そう言って椅子をクルリと返して背を向けたムーハウス少尉は、

「赴任地はポーツマスだ。直ちに移動の準備を始めよ」

 と短く告げて立ち上がった。

「しかし……お、自分は結界から弾かれた人間です。ポーツマスは結界内で、自分は、入れないんではないでしょうか」

 困惑したレオが敬礼を崩さずに返すと、振り返ったムーアハウス少尉は意外なほど笑っていた。

「もし弾かれたら此処へ戻って来い。そん時は俺が拾ってやる」


 まだ戸惑った目を泳がせているレオに、ムーアハウス少尉は真顔に戻って諭すように言った。

「アレックス・ザイア軍曹。自分の道を探して来い」

 ゆっくりとした、それでも背を押す力を秘めた、その朗々とした低い穏やかな声に、レオは弾かれたようにもう一度敬礼を返して、思わず叫んでいた。

了解しました(  イエスサー)!」


 


 元々、何も持たずに海へと弾かれて拾われたレオには、私物など何も無かった。

 その時着ていた服を少し窮屈そうに着て、どうしたものかと考え込んでいたレオの後ろでノックの音がした。

「この服を軍曹殿にお渡しするようにと、少尉殿からのご命令です。どうぞお持ち下さい」

 何時も入口で警備に当たっていた若い兵士が、敬礼を返して衣類を手に立っていた。


 突然の敬語に戸惑っている様子のレオに、若い兵士は小さく笑みを浮かべた。

「自分は上等兵でありますから、軍曹殿には敬語を使うのは当然であります」

「しかし」

「ご健闘を祈ります」

 そう言って敬礼を返した若い兵士に、レオは困惑した顔から苦笑を返して、ゆっくりと敬礼を返した。



 まだ冷たい風の吹く訓練校の玄関前に、移送用の車が待っていて、陸軍の制服を着た若い兵士が、出て来たレオ向かって敬礼して出迎え、車のドアを素早く開けた。

 自分は、社会の中の底辺に居た筈だった。人から敬語を使われるような、敬意を示されるような存在では無かった筈だと、戸惑いを隠せないレオは、「自分でやるからいい」と小さく呟いて、兵士を制止した。最後に振り返ったレオに、入口の兵士達がすかさず敬礼をして見送り、苦笑いを浮かべたレオは、正面に向き直ると敬礼を返して笑った。

「どうせ、直ぐに戻ってくる。そんときゃ、笑ってくれよ」


 敬礼を崩さぬまま小さく笑った兵士達に、自分でも信じられないほど穏やかな、静かな気持ちを抱いているのを、不思議な気持ちでレオは受け止めていた。


 チラリと目を上げると、上階の窓辺で、旅立つレオを見下ろしているムーアハウス少尉の姿が見えて、レオは万感の思いを込めて、少尉に向かって敬礼を返した。


 ――ありがとう。世話になった。


 ムーアハウス少尉が小さく頷いたように見えて、レオは安堵するように踵を返すと車中の人となり、車は静かにポーツマスに向けて滑るように走り出した。

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