最後は笑顔で終わりましょう その3
ヨハンネは微笑みながらミネルヴァ、レイラ、ソーイを見渡した。少年の瞳は希望に満ちていた。廃墟となり、焼け落ちた屋敷を背にしても少年は濁った感情を捨て、清々しく両手を広げた。彼に不安など、存在しなかった。
(――――だって、皆が、こんな心強いみんながいるから、僕は前に進めるんだ)
レイラは気恥ずかしそうに頷き、腕組みをしながらヨハンネに応じる。
「お、おう。手伝ってやるよ」
「ぶどうだーいすきなの!!」
元気よく飛び跳ねるソーイが元は暗鬼だったとは思えない。どこにでもいる女の子と変わらないのに彼女も多くの人をその手で殺めてきた。そう考えると悲しい世の中だと感じてしまう。
(―――――もう、君の手は汚さないようにするのが、僕の務めなのかもしれない)
そう心の中でつぶやくと、ソーイの頭を優しく撫でた。無邪気な声を上げて、ヨハンネを見上げ、ニコッとする。
そんな女の子をミネルヴァは目を光らせて見つめていた。彼女はまだ警戒を解いていないようだ。しかし、いつもなら、すぐ忠告してくる彼女だったが今日は珍しく我慢しているようだった。プルプルと震える右手を押さえ、剣の柄を持たないように堪えている。そんな彼女の仕草が可愛らしいと感じたヨハンネはふと思い出す。
「――――あ、そうそう」
ヨハンネはポケットにしまっていた封が既に開けられていた手紙を取り出し、ミネルヴァにその内容を告げた。
「もうすこしたら、母上とハルトが帰って来るだって」
「よかったですね。ご主人様」
すこし微笑みながら頭を下げそうつぶやいた。
「ただ…」
「ん?」
ミネルヴァの表情が険しくなり嫌な顔をすると強い口調ではっきりと言う。
「ハルトは要りません。どこかへ捨てましょう」
冗談はいわないミネルヴァなので本気で言っているのだろうと悟ったヨハンネは苦笑いをして、それには笑で誤魔化して応えなかった。
(――――なんで、ハルトだけ拒絶するのだろうか)
性格が気に入らないとか合わないことはよくあることだが、最後の最後は受け入れてあげてよ、と思ってしまう。いろんな意味でハルトが可哀想になるヨハンネだった。
数秒の沈黙後、レイラが相変わらずのミネルヴァの性格に思わず、吹き出してしまい、腹を抱えて笑った。それに釣られて、ソーイとヨハンネも笑う。ミネルヴァは口を尖らせ、視線をそらす。
それから笑いが収まったヨハンネが枯れ果てた葡萄園を見渡したあと言う。
「―――――さぁ、まずは種まきから始めよう!」
少年は空を見上げた。空は雲一つなく、どこまでも青々と広がっていた。そんなとき、青い鳥がやってきて、綺麗な歌声を響かせてくれた。そして、去っていく。
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プルクテスの内乱から始まったヨハンネの長い戦いはこうして、終りを迎えた。誰もが予期できない時代に彼らは生き残ることができたのである。このことは後に“ミネルヴァ戦記”として作家ヨハンネ・キンブレイトによって書き残された。オルニードの歴史を学ぶためには重要な書物の一つとして、学者や作家に重宝され、帝国図書館で厳重に管理されている。
やがて、ヨハンネが書き残した“ミネルヴァ”という奴隷の剣闘士は、伝説となり、伝承歌になった。誰からも愛され敬愛される存在になり、百年の時を経て、プルクテスを救った戦乙女として、壁画や石像として崇拝の対象になったのである。
彼女の傍らにひっそりと読書をする少年が腰をすえているのだが、それが誰なのか百年後のオルニードの民は誰も知らない。ただ、こう書かれていた。“ミネルヴァの主”と。
――――――――魔王と呼ばれた女剣闘士を買った少年の物語Ⅱ(完)―――――――――
二年間、長々と連載した剣闘士、お付き合い頂きありがとうございました。これからは誤字脱字、話の矛盾点を修正していくつもりです。
いやーなんか寂しいですね。こうして二年間も書いてみると。大学の講義中に話の内容をずっと考えて、「お前、いったい大学に何しに来たんだ」とツッコミを自分で入れておきます。
ではでは名残惜しいところですが、ここで。本当にお付き合い頂き、ありがとうございました。この作品について、評価、感想、意見をお願いします。ダイレクトメールも受け付けていますので、気軽に送り下さい。




