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治癒魔法なんて要りません 〜転生外科医が教会の独占をぶち壊す〜  作者: いなばの青兎
対立勃発編

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第69話 余波

 ドナトゥスの宣言から二週間で、王都の教会医療独占拠点が閉鎖を始めた。


 各地の大司教・司教への通達は枢機卿会議の名で出された。「医療業務を非教会組織に移管または閉鎖すること」——その文書が届くたびに、各地で混乱が起きた。拒否する神官もいた。施設に鍵をかけたまま交渉を引き延ばした者もいた。しかし枢機卿の印がある以上、組織としての決定は動かなかった。


 通達の写しはアレクの医療所にも届いた。シルヴィアが王宮経由で確認したもので、各地の進捗が一覧で記されていた。アレクは羊皮紙を広げ、地図と照らし合わせながら、移管が遅れる可能性のある地域に印をつけた。


 カーラが各地の情報を取りまとめていた。毎日、壁に貼った地図の上に印をつけていった。閉鎖済み、移管中、交渉中——色を分けて管理した。


「今日で七か所が閉鎖または移管を確認しました」とカーラが言った。「全国十二か所のうち、残りは五か所です。うち二か所は強硬派の神官が居座っています。移管が遅れる可能性があります」


「その二か所には医術師を派遣できますか」とシルヴィアが言った。


「派遣できる資格保持者が何名いるかによります。今の段階で正式な認定を受けているのは」


「今は俺一人です」とアレクは言った。「だから学校が必要です」


「急いで設立しましょう」とシルヴィアは言った。「場所については、ハルトマン家が旧倉庫を提供できます。市場の北側の建物です。改装は父が手配します。父も今回の件で考えが変わったようで」


「ありがとうございます」


「お礼を言うな、と言いましたよ」


「……失念しました」


 シルヴィアが「あなたの『失念』は、いつも同じところで起きます」と言った。「私が手を貸した場面の直後だけ、必ず失念します。意図的ではないんでしょうけど」


 アレクが「……指摘を受け止めます」と返した。シルヴィアが扇子で口元を覆い、わずかに笑った。


 カーラが地図に新しい印をつけながら、横目でその会話を見ていた。シルヴィアがわずかに口元を緩めていた。


 地図の上には、十二か所の独占拠点を示す赤い印があった。そのうち七か所には黒い線が引かれ——閉鎖済みを意味した。残る五か所のうち、二か所は鈍い色だった。強硬派が居座っている拠点だった。


「強硬派が消えるまで、半年では足りないかもしれません」とカーラが言った。「ただ、組織としての教会が容認しない以上、彼らは『反組織派』になります。動きが遅くなる、という意味では問題ない」


「分かりました。継続して情報を取ってください」とアレクが応えた。「武力に出る兆候があれば、すぐ報告を」


 カーラが「了解」と短く言い、地図を畳んだ。


* * *


 その夜、診察を終えた後でミアが小走りでアレクの元に来た。


「先生」とミアは言った。両手を胸の前で握っていた。「私、試験を受けます」


「医術師の試験のことですか」


「はい。正式な資格が欲しい。先生に認めてもらっているだけじゃなくて、制度として認められた医術師になりたい」


 アレクが「……受けてください」と言った。「合格すると思います」


「本当ですか」


「本当です」とアレクは言った。「昨日の副木の処置を見ていました。魔力感知での確認の精度も上がっています。試験の内容は実技と筆記です——筆記は記録帳を見れば分かる、実技は既にできている」


 ミアが「でも先生みたいに——」と言いかけた。


「俺みたいにする必要はない」とアレクは言った。「前に言った通りです。お前の医術師になれ」


 ミアが「……うん」と言った。短い言葉だったが、迷いがなかった。


「試験はいつになりますか」


「設立の正式手続きが終わった後、半月ほどで」とアレクは答えた。「それまでに筆記の準備はしておきましょう。実技は今のままで十分です」


 ミアが頷いた。それから「準備、見ていただけますか」と聞いた。


「見ます。明日から夕方の一時間、模擬試験形式でやりましょう」


* * *


 翌日の昼前、王宮から書状が届いた。


 シルヴィアが書状を持って医療所に走り込んできた。珍しく走っていた。


「医術師学校の設立許可が、国王陛下より下りました。陛下の署名と御印があります。ハルト医術師学校として王権の認可を受けた教育機関として、正式に設立できます」


 アレクが書状を受け取った。羊皮紙に押された印を確認した。本物だった。


「……本物ですね」


「本物です」とシルヴィアは言った。「何か感想はありますか」


「やることが増えた、という感想です」


 シルヴィアが「……あなたって」と言い、苦笑した。「もう少し喜んでもいいんじゃないですか。これは大事なことですよ」


 アレクは「喜んでいます」と言った。「ただ喜び方が、自分でよく分からない」


 シルヴィアが「正直ですね」と言い、書状に目を落とした。「では、カリキュラムの草案を一緒に作りましょう。喜ぶのは後でいいので、今日から動きましょう」


「それが得意です」とアレクは言った。「明日から動きましょう。カリキュラムの草案は今週中に仕上げます。施設の確認は来週。入学の受け付けは再来週から始められる」


「……そのペース、どこから来るんですか」とシルヴィアは苦笑した。


「やることを並べれば自然に決まります」


 シルヴィアが「では私も同じペースで動きます」と言い、書状に日付を記入した。「追いつけなかったら言いますが——多分、追いつきます」


 ミアが処置室の扉から顔を出した。机の上の書状に気づいた。「……先生」と言い、書状とアレクを見比べた。「学校の許可、下りたんですか」


「下りました」


 ミアが「……よかった」と言った。声は小さかったが、目が笑っていた。両手を胸の前で握っていた。しばらく書状を見ていた。それから「じゃあ私、試験に合格しなくちゃいけませんね」と言い、処置室に戻った。


 扉が閉まる前に、廊下から「がんばります」という小さな声が聞こえた。シルヴィアが「あの子、ずいぶん変わりましたね」と笑った。「半年前は、書状を見ても固まっていただけだったのに」


「成長しています」


「あなたが教えたんですよ」


「いいえ」とアレクは言った。「ミアが自分で歩いただけです」


 シルヴィアが何か言いかけて、結局やめた。書状の日付の隣に自分の名前を書き添え、判を押した。


「追いつけます」とアレクは言い、記録帳を開いた。


お読みいただきありがとうございます。

続きも毎日更新予定です。作品フォロー、評価、ブックマークで応援いただけると励みになります。

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