第17話 蒼熱病
翌日、シルヴィアは戻ってきた。
侍女だけを連れて、昨日より早い時間に来た。昨日の「何故、分かったの」という声がまだ残っているようだった——そう見えた。
「診てもらいます」とシルヴィアは言った。「ただし、結果によっては信じない。事前にそう言っておきます」
「構わない」とアレクは言った。「俺は診断した結果を言うだけだ。信じるかどうかはあなたが決める」
シルヴィアが手袋を外した。手の甲が薄く変色していた。指先に赤みがある。「これを見て、何かお分かりになりますか」と言った。
「蒼熱病ですね、教会の病名では」とアレクは言った。「俺の言葉では、自己免疫疾患に近い症状です」
「自己免疫疾患」とシルヴィアが繰り返した。
「体が自分自身の組織を攻撃する疾患です。免疫系の誤作動——本来は外敵を攻撃するための仕組みが、自分の体を攻撃し始める。教会の治癒魔法は自然治癒力を高める魔法ですが、免疫系が誤作動している場合は、高めると悪化することがある。だから治癒魔法では根治できない」
シルヴィアが目を細めた。「……それが事実なら、教会は二年間、私の病気を治せないと知りながら治療を続けていたということですか」
「治療の形を取りながら、治らない状態を維持していたとも言える」
シルヴィアの顔が動いた。白い手袋を握り直した。指先に力が入り、手袋の生地に皺が刻まれた。本人は気付いていない、眉間に縦の線が一筋寄った。
「論理的に考えれば」とシルヴィアは言った。声を整えるのに一拍かかった。「治癒師たちは——治せないと知っていた可能性がある、ということですか」
「断言はしない」とアレクは言った。「ただ、二年間、症状の経過を見て治せないと結論を出していないなら、治癒師の診断能力に問題がある。能力に問題がなく、二年間続けていたなら——別の理由がある」
「別の理由」
「治療を続けている限り、患者は教会から離れられない。費用も発生する。治療の形を取り続けることで利益が出る構造があれば、治す動機が薄れる。可能性の話として」
シルヴィアが沈黙した。扇子を膝の上に置いた。手袋を握り直した手が、今度は扇子の柄に触れた。指の動きは止まったままだった。
侍女が部屋の外で気配を消していた。聞いている、とアレクは見た。聞かせてもいい話だった。
* * *
「治療方針を説明します」とアレクは言った。「ただし、これは魔法なしの治療です。受け入れられるなら話します」
「先に聞かせてください」
アレクは説明した。食事制限——貴族の食事は動物性脂肪と精製糖が多く、これが免疫の過剰反応を促進することがある。薬草と素材による抗炎症処置。そして経過観察。「完治」は保証できないが、症状の緩和から根治への可能性はある。
「ただし」とアレクは続けた。「治療の過程で一度症状が悪化することがある。ヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応——免疫の過剰反応が一時的に高まる現象です。見た目には悪化しているように見えるが、回復の途中の反応だ。その時に治療を止めると逆効果になる」
シルヴィアが腕を組んだ。「つまり、一度悪化するかもしれない。その段階で止めないことを約束しろということ」
「そうです」
「……魔法なしで、治せる保証はあるのですか」
「保証はできない。可能性があると言っている。教会が二年間治せなかった理由は、治癒魔法の限界だからではなく、原因に対するアプローチが間違っていたからだ」
シルヴィアは黙った。
「今日のところは帰ります」と言った。「治療を受けるかどうかは、自分で決めます」
「当然です」とアレクは言った。
シルヴィアが立ち上がった。手袋をはめながら、アレクに背を向けた。侍女がついてくる。
玄関を出る直前に、シルヴィアが止まった。
「一つだけ聞いていいですか。蒼熱病は貴族に多いという話を聞いたことがあります。食生活が原因とおっしゃったが——では、貴族の食事そのものを変えれば、蒼熱病は減るということですか」
「論理的にはそうなります」とアレクは言った。「ただし、それには貴族の食文化そのものへの介入が必要になる」
シルヴィアが振り返った。その目の奥に何かが動いた。「……それは、ただの医師の話ではありませんね」
「医師の話の延長です」とアレクは言った。「食事は治療の一部です。日常の食卓を変えることは、医療制度の一端を変えることでもある。つながっているだけだ」
「つながっている、ですか」
「病気の原因が生活の中にあるなら、生活を変えるのが治療になる。それを医療と呼ぶか、政治と呼ぶかは、呼び方の問題だ」
シルヴィアが扇子を開いた。一度だけ、わずかに開いて閉じた。
「あなたって、本当に」とシルヴィアは言いかけた。
「本当に、何ですか」
「……変な人ですね」とシルヴィアは言った。最後の語が普段より小さかった。
ミアが土間の隅で記録帳を抱えていた。シルヴィアと侍女が出ていく時、軽く頭を下げた。シルヴィアは目で答えただけだった。
扉が閉まる音を聞いてから、ミアが「先生」と言った。「あの人、戻ってきますね」
「戻ってくる」とアレクは言った。「自分で決めると言った人間は、決めた結果を持って帰ってくる」
ミアが記録帳を開いた。今日の話を書き留めるつもりらしかった。アレクは「シルヴィアの所見だけ、別の頁に分けて記録してくれ」と言った。「他の患者と混ぜたくない理由がある」
「分けます」とミアは言った。「どうしてですか」
「貴族の医療記録は別管理にする。漏れた時に困る人間が違うからだ」
ミアが頷いた。記録帳の新しい頁を開きながら、外の通りを一度だけ見た。馬車の音はもう聞こえなかった。
「先生」とミアが手を止めて言った。「今日のお話、私にも食事制限の意味、もう一度教えてもらえますか。書いておきたくて」
アレクは頷いた。動物性脂肪と精製糖の摂取が炎症性の物質を体内で増やすこと、貴族の食卓は両者を多く含むこと、植物性の食材と発酵食品を中心に置けば免疫の応答が穏やかに整うこと——一つずつ言い直した。ミアが頁を埋めていく。書く速さがいつもより速かった。
「これは、貴族のお話ですよね」とミアは言った。「平民でも応用できますか」
「できる。ただし平民は普段から動物性脂肪を貴族ほど摂れない。問題が逆方向に出ている。栄養不足の方が深刻だ」
「貴族と平民で、対策が違う」
「同じ病気でも、原因の出口が違うことがある」
お読みいただきありがとうございます。
続きも毎日更新予定です。作品フォロー、評価、ブックマークで応援いただけると励みになります。




