015 続・短期決戦
「で、女だろ。」
「はい?」
それからというもの稑は決して順調とは言い難いペースで順調に教習所に通っていた。12月の頭に年内最後の遠征として福岡ドームでのドームツアーファイナルを無事に終え、しかしながらその後も年末年始に向け生放送の音楽番組出演やらバラエティ番組やイベント告知の収録、雑誌の撮影やインタビューの対応など続々と予定をこなしていた。しかし稑はそんな毎日をそれはそれは楽しく過ごしていた。
「大抵18で免許取りたがるヤツなんて、女が理由に決まってんだよ。」
「え、それは偏見ですよ。」
「じゃあ川名君は違うの?」
「え…、いや、あれ?僕もそうでした。」
「バァーーーーカやっぱしお前もかよッ!!ったく何すっとぼけてんだよ!?つーかそもそもそんなバカ正直に答えちゃわないでよ!!」
「えー…。」
稑は前田の言う隠すべきポイントがいまいちピンと来ていないようだった。
(ったくどこまで素直なのッ?!っていうか立場的にもう少しプライベートは慎重に取り扱わないとマズいんじゃないの?!)
真っ向から否定した前田であったがその問いに壁を作らずありのままを話してくれる稑を前田は可愛く思えて仕方がなかった。どうしたって嬉しくて、顔がニヤけ口元が怪しい感じになってしまう前田だったが、その僅かすぐ後に、ふと正面からまた鋭い視線を感じた。
「ぅッわ、鬼教官の車だ!川名君!笑って!」
「え?!わ、笑う?!」
「そうそうとりあえず!!ほらッ!!!」
"ニー"
稑は素直に前田の指示に従った。まだ教習所の敷地内であるため突然子供が飛び出してくるというシチュエーションも考えられないため、ゆっくりとすれ違う鬼教官の車に対し、稑は軽く会釈をするくらいの余裕はあった。しかし鬼教官の表情は微塵も変わらず、そして一切のリアクションもなかった。
「鬼教官…、全然笑ってませんでしたよ?むしろめっちゃ睨まれました…。」
「あっちの反応なんてどーだっていんだよ。とりあえずゴマすっときゃその日の教習所が平和なのッ。しかし川名君を睨みつけるなんていい度胸してんなアイツ。」
その鬼教官は、詩帆の見た目の年齢と同じ20代後半くらいの女性指導員だった。前田より明らかに若いのにこれほど恐れられる様に、稑はその指導員は相当できる人物なのだと察した。
(でもどれだけ威圧感のある人なんだ…。)
稑はその指導員がどうにも苦手だった。
「川名君とこにはいない?あぁいういるだけで怖いヤツ。」
「いないですね。」
(即答ッ!!!)
「それより前田さん、もう少し運転に集中させてください。」
「なぁーに言ってんの?川名君。俺はね、ただ闇雲にうるさいわけじゃあないよ?もし今後君が免許を取って、誰かをここに乗せてみ?そのうちの誰かは俺みたいにベラベラうるさいヤツかもしれないよ?そん時君はその人に向かって、"黙って"とか言うわけ?」
すると稑は何か心当たりがあるのかみるみると青ざめていった。前田は察した。
「あー…、もしかして川名君、君言わせちゃった側?」
「…。」
「え、ウケる。」
(そういえば昔、詩帆さんに言われたことがあった。あれは初めて詩帆さんの出張演奏を、こっそり聞きに行った日の帰り…。)
「…マネージャーさんに、昔言われたことがあります…。」
「へぇ〜。まぁ言わせる方もあれだけど、そのマネージャーさんも結構ハッキリ言うんだね。」
「まぁ、その人は、すごく真面目な人だから。僕の祖父母のことを知らないうちから、超が100個付くくらいめちゃくちゃ安全運転な人で。」
「へー。まぁ、それは大事なことだよね。すまん、俺もほどほどに、本業に集中します。じゃ、こっから車線変更して。」
「はい。」
稑もすぐに頭を切り替えて集中した。
(えっと、バックミラーとサイドミラーで後方確認。問題がなければウィンカーで合図を出す。カッチン、カッチン、カッチンと音がなる。1回目:行くよー 2回目:いいよー 3回目:ありがとーでようやくハンドルを切る。)
稑は心の中でそう唱えながらスムーズに車線変更を終えた。
「いいねー。完璧。全く問題ないね。」
「前田さんの教え方が上手いんです。」
「まぁたまたそんなぁ。よいしょしたっておまけ合格はないよ。」
「分かってます。常にそれでお願いします。」
(ったくよー、やっぱ俺好きだわーコイツ。)
前田の心は今日もホクホクしていた。
「にしても川名君て運転のセンスあるよね。ルールさえきっちり覚えれば、運転自体に心配はないよ、ほんと。お父さん運転うまかった?」
「いや、僕父親はいません。」
「え、あ、そうなんだ、ごめん。」
「いや、大丈夫です。」
(やっぱりさらりと言うんだな。でも、大丈夫なんか?俺だからか、誰にでもなのか…。まぁ俺が口出しすることじゃないけど…。)
前田はやはり稑のそのオープンなスタンスが引っ掛かって仕方がなかった。
「僕にセンスがあることに、普段乗せてくれる人が影響してるなら、魂狼のメンバーも基本そうだけど、やっぱり長年お世話になってるマネージャーさんと、あと社長の奥さんが上手だからだと思います。」
「へー。」
「マネージャーさんは、ハッキリと聞こえたわけじゃないけど、でもいつも"今日が誰の命日にもなりませんように…"みたいな念が伝わってきて、ハンドルもギッチギチに握って、常に前のめりで運転してる感じです。」
「え…?」
「社長の奥さんは、反対にとてもリラックスしてて、車種はアルファードなんですけど、それを片手で操る余裕がめっちゃカッコいいんですよ。」
「え、ごめん、それ両方アウトだよ。」
「え…。」
「まずそんなギッチギチなんて絶対ダメ。シートにはちゃんと深く座って寄り掛かって、リクライニングの角度もちゃんと調整して、その位置でサイドミラーもバックミラーも合わせて調節する。それに片手運転なんてマジやめて。」
そう言うと前田は露骨にため息をついた。
「2人を足して2で割ったらちょうど良さそうだけどね。でもそれじゃ駄目なんだ。」
「そうですか…。そうですよね…。」
いつもの調子ならバカヤローのひと言が飛び出てもおかしくないのに、前田はそれを一切茶化すことはしなかった。稑は全幅の信頼を寄せていた2人の運転を真っ向から否定され少し面を食らってしまった。そして一瞬見せた前田の横顔からは、まるで自身の、そして同業者の、至らなさを責めるような、あるいは諦めるような、しかし一見静かな表情の奥にどうにも収まらない憤りのようなものが見えた気がした。
「じゃ、今日も合格な。もう年内は難しそうか?」
「はい…。そうなんです…。」
「そうかぁ。でも3月までにってなると、1月中には仮免取らないとちょっと厳しいぞ。次の予約入れられそうか?」
「それが…、今はまだ、何とも…。」
「そうか。」
予想はしていたものの早速行き詰まってしまったが、稑は間髪入れずに続けた。
「前田さん、僕とLINE交換してもらえませんか?」
「え?」
「だって、そうしないと次の予約、前田さんで取れないから…。」
そう言う目の前の稑の頭に生えた耳はまたしょんぼりと垂れていた。前田にはそう見えた。
「あのさぁ、実はずっと気になってたんだけど、君の立場でこういうことホイホイしちゃっていいわけ?なんか俺の方がヒヤヒヤ気になっちゃって仕方がないんだけど。」
すると稑は前田をまっすぐに見て言った。
「僕は別に誰に対してもこういうことしてるわけじゃないです。前田さんだからです。」
それを聞くと前田の心は再び一気にほわっとした。普段はぽわんとしたやり取りが多い稑の、たまに見せる迷いのない核心を突くような発言にはより破壊的な説得力があり、そのギャップに前田の心は益々鷲掴みにされていった。
「え、そ、そうなの?でもさ、一体俺のどこがそう思わせるわけ?」
「え…、それは…、どこだろう。」
「ハッ!?!何だよ!適当かよ!!ま、いいけどよッ!」
前田はまたそのぽわんとした稑の返答にあからさまにぷりぷりしながらも、上手く説明が付かないこの不思議な距離感が嬉しくて仕方がなかった。そしてすぐ様LINEでマイQRコードを開き、読み取るように促した。
「ありがとうございますッ。」
「おぅ。じゃ、こっからは一旦本業に専念して、しっかり頑張れよ。ちゃんと観てるからなッ。」
「はいッ。」
物言いがストレートで人当たりも雑だが逆に有名人だからとチヤホヤせず無駄な気遣いも全くない前田の接し方が、稑にとっては心地がよかった。次また教習所に来られるまでにだいぶ間が空くことにそれほど不安を感じないでいられるのも彼の存在が大きいことは間違いなく、稑は前田と出会えたことに感謝した。
前田は夕方の休憩に入ると屋上の柵にもたれ1人黄昏ていた。束の間の稑ロスに、すでにテンションはダダ下がりだった。
「はぁ…。これからしばらく会えないのかぁ。ちくしょ〜…、年末年始の出演番組は全部チェックしてやっかんなぁ。」
前田はタバコをふかしながら早速取り出したスマホで魂狼の活動予定を検索していると、眼下に建物から出てきた稑の姿を捉えた。
(お!川名君ッ。)
稑は1人で、足早に迷いなく一直線に歩みを進めていた。どうやらその先にあるこの施設の駐車場に向かっているようだった。前田は目線を少し先に進めた。すると一台の軽自動車から1人の女性が降りた。その女性は運転席から助手席側に回り込むと、速やかにドアを開けて稑が乗り込むのをフォローした。
(ん?社長の奥さん?でもアルファードじゃねぇな。マネージャーさんか?マネージャーって、女なのか?でも今のあの女…。あれって…。)
前田は咥えたタバコの隙間から一旦肺に入った煙を徐ろに吐いた。
(……。いやいやいや、まさかなぁ。もう20年近くも経ってるし、さすがに他人の空似だろ。)
しかし前田はそう思いながらもなかなか稑が乗り込んだ車から目を離すことができないでいた。
(………。いや、にしても似てるな。)
前田は尚もその軽自動車を見つめていた。するとその女性も足早に再び運転席に乗り込んだ。
(………。いやいやいや何考えてんだよッ、まさかアイツが今や日本を代表するボーイズグループのマネージャーなんかやってるわけねぇだろ!)
しかし前田は尚もあり得ないはずの現実を想像した。
(うん。いや、ないな。)
遠目から僅かに捉えたその女性の容姿から不意に遠い記憶が呼び起こされた前田であったが、やはり気のせいだという結論に至ったようだった。それからまるで失恋にでも似た傷心な面持ちで稑が乗り込んだ車がさぁーっと駐車場を出てそのまま大通りの方へと消えていくのを見届けた。
閑話
稑を迎えに来た詩帆の車の中での話。
詩帆「え、私、"黙って"なんて言ってない。"運転に集中したい"って言った。」
稑「え、つまりそれは"黙って"という意味では…。」
詩帆「…そうだけど。でも、"黙って"とは言ってない。」
基本雑でズボラで無頓着な詩帆だが、僅かに見過ごせない数少ないポイントに稑は触れてしまったようだった。
稑「…う、うん、そうだね。"黙って"とは言ってないね。」
一見タジタジな稑であったが、控えめにプンスカ怒る詩帆に内心はホクホクしていた。そして久々の詩帆と2人きりのドライブ(送迎)に、稑は胸を高鳴らせていた。
詩帆「え、何…?私今怒ってんだけど。」




