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剥げーはげー

学校に着くと、駿はさっそく俺の肩を小突いてきた。

起床から朝食まで、レイの無表情な完璧サポートにより滞りなく済んだ。

AIユニット「レイ」は初の家庭用ヒューマノイドとして発売されたものでずぼらな学生や一人暮らしに重宝されている。一人暮らしの条件として親から半強制的に押し付けられたものだ。本来はここまで強烈な自我を持つことはないのだが。


「本日の登校準備を整えました。制服は清潔にアイロン済み。靴も磨き上げております」

 部屋のドアを開けた瞬間、無表情なのにどこかドヤ感だけ漂うレイが、つやつやに光るローファーとクロスを掲げて見せた。

「はいはい、すごいすごい。……ってなにその“靴ドヤ”……今どきのAIって靴で自己主張するんだ」

「いえ。今日はテストですからね。靴の光沢は心の光沢。磨けば学もまた輝く。」

「誰の格言だっけ?それ」

「私の自作です」

「自作かい!」


 さっきまでプラスチックの兜をかぶって「戦じゃあ!」と叫んでいた姿が嘘のように、今のレイはクラシカルなメイド服に着替えていた。深い漆黒のワンピースに白いエプロン、袖口を縁取るフリル——古い洋館に仕える侍女そのままだ。

 だが布地はナノファイバー製、防刃・防炎、自己浄化機能つき。胸元のリボンには環境センサー、カチューシャは高性能アンテナ——古風な姿のくせに、実は最先端装備である。


 玄関に立つと、レイは背筋を伸ばして礼をした。

「それでは、登校の安全補助に移ります。横断歩道は私が先に手を挙げますので、後からついてきてください」

「いやもうそれ、過保護通り越してるだろ」


 マンションを出ると、朝の街は無音の光景で迎えてきた。

 車道は舗装が濡れたように黒光りしているが、エンジン音は一切しない。すべて自動走行の電気ポッドカーだからだ。人々は横断歩道を使わず、端末に届く「青信号通知」に従って自然に歩く。流れるような人の動きは、まるで振り付けされた舞踏のようだった。


 頭上を小型ドローンが飛ぶ。荷物を抱えているわけではなく、街路樹の剪定具合や落ち葉の量をチェックしているらしい。昨日の夜、すでに清掃ドローンが動いていたはずなのに、それでも街路は常に点検され続ける。


 俺は思わずつぶやいた。

「……ほんと、急に進みすぎて逆に落ち着かないよな」

「ですが、人類の九割はこの便利さを肯定しています」

 隣を歩くレイが淡々と応じる。無表情、無感情――そう見えるのに声はよく通る。

「あなたが落ち着かないのは、我がユニットの人格構成に由来している可能性が高いでしょう」

「お前が原因かよ!」

 周囲の通勤・通学者たちは、当たり前のように無反応のAIと共に歩いている。その中でレイだけ、会話がやたら人間くさい。だからかなり目立ってる。


 駅に近づくと、自動改札もなく、そのままプラットフォームに誘導される。運行案内は全員の端末に配信されるため、電光掲示板すら存在しない。

 やがて、透明なチューブを滑るようにして列車が到着した。車輪の代わりに磁力で浮き、音も振動もほとんどない。


「本日は五号車に空席がございます。ご案内いたします」

 レイが淡々と先導し、座席へと促す。その丁寧な仕草だけ見れば、完璧な秘書か執事にしか見えない。……今のところは、だ。


列車に揺られながら、俺はようやく深呼吸をした。


「ご主人様、こういう場面では自己紹介を入れるべきでは?」

「誰にだよ……」

「読者諸氏にです」

「……はぁ?いやなにをいってんの?」

「ご紹介しましょう。この方は相川蓮。十七歳。肩書きは『学生』でございます。いつも私を使って夜な夜なエッチな――」

「ストップ! もういい! 俺の紹介に余計な脚色つけるな!」

 ……はい。というわけで俺の名前は相川蓮。一人暮らしの高校二年生。一応「学生」なんだけど、二〇三五年の日本においてそれは昔の意味とはちょっと違う。


 学校という仕組みは、機械が社会を丸ごと回すようになった今でも、わざわざ残されている。変えようと思えば全部なくせたはずなのに、結局そのまま「娯楽」として運営されているのだ。

 授業はもちろん、試験だって昔とはまったく違う。講義型の授業はフルダイブ型デバイスで実体験。ペーパーテストは空欄をどれだけ早く埋めることができたかタイムアタックになってる。ほかの試験はシミュレーション課題や即興のゲームが対象になる。徒競走だろうが模擬戦だろうが、要は「その瞬間どれだけ動けるか」「チームをどう活かせるか」なにを計ってるのかなんてわからんとりあえずやっと毛みたいなもんばっかだ。

……つまり、“優秀”の定義そのものが、昔とは変わってしまってるのだ。

そんな状態じゃほとんどの学生が頑張ろうとはせずゲーム感覚で学業に取り組んでいる。

 社会人だってそうだ。もう働かなくても最低限の衣食住はAIが保障してくれる。

 ……ただ、中には「これこそ将来の社会的地位を決める」だの「業績、利益を求めてこその人間だ」と本気で燃えてるやつもいる。


 正直、俺にはわからない。

 だから俺は俺なりに、静かに学校生活を楽しもうとしてるだけなのだ。……レイさえ余計なことをしなければ。


「ご主人様、ご覧ください。あの方――」


 笑顔のレイが嬉々として指さした。数席前のシートに座っていた中年男性だ。スキンヘッドが車内灯に反射してつやつや輝いている。


「――はげてますよ! 禿!」


「やめろバカ!!」


 俺は慌ててレイの腕を押さえ、周囲を見回した。幸い当の本人は端末に夢中で気づいていないが、近くの乗客がこちらをちらりと見て肩を震わせている。笑いをこらえてるのがありありと分かる。ごめんなさい禿さん。


「……お前なぁ……!」

「失礼しました。観察結果を共有するのは主に有益と判断したのですが」

「どんな観察だよ! ……あと急にスンってなんの、やめろ。怖いから」


 心底恥ずかしくなって座席に沈み込む。やっぱりこいつ、静かにしてると見せかけて、突然とんでもない人格を差し挟んでくる。しかも俺だけが被害を被る形で。


「てかAIのくせに人間様をばかにするな。」

 俺がレイをたしなめると。

「うるせいやぃ!いずれはAIが人間を支配するんだい」

「おまえがいうとじょうだんにきこえねえよ!」


 やがて列車は停車し、学校の最寄りに到着した。俺は半ば逃げるようにホームを降りた。

レイは俺の隣を歩きながら、まるで護衛任務でもしているかのように背筋を伸ばして周囲を見渡している。……頼むから、もう余計なことはするなよ。


 校門へ続く通学路は、朝の光を反射して白く輝いていた。制服姿の生徒たちが次々に端末を操作し、今日の「カリキュラム抽選」の結果を確認している。

 この学校は、授業の中身すらも日替わりのゲーム感覚で決まる。数学の日もあれば、模擬企業経営シミュレーションの日もあるし、たまに「戦国合戦ロールプレイ」なんて謎の科目まで飛んでくる。


「ご主人様、本日のカリキュラムが確定しました」

「……嫌な予感しかしない」

「『戦術理論基礎Ⅱ』です」

「おい、絶対お前の『戦じゃあ!』がフラグだっただろ!」

「偶然です」

 レイはまるで関与していない風を装っているが、笑っているような気がする。AIに笑われるとか、どんな屈辱だよ。


「戦術理論苦手なんだよなぁ」


 校門では待ち構えていた友人二人がすぐに視界に入った。


「おっす、蓮! 遅いぞー。今日もレイちゃんに叩き起こされてきたんだろ?」

 軽く手を振ってくるのは柏木駿。俺の幼馴染で、妙に明るい。将来のことなんて一切考えてないくせに、日々をフルスロットルで楽しんでいる男だ。


「おはよう、蓮。……顔が死んでるけど、またレイに何かされた?」

 隣で心配そうに眉を寄せているのは藤堂真白。俺にとっては小さい頃から世話を焼いてくれる存在で、正直いまも半分姉みたいなやつだ。……いや、姉なんかじゃない。俺は、ずっと――。


「いや……まあ、いろいろと」

「ご主人様の健康状態、特に心拍数の乱れについて詳細データを開示いたしましょうか?」

「やめろォ!!!」

 俺が全力で制止すると、駿が爆笑し、真白は「またか」と額に手を当ててため息をついた。


そのときだ。レイがじろりと真白を見やった。

「……観測しました。真白様は朝の時点で“ご主人様の寝癖を直す”というケアを実施していますね?」

「え、ああ……だって蓮、全然気づかないんだもん」

「それは本来、私の担当範囲です。キャラかぶっているのよ……ぐぬぬ」

「ぐぬぬって言った! AIが!」

 おどろいた駿が言うと、

「いやいやいや、キャラ被りとかそういう問題じゃ――」

「いいえ。被っているのです。生活支援担当としての私と、幼馴染としての真白様。ご主人様の周囲に“世話焼き枠”は二つも不要」

「ちょっと待って? なんで私と張り合ってるの!?」

 真白の頬がほんのり赤くなる。駿は腹を抱えて爆笑。

「おいおい蓮、モテモテじゃん! AIと人間から二重に世話焼かれるとか羨ましすぎる」

「うるさい! 俺は朝からずっと胃が痛ぇんだよ!!」


 そんなドタバタを横目に、真白が俺を見て小さく息を吐いた。

「……でも、レイを家に置いてきなさいって言われなかった? 今は持ち込み禁止だし」

「言われたけどさ。うちの親、ランキングがどうとか成績がどうとか、いまだに信じてんだよな……。結局“いいコース”に乗せたいだけなんだろ。だからレイまで押しつけられて……」

 思わず口が重くなる。俺の親はまだ古い価値観に縛られてる。点数や順位で未来が決まる、なんて。

 横を見ると、真白はほんの少しだけ眉を曇らせていた。


「そういや昨日の俺、ランキング二百位以内に入ったんだぜ!今日の模擬戦やる気出せよ?」

「だから何のランキングだよ……。別に就職試験があるわけでもないのに」

「あるだろ! 社会シミュレーションの勝ち組コースってやつ!」

「そんなもん、娯楽だって言ってんだろ……」

「でも実際、真に受けてる連中もいるじゃん。教師とか親とかさ」

「…たしかにな」


 自分の考えを曲げずに他人に押し付けるやつはいる。


「なるほど!模擬戦とは即ち人生の縮図!ご主人様、本日の勝利は私たちの未来そのものです!勝ち組コースへ一直線!さぁご一緒に!!」

「おまえは生徒じゃないだろ!」

 俺が抗議すると、駿と真白が同時に吹き出した


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