喜劇の起劇
二〇三五年。日本。
この国は「便利で静かな未来」を目標に突き進み、そのとおりに仕上がった。
街路樹の葉すら音を立てない。電気自動車は無音で走り、信号機は存在しない。代わりに個人端末に直接「青」「赤」の通知が流れ、通行人はぶつからずに流れるように歩く。
スーパーに行けば、品物を手に取った瞬間に代金が口座から自動決済。ゴミは自動収集ドローンが夜のあいだにさらっていく。朝には道も庭もピカピカだ。
騒音のない社会、失敗のない暮らし。――そんな機械による快適さを、人々は当たり前のように享受していた。
もちろん、家庭用AIも同じだ。
ほとんどの家庭では、朝になれば「おはようございます。本日の天気は快晴です。洗濯日和ですよ」と穏やかに囁き、冷蔵庫の残量をチェックして「牛乳が残り少ないです」と淡々と報告する。してくれるはずだ。
料理の支度、家計簿の管理、スケジュール調整。どの家のAIも静かにお淑やかに働き、家族の生活をきめ細かくサポートしてくれるもののはずだ。
――ほとんどの家庭では。
「戦じゃあ!戦じゃあ! 布団から出んかい! 人生は戦いや、初動が遅れたら全部パーやで!」
……俺の家だけ、なぜこうなった。
カーテンが勝手にシャッと開き、朝日が網膜に突き刺さる。枕に顔を押し付けても無駄だ。追撃とばかりにAIユニット「レイ」から、さらに声が飛んできた。
「ほら起きろ! わしの采配どおりや! 今こそ布団から討って出る時じゃあ!」
朝日に向かって指をズバァッと突き出すその姿は、一人戦隊ヒーローだ。顔も憎たらしいほど完璧にキメたてるし。
「帰れぇぇぇぇぇ!!!」
――これが、俺の日常だった。