第9話 トライアード・ファイターズ 中編
「お、奥様……」
「……」
レグルスシティを襲った謎の地震と、コスモビートルを撃破した巨大な熱光線。その非常事態を報せる緊急ニュースは――緑に囲まれ、人里から遠く離れた屋敷にも届いていた。
コスモビートルが消し飛ばされる決定的瞬間を捉えた映像。その衝撃的な場面を目にして、年配の侍女は不安げな表情を浮かべるが――ソファに座して映像を見つめる絶世の美女は、狼狽することなく佇んでいる。
「……大丈夫です。ゲキなら心配要りません。彼なら、必ず……必ず帰ってきてくださいます」
「は、はい……」
だが。太腿を握るその手は、微かに震えていた。ノヴァルダーとは桁違いの火力を見せ付ける、あの熱光線を目にして――恐怖を抱かないはずがない。
それでも彼女は、愛する彼のためにも凛々しくあらねばならなかった。事あるごとに不安に負け、啜り哭くようでは彼の妻など務まらない。
そう自らに言い聞かせて――耐え忍ぶしかなかったのだ。
共に戦うことが叶わないならせめて、愛する人の生還を信じ、ただ静かに待つ。この恐怖と戦い、決して泣かずに待ち続ける。
――優しく、下腹部を撫でながら。彼から授かった、新しい命と共に。
(お願い……生きて還って、ゲキ……!)
それが、ロガ星元第1王女――ベラトの決意だった。
◇
「イグニッショーン・ロガライザー! チェンジノヴァルダー・リフト・オフッ!」
この巨獣がどのような正体を持っていて、どれほどの力を秘めていようと。ロガ星の防衛駐在官として、やるべきことは一つしかない。
戟は勇ましい雄叫びと共にロガライザーを変形させ、人型――「ノヴァルダーA」へと移行する。赤い瞳が眩い輝きを放ち、両腕を振り上げる鉄人が咆哮を上げた。
「ダブルデルタソードッ!」
先手必勝。その信念を胸に、戟はメカ・ゼキスシアの頭上から一気に急降下を仕掛けて行く。
両翼の刃が鋼獣の首を刈り取るべく、弾丸の如き疾さで肉薄して行った。無人戦闘機部隊を全て斬り払ったこの「剣」なら、鋼獣の装甲でも破れるはず。
「があッ……!?」
――だった。
しかしメカ・ゼキスシアの装甲は、戟の見立てを遥かに上回る硬度であり。首筋に直撃した片翼が砕け散り、Aの方がダメージを負ってしまった。
空中での制御が効かなくなり、バランスを失った鉄人は、敢え無く墜落してしまう。
「あぐッ……!」
ガントレットセブンの強度を再現したパイロットスーツでなければ、今頃戟は墜落の衝撃により、コクピットの中でミンチになっていた。
片翼をもがれ、岩の大地に墜とされた戟は、60mもの巨体を仰ぐ。鋼獣の大顎から、あの巨大な熱光線が地表に向けて放たれたのは、その直後だった。
「おおっと! ――超光波ビームッ!」
翼を失ったとしても、戦う術を全て奪われたわけではない。Aの機体は咄嗟に後方へと宙返りして、鋼獣の熱光線を回避すると――反撃の熱線を両眼から放射する。
だが、メカ・ゼキスシアの前ではその閃光すらも児戯に等しい。顔面に直撃したにも拘らず、鋼獣は全く意に介さずその大脚で踏みつけようとして来た。
「くッ!? ……流星群ミサーイルッ!」
60m級の鋼獣の前では、18mのAなど赤子同然。無論、そんな体格差がある相手に踏み潰されれば、いかにAといえどタダでは済まない。
戟は何度もAの両脚で地を蹴り、踏みつけをかわしながら距離を取る。そして起死回生を賭けて、無数の赤い弾頭を胸部のハッチから連射する――のだが。
「……ッ! ぐぁあぁあッ!」
そのおびただしい数のミサイルでさえも。メカ・ゼキスシアの大顎から放つ、あの熱光線の前には無力であり――敢え無く撃ち落とされて行く弾頭を突き抜けて、ついにAのボディに直撃してしまった。
激しく吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられる鉄人。あっという間に満身創痍になってしまったAは、もはや立つことさえもままならないほどのダメージを受けている。
「……ノッ……ノヴァルダーA……! お前は何のために戦ってきたんだ、この星を……ベラトを守るために戦って来たんじゃないのか!」
しかし、戟はなおも諦めず。ボロボロに傷ついた己の身を引きずるように、操縦桿を震える手で握り続けていた。
「お前は無敵なんだ……不死身のロボットなんだ、負けるわけにはいかないんだ! 頑張れ、ノヴァルダーAッ……!」
とうに限界を迎えているはずのAの機体は、そんな主に応えようとするかの如く――機械の常識を超えた底力で、立ち上がろうとしていた。
「ぅおおッ……!」
だが、そんな彼の悲壮な闘志まで。メカ・ゼキスシアの怨念は、冷徹に踏み躙る。
敢えて直撃しない位置に熱光線を撃ち込まれ、立ち上がるべく地を踏みしめていたAの片脚が吹き飛ばされてしまったのだ。
戟に対するサルガの憎悪を滲ませた、その非情な一撃によって――Aは再び、地に倒れ伏してしまう。
「……ぉあぁああッ!」
それでも。それでも彼は立とうとした。どれほど傷だらけになろうとも、愛する者のために立ち上がることを選んだ。
しかし、鋼獣の執拗な追い討ちはなおも続く。死力を尽くして身を起こしたAの腹部に――熱光線の衝撃によって飛んできた岩が直撃したのだ。
度重なるダメージによって弱まった装甲ではもはや、岩石にさえ耐えられない。腹部を岩によって貫かれたAは、再び転倒してしまった。
敢えて直撃、熱光線は当てず。じわじわと苦しめて、死に追いやる。……それは、本能のままに暴れ狂う原種のゼキスシアには、到底成し得ない芸当であった。
死してなお憎しみと妄執に囚われているサルガの魂が、自らを取り込んだゼキスシアの細胞さえも歪めてしまったのである。最凶にして最悪な、鋼獣の誕生……という形で。
「……ベラト、ベネト……光先輩。ゾーニャ隊長、渡、歩、卓。蒲生教官、新堂、ヒサカ。威流先生、円華さん、竜也さん、ダグ……! 猇の兄貴、流星……不吹! みんな、元気でやれよな……俺は、最期までやるからッ……!」
抵抗することさえ許さない、絶対にして凶悪な「憎悪」。その化身を見上げた戟は、死をも覚悟する。
世界防衛軍の兵士として、今も地球を守り続けている仲間達のためにも。自分を信じて、ロガ星の防衛を託してくれた師匠達のためにも。情け無い戦いだけはできない、と。
そして。指先が動くだけでも奇跡……としか言いようがないほどの、激しい損傷を負いながら。彼は「最期」を迎えるその一瞬まで、戦い続けることを望んでいた。
――やがて。
その高潔な自己犠牲の精神もろとも、跡形もなく踏み潰すために。
歪に大顎を歪め、嗤う鋼獣が――足を振り上げる瞬間。
「スピンリベンジャー・パァンチッ!」
「……!?」
突如唸りを上げ、飛来して来たメタリックブラウンの鉄拳が――鋼獣の頬を横薙ぎに打ち据え、バランスを崩させた。
その衝撃によろめくメカ・ゼキスシアの巨体を仰ぎ、「持ち主」の元に戻って行く鉄拳の「色」に――戟は瞠目する。
「なぜだ……なぜ来たんだ、不吹ッ!?」
「君だって来たじゃないか、オレの時にッ!」
そう。満身創痍となったノヴァルダーAの前に降り立ち、その肩を貸しているスーパーロボットはまさしく――かつて戟との間に深い因縁を持っていた、不吹竜史郎のジャイガリンGだったのである。
2年前よりさらにパワーアップしたジャイガリンブースターを背負い、Aの前に現れたメタリックブラウンの鉄人。その頭脳部に座る竜史郎は、グロスロウ帝国との戦いの恩を返すべく、鋼獣を睨み上げている。
「ロケットアントラーッ!」
Aを抱えながら鋼獣の踏みつけを回避したジャイガリンGは、鼻先のドリルを切り離し――鋼獣の顔面に直撃させる。が、与えた傷は浅く、決定打には程遠いものであった。
「に、逃げろ、不吹……! ヤツにはAの装備でさえまるで歯が立たなかったんだ……! このままじゃ、お前まで……!」
「……そうかもね。けど、ここでオレが退けば間違いなく君は死ぬ。そうと分かって逃げるような奴が、子供達に何を教えられるんだッ! ダイノロドッ……アァアックスゥッ!」
それでも、竜史郎は諦めない。胸部から出現した真紅の斧を振り上げ、ジャイガリンGは鋼獣の脳天目掛けて一気に振り下ろす。
しかし、その一閃は激しい衝撃音を生むだけであり――斧は刃先から粉々に打ち砕かれてしまうのだった。
「くッ……!」
「ダメかッ……! 不吹、お前だけでも……!」
「……それだけは出来ない。ダイノロドGを……ジャイガリンGをオレに託した、ゾリドワのためにも。奴に全てを踏み躙られ、それでも抗おうとしていたゾギアン大帝のためにも。この世界から……オレ達が消してしまった、グロスロウ帝国のためにも! この戦いだけは、退くわけにはいかないんだッ!」
遥かに性能を高めているはずのジャイガリンGの装備でさえ、破れない鋼獣の装甲。その脅威に戟が息を飲む一方で、鋼獣から「天蠍」の気配を悟っていた竜史郎は、なおも気丈に操縦桿を握り続けている。
かつてサルガに服従を迫られていた、「グロスロウ帝国」。竜史郎は、その地下帝国の遺産でもあるジャイガリンGを預かる者として、「天蠍」の魂を宿したメカ・ゼキスシアに背を向けるわけには行かなかったのだ。
今ある地球の平和は、彼らを「悪」として討ち果たした先に築かれたものなのだから。
「……ッ!」
そして。
そんな彼らの前で、メカ・ゼキスシアの咆哮が天を衝いた――瞬間。
「……どうやら。あなたの熱意に、私のカードが応えたらしい」
「拳。お覚悟は宜しくて?」
「あぁ。――行こう、ルミナ」
聴き慣れぬ声が、戟と竜史郎の聴覚に届き。
「……!?」
彼らの眼前に、3機の人型ロボット――の形をした、「奇跡」が降臨する。
銀河憲兵隊の勇士・ルヴォリュードに代わり。この星の運命を一変させる「希望」を、その背に宿して。




