第六話 城塞都市ヘクス
Ⅵ
多くの将軍が前線に駆り出されていったことで、帝国軍総司令部の面々は明らかに目減りしていた。その代わり各地から参集した同盟諸国と諸都市の代表者が長机の空席を埋め、素顔のノイシュはそれらの刺すような視線の中に立たされることになった。薄暗い玉座から見下ろす皇帝の口調は言葉の内容とは裏腹に重く、冷たい。
「やはりそなたを主力部隊から外したのは間違いであった」
「申し訳ございません皇帝陛下」
「なに、そなたが気に病むことはない。そなたに大森林へ行くよう命じたのは余、その間そなたを欠いて敵軍を押しとどめられると考えたのも余、全ては余の過ちだ」
弁解しようにも、その切り札になりそうな戦果はなにひとつ手元にない。こんなありさまでは、言い訳を重ねるほどかえって皇帝の怒りに触れるだけだ。ノイシュは小脇に抱えた白銀の仮面を握り締め、ひたすらかしこまっているしかなかった。
「騎士ノイシュ、余はそなたを信じたい。これまで帝国のために尽くし、数多の戦功を挙げてきたそなたを、ささいな失敗で咎めたりはせぬ。そなたにはさっそく次の任務にあたってもらう。現在、城塞都市ヘクスに迫るウェルスランド軍を、我が四将軍の一人、鋼将フォルザードが食い止めておる。この男を補佐せよ」
「はっ!」
大広間を出ると、御前会議には出席していなかった漆黒の甲冑のベルクが廊下の壁にもたれ、腕組みをしてノイシュを待っていた。ベルクはノイシュの幼馴染だが、昔からなにかにつけて勝負を挑んでくるベルクのまっすぐな眼差しがノイシュは嫌いだった。ノイシュは他人の視線が苦手だった。魔鉱兵を操っていないときでも目元の隠れる仮面を常用しているのはそれゆえなのだ。
「なあノイシュ。森の民の王はなぜ戦いもせず、ゲリラどもに城を明け渡したんだ?」
廊下を並んで歩きながら、自分はその場に居合わせなかったのだがと前置きをして、帝国に帰還した者達から聞いた話も含めて森の都の乱痴気騒ぎの様子を説明すると、ベルクは爆笑した。
「それで、愛し合う二人はいつまでも幸せに暮らしました、めでたしめでたし、というわけか。そいつは傑作だな!吟遊詩人どもの手にかかったら、その男は王女を救う片手間に邪悪な竜の一頭や二頭、殺したことにされるかもしれん」
「いいのか?森の民の王女はお前の婚約者だろうに」
「構わんさ。女など星の数ほどいる。そうだろ?」
「……ああ、そうだな」
* * *
城塞都市ヘクスは帝国の中核を成す大都市圏へのいわば入り口で、山々に囲まれた天然の要衝である。帝国の首都を目指すなら、山を切り崩して敷設された交易路を通るしかないのだが、ここを塞ぐ帝国軍の守りが堅く、ウェルスランド軍と諸侯の連合軍は前進できずにいた。先頭をゆくウェルスランド本隊が立ち往生しているのは、交易路を左右から挟む山と山の手前だ。野戦陣地の前線指揮所……という名の薄汚れた大きなテントにレオ達が入ると、ルミラのいないあいだ指揮を代わっていた砲兵隊長が一同を迎えたが、傍らの長椅子に腰掛けてうなだれる三人の少女を見るやリムが声を上げた。
「アシュワ?アシュワじゃない!」
「リム!」
「あら、お知り合い?」
「お屋敷で一緒だったんだ。また一緒だね!」
「そうですの。初めまして、わたくしはハスティ・アルフィール。こちらはラタ」
「えへ……」
ウェルスナイト部隊の三人はそれぞれリムと握手を交わし、リムが手短にレオ達を紹介した。三体の先行量産型のうち、かつてエリシュが起動に失敗した一号機の操縦者は、ゾック卿の親戚筋に当たる貴族の令嬢ハスティ、二号機の操縦者は、ドミナスの使用人として働かされリムの替え玉にされたアシュワ、三号機の操縦者は、灰銀の髪に薄闇色の肌を持つ暗き森の民のラタである。
ウェルスナイトはすでに五号機までが完成していたが、操縦者は彼女達三名しか調達できていなかった。帝国軍の大人の騎士達も今では大勢が捕虜になっていたが、彼らは反乱のおそれがあるという理由で、後方の拠点で完成機を用いない魔法回路の実験に協力させられ、ウェルスランド軍は多数の適格者を抱えながら戦力としては活用できずにもてあましていたのだ。
お嬢さん方、そろそろいいかな?という砲兵隊長の咳払いで一同は卓上の地図に集中した。
「揃ったな?では説明しよう。我々がこんなところで足踏みをさせられているのは、左右の山に伏せている敵の大砲のせいだ。山間の道は守りやすく攻めにくい。うかつに進むと挟み討ちにされてしまう。しかも、この大砲というやつが我が軍の長距離砲をコピーしたものらしく、こちらから狙撃しようとすれば敵の射程圏にも入ることになる。幸い、砲兵が不慣れなのか、砲の完成度に問題があるのか、命中率はそんなに高くはなく、魔鉱兵の装甲と足なら圏外まで走り抜けられるんだが、その先に敵の魔鉱兵部隊が待ち構えていてな……」
その魔鉱兵部隊こそ、鋼将フォルザード率いる魔鉱兵ガーディアン部隊だった。ガーディアンはナイトの派生機種にあたり、アークナイトのような完全上位互換機とはまた別の単一性能特化型である。運動性は皆無だが、分厚い装甲とタワーシールドによる圧倒的な防御力を誇り、タワーシールドを支え得るほどの剛腕で繰り出される攻撃もすさまじく、練度不足のウェルスナイトではまるで歯が立たない。
「そんな強力な魔鉱兵を持ちながら、敵はどうして向こうから攻めてこないんですか?」
「現状ではなんとも言えんが、おそらく背後の城塞都市に充分な戦力が集結するのを待っているんだろう」
「でも、ぐずぐずしていたらこっち側の戦力も整っちゃうんじゃ……」
「その通り」ルミラが言葉を継いだ。ここからは彼が練った作戦の説明である。
「こちらからすみやかに仕掛けないと、敵の長距離砲の数が揃って突破が難しくなるうえ、協力してくれている諸侯の騎士団の士気にも影響が出かねません。そこで、僕が森から引き上げてきた改良型の長距離砲の出番になるわけですが、これは非常にデリケートな代物で、むやみに撃ちまくれば砲身がすぐ駄目になってしまうんです。敵も当然こまめに陣地転換をしているはずですし、正確な位置を把握するためには、魔鉱兵部隊に強行偵察してもらうしかありません。まず、ここまではいいですね?」
七人はうなずいた。
「スズさん、リムさん、君達はそれぞれレオナルドくんとクレアさんに随伴して左右の山へ入り、信号弾と火球弾で敵の大砲の位置を知らせて下さい。狙撃の巻き添えにならないように、無理に大砲を攻撃しようとせず、敵陣の裏側まで一気に進むこと。次に、すみやかに山を下りて敵魔鉱兵部隊の背後に回って下さい。そうしたら新兵さん達にも正面から加勢してもらって、前後から敵を抑え込んでいるうちに、集中砲火で殲滅します」
「ルミラ殿、私は何をすればいい」
エリシュの任務は、王国騎兵部隊と合同での魔鉱兵のサポート、つまりはプロトナイトの護衛だった。
テントの外では、かすり傷だらけの三体のウェルスナイトが整備台の上で応急修理を受けていた。スナイパー、ブレードダンサー、プロトメイジに並んでプロトナイトも横たわっていたが、その整備台だけが半ば起き上がったような中途半端な角度で固定されていて、寝台の四角い切り欠きの裏側から、プロトナイトの背中に取りつけられた妙な装備がはみ出していることにレオは気づいた。そこへやってきたスズが、レオの視線の先を見ると誇らしげに呟いた。
「マジックブースター。あれがプロトナイトの本来の姿よ」
持ち上がった整備台の裏で、一対の縦に長い箱のようなパーツの下に、魔術師達がノミを振るったり拡大鏡で表層の魔法回路を検査したりして群がっている。その様子を監督していた老魔術師は、レオとスズの姿を見て作業を切り上げさせた。
「お爺様、ついに完成したのね」
「そうとも。この試作品が上手く稼動したら、ウェルスナイトにも同じものを装備する予定になっとる。それをもって、わしらの魔鉱兵開発計画も一区切りじゃ。長かったのう。レオナルド君の協力の賜物じゃよ」
「なんなんです?これ」
「むふふっ、それはのう……。スズ、お前はプロトメイジへ急ぎなさい。出撃なんじゃろ?プロトナイトはわしが見ておく」
「はいお爺様。レオ、頑張って」
操縦室を無数の稲妻が駆け巡り、難なくプロトナイトを起動させたレオは、直立した整備台から一歩踏み出そうとしてバランスを崩しかけた。いつかスズが言ったように魔鉱兵は巨大な甲冑だが、今はその上からさらに甲冑を着ている気分だ。レオの背に重荷が乗っているわけではないのに、つい身体がこわばってしまう。
「お、重い……」
《マジックブースターは、パーシャルアーマーと同じく回路に魔力が通っておらんうちはただの重しじゃ。じゃが稼動すれば、機体そのものの全体的な性能が片側につき一割、フルパワーで二割増しとなる。いわゆる増設回路というやつじゃな。どこまで性能を発揮できるかはレオナルド君の魔力次第じゃ》
「どうすれば?」
《普段通りに》
「そんなこと言われたって!」
《パーシャルアーマーが作動したところから察するに、レオナルド君にはプロトナイトを単に動かす以上の素質がある。魔力は素質じゃから、いくら身体を鍛え、剣の修行を積もうと、生涯を通じて強まりも弱まりもせんが、これまでの戦いの中で、魔力をより効率的に機体へ伝えられるようにはなっとるはずじゃ》
「はぁ」
《操縦席の肘掛けの先に触らなくても、外側から装甲に触れるだけで機体を動かせるようになったじゃろ?それもその証左じゃよ。毎度ぶっつけ本番ですまんが、ちょいとひとっ走り試してみてくれ》
つまり、もし俺に才能がなかったら、プロトナイトはよりいっそう動きが鈍いまま戦うはめになるってことか。しかし、だからといって立ち止まってはいられない。レオの眼下では色々な人達がひとつの目標のために動き出している。ごてごてと装備を盛られてゆくぶん、今のプロトナイトはみんなにとって欠かせないパーツなのだ。
《作戦開始です。レオナルドくん、プロトナイトは発進して下さい》
「了解。レオナルド、プロトナイト行きます」
騎士エリシュは馬の腹を蹴りながら、見知った顔の騎兵隊長を睨んだ。この男の言いがかりのせいでノイシュを殺せなくなったうえ、レッドクロスまで縛り首になりかけたというのに、悪びれもせず澄ましている。
「ふん、この期に及んでお目付役とはな」
「陛下は端からエリシュ殿を疑ってなどおらんよ」
「では貴様はどうなのだ」
「大森林での話、聞いたぞ。指揮官だったそうだな」
「私は何もしていない!」
「一生に一度あるかどうかの大手柄だぞ?もっと誇れ。我々の世界では、結果が全てだ」
エリシュと騎兵隊長は山へ分け入る魔鉱兵を追って、それぞれの騎兵部隊とともに二手に分かれた。
山中の砲兵陣地の攻略はルミラが言うほど簡単ではなかった。山から山への砲撃もまた可能だからだ。信号弾と火球弾は敵にとっても格好の目印となり、交易路を挟んで向かい側からの狙撃がウェルスランドの魔鉱兵部隊と騎兵部隊を容赦なく襲った。それだけでなく、砲兵陣地の護衛には魔鉱兵も配置されていた。新型魔鉱兵ラピッドアーチャーは両肩のアルバレストの装弾数および連射速度がアーチャーと比べ倍になっており、そのうえ攻城兵器から転用した対魔鉱兵用の強力なボルトを発射可能なバリスタを持っている。左右の山でそれぞれ露払いを担当するプロトナイトとブレードダンサーは、ナイト一体につきラピッドアーチャー二体という強固な護衛部隊を優先的に片付け、しかも後続の僚機と騎兵部隊が敵味方の砲撃に巻き込まれないように走り続けなくてはならなかった。一方、先行する魔鉱兵が薙ぎ倒した倒木を避け、跳び越え、時にはくぐりながら敵兵を手投げ弾で処理しつつ駆け抜ける騎兵部隊も、しんがりで敵と味方からの苛烈な砲撃に急かされることになるため、一瞬でも足を止めれば命は無い。
「エリシュさん、ヘクスの街が見えてきました!」
《よし、第二段階に移行する!二人とも気を抜くなよ!》
「「了解!」」
プロトナイトが山の斜面を蹴って木々をへし折りながら滑り降り、プロトメイジがそれに続く。合流地点への到着はすばしっこいクレアと山慣れているリムのほうが早かったようだ。だが、二体はただ突っ立ってレオ達を待っていたわけではない。城塞都市の街門の前に、第二のガーディアン部隊に守られた砲列がずらりと並んでいたのだ。
《撃て撃てえぃ!》
「後ろに戦力を集めてたんじゃない……こいつら囮だ!」
《ぬはははははっ!今ごろ気づいても遅いわ。これでうぬらは袋の鼠よ!》
交易路を道幅いっぱいに塞ぐ黒鉄色のガーディアン部隊の中から、fzの飾り文字をあしらった紋章のある一体のガーディアンが進み出た。
《我こそは帝国軍歩兵部隊総司令官、人呼んで鋼将フォルザード!我が鉄壁の重魔鉱兵ガーディアンに潰されたい者からかかってくるがいい!》
「本隊が危ない……!みんな、あとを頼む!」
《ちょっとレオ、一人で大丈夫なの!?》
プロトナイトは浮上した。マジックブースターの装甲が展開し、露出したフィンの隙間から光を放ちながら、強力なマジックフィールドが機体の重量を相殺して、密集するガーディアン部隊のど真ん中へ滑走してゆく。全身の魔法回路に魔力の稲妻をみなぎらせたプロトナイトは、まるで後光を背負っているようにも見えた。
《逃すものかぁ!》
《貴様の相手はこの私だ!》
獣頭人身のブレードダンサーがツインケペシュを交差させてフォルザードのガーディアンのメイスを受け止め、プロトメイジは炸裂火球弾と氷の散弾の牽制攻撃でガーディアン部隊の動きを止めてプロトナイトの進路を確保した。プロトメイジと背中を合わせたスナイパーは城塞都市側のガーディアン部隊のわずかな隙間から大砲を狙ったが、矢はタワーシールドに跳ね返されてしまった。頭を狙おうと、関節を狙おうと、ガーディアンはものともしない。
《うそ、カイトシールドを射貫くあたしの矢が!?煙を目印に曲射するしかないか》
「あのデカブツは我々が撹乱する!エリシュ殿は、ボウズのところへ行ってやれ!」
「それで恩を売ったつもりか?」
「おいおい、我々雑兵にも少しは格好をつけさせろ」
「ふん、死ぬなよ!」
「お互いにな!」
魔鉱兵と魔鉱兵がぶつかり合って生じる地響きと、城塞都市からの激しい砲火の中、エリシュは馬を返し、ガーディアン部隊が防御を固めないうちに姿勢を低くしてその足元をすり抜けた。
その頃、交易路の手前のウェルスランド軍主力部隊は大混乱に陥り、目の上のたんこぶだった敵の長距離砲を取り去ることに成功していながら、レオ達を支援できずにいた。騎士ノイシュ率いる魔鉱兵部隊が山を大きく迂回して、少数精鋭をもって奇襲攻撃を仕掛けてきたためだ。防戦するのはたまたま後方で待機していた三体のウェルスナイトのみである。
「つ、強い……。これが噂の……」
「ラタ!ハスティ!こいつ一人に構ってちゃ駄目だ!アーチャータイプをやっつけないと、味方がどんどんやられてく!」
「そうは言ってもアシュワ!このナイト、一体で三体ぶんの動きをしますのよ!わたくし達もフォーメーションを組まなくては危険ですわ!」
《君達はやる気があるのか?これはままごとではないのだよ》
素人同然のウェルスナイト部隊をアークナイトが引きつけている隙に、四体のラピッドアーチャーが群がる歩兵をアルバレストで一掃する。ノイシュの命令でラピッドアーチャー部隊が一斉にバリスタを構えて長距離砲に狙いを定めたとき、一条の閃光が奔ってたちまち二体のラピッドアーチャーの腰を切断した。残る二体は長距離砲陣地の一角を吹き飛ばしたが、転用武器ゆえに連射が利かないバリスタの再装弾に手間取り、次の瞬間には僚機と同じ末路を辿っていた。
「あれは、レオナルドくん……!」
半身に土砂を被ったルミラが砲兵陣地から見上げる中、燦然と輝くプロトナイトはアークナイトに剣を突きつけた。
《そこまでだ、ノイシュ!》
アークナイトは瞬く間に四体の部下をすべて失い、ウェルスナイト部隊とプロトナイトの間に挟まれる格好になったが、仮面のノイシュは意にも介さず不敵な笑みを浮かべる。作戦失敗……。かくなる上は自ら砲兵陣地に乗り込み、長距離砲だけを潰して帰るか?……否!!
「ふふふ、はははははははは!!来たか少年。ちょうどいい、今日こそ決着を付けよう!」
啖呵を切ったものの、実際に刃を合わせてみるとプロトナイトは以前とは段違いだった。体捌きの甘さはたいして変わらないが、単純に一撃の威力が重く、アークナイトの腕力では受けきれないのだ。操縦者が未熟だからこの程度の性能に留まっているだけで、今、倒しておかなければ、将来にわたって確実に帝国の障害となるだろう。皇帝陛下はこれを危惧していたのか……。ならば、責任は魔鉱兵捕獲を命じられながら今まで果たせなかったこのノイシュ・フォン・スタインにある。
「この力、アークナイトと互角……いや、それ以上か!?」
《みんな!フォーメーションで!》
「無粋!」
《《きゃあぁっ!!》》
アークナイトの背後から矢継ぎ早の連続攻撃を仕掛けた三体のウェルスナイトは、振り返りざまのシールドバッシュ、後ろ回し蹴り、剣の三連撃であえなく弾き飛ばされてしまった。
しびれを切らしてとどめを刺しに行こうとするノイシュをプロトナイトが牽制し、とっさに応じたアークナイトのカイトシールドに剣を押し込みながら、レオは三人を砲兵陣地まで退かせて周囲の警戒を命じた。
少年少女のやりとりはノイシュにも聞こえていたが、どのみち第二の別動隊などなかった。
「負けるなアークナイト……お前の力はこんなものではないはずだ!」
白銀の装甲の下から稲妻がほとばしり、両眼に光が滾る。路面を蹴って消えたかと見えたアークナイトは目にも留まらぬ俊敏さでレオの背後を取り、同じく通常の魔鉱兵ならありえない動きで滑走するプロトナイトと激しく打ち合った。浮上しているプロトナイトは踏ん張りがきかず制動がおぼつかないので、アークナイトの鋭角的な一撃離脱戦法にはついてこれない。一方でアークナイトも機体にかなりの負荷をかけており、プロトナイトの横面を叩いたカイトシールドは左前腕ごとちぎれ飛び、剣と剣は互いに砕け散った。
「まだまだぁ!」
片腕となったノイシュのアークナイトがそれでも連続回し蹴りを放ち、防ぐすべがないレオはプロトナイトの操縦席で激震に揺さぶられるがままだったが、やぶれかぶれで右手を突き出してみると、開いた手のひらの先でアークナイトの脚が止まった。レオの意思が強力なマジックフィールドを一点集中させ、ほんの一瞬アークナイトのマジックフィールドに干渉したのだが、それで充分だった。バランスを崩したアークナイトが転倒し、ついに山を背にしたとき、焦るノイシュの眼下に一騎の女騎士が現れた。
「エリシュ……」
《俺、今なら勝てる!どうしたらいいですか!?エリシュさん、どうしたら!?》
エリシュはツケが回ってきたと思った。殺せとレオに命じておきながら、殺すなと王から命じられ、それから幾度も機会があったのに、自分の気持ちの整理さえつかぬまま、どうするかきちんと話し合っておかなかったツケが。
「……やれ。叩き潰せ。そいつはプライドの塊だ。私がおまえにしたように、鼻柱をへし折ってやらなくては止めることはできん」
プロトナイトは精気を抜かれたように横たわるアークナイトの頭を掴み上げ、白銀の顔を握り壊しながらもう一方の拳を胴体に叩き込んだ。だが、大きくへこんだ胸部装甲はノイシュを潰さず、操縦席の手前で止まっていた。
亀裂の入った仮面から一筋の血が滴り落ちた。
「手心を加えられた……?この、私が……?」
《兄上、いちど頭を冷やして下さい。あなたは手段と目的をはき違えている。まだ分からないのなら、次はレオナルドにとどめを刺させます》
「……」
ふらふらと立ち上がったアークナイトは、どこにそんな余力が残っていたのか、山の斜面を駆け上がって木立の奥へと消えた。プロトナイトはすぐさま追撃しようとしたが、エリシュがそれを制止した。
「スナイパー、救援は呼んだのか!?」
《とっくに打ち上げたけど、返事がないんだよ》
「エリシュ殿は何をやっているのか……。潮時だな、デカブツどもはおそらく山を登れん。完全に包囲される前に二手に分かれ撤退するぞ」
《任務はどうするのさ!》
「本隊が壊滅していたら元も子もなかろうが。我々も損害がひどい、この状況ではここまでが限界だ」
砲兵陣地の攻略をあきらめた騎兵部隊は、左右の山の上から街壁の向こう側を偵察してきた二騎と合流した。城塞都市の守りは堅い。なにしろ、門前の砲列へ突撃しようとすれば城に据え付けられた強力な要塞砲の射程圏内に入ってしまい、街門からは兵隊が次々に補充されてくるというありさまである。しかも大砲を護衛していたガーディアン部隊はフォルザードの指揮する前衛部隊の後列とともに前進を開始し、交易路の前後からじわじわとリム達を挟み込みつつあった。スナイパーは山から丸太を調達しつつ狙撃を続けたが、矢弾補給システムに木屑が詰まって故障してしまい、プロトメイジとブレードダンサーの連係プレーを見守るだけになっていた。
《フェリアの女王が直々にお出ましとは驚いた。人質ならおとなしく城にこもっておればよいものを、ウェルスランドの走狗と成り果てたか》
「うるさい!たとえ独りでも、私は戦わなければならないんだ!死んでいった者のために!今も生きている民のために!」
《そんな機体では終日戦ってもこのガーディアンには勝てぬわ!》
「にゃあっ!?」
クレアは疲れていた。ブレードダンサーの速さなら鈍重なガーディアンの後ろを取ることなど朝飯前だが、どんなに速かろうと重装甲に短剣では有効打を加えられず、メイスで振り払われてしまう。プロトメイジの氷の散弾も最初のうちこそガーディアン部隊を食い止めていたが、ガーディアンのパワーはスカウトなどの比ではなく、関節部の氷を砕かれながらむりやり再凍結を繰り返すうちに、過度の連続使用に耐えきれなくなったオーブが手のひらの上で破裂し、炸裂火球弾もタワーシールドの前には無意味と分かると誰一人動じなくなった。
《クレア!きみは独りなんかじゃない!》
金の耳飾りに通信が入った。振り向くと、遠く発射音が聞こえたときには長距離砲からの砲弾がすでに上空まで迫っており、フォルザードとガーディアン部隊はタワーシールドを傘にして密集し、防御姿勢を取った。
《若造め、しくじりおったか!総員防御!》
「みんな逃げてー!」
屈み込んだガーディアン部隊へ風切り音とともに金属の雨が降り注ぐ。それでもタワーシールドの屋根はびくともせず、跳ね返った砲弾が辺り構わず転がり落ちた。とっさにプロトメイジの両腕を広げて流れ弾から騎兵部隊をかばったスズが顔を上げると、交易路の向こうから、第二射の砲弾に追われて後光を背負ったプロトナイトがまっすぐ滑走してくるのが見えた。
「レオ!?無茶よ!」
《お前達はいつも無茶苦茶だな……!》
《二人とも逃げるんだよ!》
《山だ!動ける者は山へ退避ー!》
密集陣形を取るガーディアン部隊の上へ助走をつけて飛び乗ったプロトナイトはそのまま滑走を続け、盾の屋根の終端にある一枚のタワーシールドを蹴り上げた。フォルザードの機体だけはタワーシールドにも紋章があるので、レオには隊長機がどれかすぐ分かったのだ。プロトナイトが前転しながらブレードダンサーに抱き止められた直後、フォルザードのガーディアンは取り落としたタワーシールドに手を伸ばしかけた姿勢で無数の直撃弾を浴び、全身の装甲をぐしゃぐしゃに破壊されて原形を留めないほど変わり果てた姿となった。残されたガーディアン部隊も引き続き念入りな集中砲火を受けたが、見かねたリムが発煙信号を打ち上げると砲撃は止んで、ウェルスナイト部隊のあとを進軍してきたウェルスランド軍本隊からの投降勧告に全機がメイスを放り出した。
* * *
重要な交易拠点である市街地の破壊を怖れた領主の降伏によって、城塞都市ヘクスは特に抵抗もなくウェルスランド王国の新たな橋頭堡となった。ルミラは街壁の外から包囲される危険性を考えて、まず山の上に長距離砲を並べ、様子を見つつ本隊を街へ入れたのだが、これは取り越し苦労に終わった。帝国首都への道程も半ばを過ぎており、多くの味方を得て勢いの乗ったウェルスランド軍はもはや周辺諸都市の顔色を窺う必要もないので、大都市圏の両翼から帝都の裏へ回り込む侵攻ルートは諸侯に任せ、自らは正面の都市だけを攻略しつつ直進することになった。
街の防衛力が充実してくると、ウェルスランド王がヘクス城に入り、エリシュ達はようやく大森林での任務の褒美を受け取ることができた。最終勝利が目の前だからこそ、褒賞は大事なのである。謁見の間から自室へ帰る廊下で、アシュワがレオに話しかけてきた。
「レオさんって凄いですよね。私達とそんなに変わらない歳の普通の男の子なのに、王様からたんまりご褒美もらえるなんて。もらったお金は何に使うんですか?」
「う~ん、そういえば考えたことなかったな」
「おまえは見習いだから、ここでの生活費や旅費、武具の修繕費などを差し引いたぶんは、基本的にご両親の元へ送金されているはずだ」
「あ、そうなんだ」
「私の給料も形の上ではイライザ様からということになっている。スズは父君、リムは森の民の王に対してそれぞれ支払われていることだろう。クレア姫の扱いはよく分からんが、全額をじかに受け取っているのは彼女だけじゃないかな」
エリシュの推測はほぼ正しかったが、ブレードダンサーとスナイパーにかかる費用も各自持ちであり、それを差し引けばクレアとリムの手元にたいした額は残らなかった。ちなみにプロトナイト、プロトメイジ、ウェルスナイトについては国費で賄われている。
「私も活躍できたら、大金持ちになれるのかなー?」
「先程など『そなたらもよく戦った。褒めてつかわす』の一言でおしまいでしたものね。でもまぁ、仮に大金を頂けたとしても、わたくしは実家を通じて孤児院に寄付しますわね」
「ラタは?」
「私は……、本、かな……」
ウェルスナイト部隊の三人は仲良しだが、ラタだけは極端に口数が少なく、いつもハスティとアシュワに手を引かれるがままで、自分から他人に絡んでいくようなことはめったになかった。そんな得体の知れない彼女なので、レオが部屋に独りきりのところを突然外へ連れ出されたときはびっくりした。ラタはヘクス城の中庭の木陰に入り、周囲に人目がないことを確かめると、懐から一通の手紙を取り出して震える両手でレオに差し出した。
「あの……!これ……!」
レオは頬を掻いた。三人の目の前でアークナイトを倒す結果になったことで尊敬されているのは知っていたが、そういえばラタだけはなんとなく俺を見る目が違ったような気がする。不意討ちだな、スズやリムのこともあるのに受け取っていいものか、とレオが思案していると、ラタのたどたどしい言葉で、どうやら勘違いらしいことが分かった。
「これ……、ルミラさんに……。私、里で砲術の勉強して……ずっと憧れてて……、でもルミラさん、とても忙しそうだから……、お時間のあるときに、読んでもらえればと思って……」
「なんだ、そういうオチかよ……」
ラタの目は泳いでいる。きっと他に頼める相手がいないのだ。
「じゃあさ、直接渡そう」
「え……!?」
「きみが伝えたいんだろ?ついて行ってあげるから。いつ来るか分からない返事を待ってもやもやするよりはスッキリするぜ?」
二人が去ったあと、石壁の影からアシュワとハスティがそっと顔を出した。
「見た?」
「見ましたわ。レオ様を好きなのが自分だけだとでも思っているのかしら?……あとをつけますわよ」
練兵場で大砲の整備を監督していた砲兵隊長に訊いたとおり、ルミラはちょうど会議を終えたところだった。だが大広間の扉を開けたレオ達が見たのは、二人きりで白いローブの胸ぐらを掴まれ、顔も触れんばかりにエリシュに詰め寄られているルミラだった。
その体勢はまるで口づけの直前のように見え、おびえたラタは手紙を取り落として泣きながら走り去ってしまった。扉の裏からこっそり覗いていたハスティとアシュワがあわててラタを追うと、それを見やったエリシュはきょとんとしてルミラともう一度顔を見合わせ、いくぶん冷静な表情に戻ってローブから手を離した。
エリシュが激怒したのは、騎兵隊長のことやノイシュのことでただでさえイライラしていたときに、ウェルスナイト部隊の三人に稽古をつけるようルミラが頼んできたからだった。ルミラとしては、エリシュに鍛え上げられたレオの鮮やかな戦いぶりを間近で目撃し、あれほどの練度の操縦者が一人でも増えるならと期待してのことらしかったが、エリシュはそもそもウェルスナイトの操縦者が三人とも少女ということが気にくわなかった。まともな戦力がプロトナイトしか無かった頃とは違う。そういうわけで、以前から溜め込んでいたルミラへの不満が爆発し、“七体の魔鉱兵部隊が全員子供とはどういう了見か”と問い詰めていたのだ。
「ですから、それには事情が……!」
「子供を戦に駆り出していい事情があるか!試作機の実験だからと言いつつ、こんなに敵地の奥深くまで攻め込まされている。さっさと大人の操縦者を揃えて、レオナルドを家へ帰してやれ」
私に断られたからといってレオナルドを利用するなよ、と釘を刺すと、エリシュは扉を蹴飛ばして大広間から出て行ってしまった。
レオは床の手紙を拾い上げ、埃を払ってルミラに手渡した。
「……なるほど。これはラブレターというか、ファンレターですね。砲術について専門的な質問の手紙を何通かに分けて送ってもいいか、と書いてあるだけです。可能な限り応えてあげたいですが、彼女の言うとおり、じっくり返事を書く時間は取れないでしょう」
手紙を読み終えたルミラは椅子にもたれ、手のひらで顔を覆って深く溜息をついた。
「それにしても、僕ときたら……」
「ルミラさんって、怒ったり泣いたりしないのかと思ってました」
「そうですよ。少なくとも人前ではね。一瞬でも僕が悩んでいるところを見せたりしてごらんなさい、敵にとってはつけ入る好機ですし、味方の士気は下がってしまいます。僕は不気味がられこそすれ、誰かに好かれる資格なんてないのかもしれませんね」
「ルミラさん」
レオはこちらを見たルミラの頬へおもむろに拳をめり込ませた。ルミラは椅子ごと吹き飛んだが、白い竜鱗は素手で殴るにはあまりにも硬すぎた。
「あ痛った……!!」
「大丈夫ですか!?」
「痛たたた……。ルミラさん、あなたは分かってない。一人で閉じこもって、全部抱え込んで、そんなんだからますます嫌われていくんだろ。少なくともラタはあなたのことが好きだ。好かれてなぜ悪い!資格がないなんて言い訳でラタの気持ちを無視しちゃ駄目だ」
「レオナルドくん……」
駆けつけた衛兵にルミラは手を振って無事を伝え、そのかわりレオの手を診察させるため衛生兵を呼ばせた。衛生兵はルミラの怪我と思って詰所から飛んできたが、レオの手指が問題なく屈伸し、どこも骨折していないことを触診で確認すると、念のため手首から指先にかけて手早く包帯を巻いた。レオが手当てを受けているあいだ、ルミラは押し黙ってラタからの手紙を読み返し、何度も折り目をなぞっては畳んだ便箋に視線を落としていた。
「……エリシュさんにはああ言われてしまいましたが、魔鉱兵部隊には砲兵部隊と同じく、いずれ指揮官を置くつもりでした。やはり七体もの魔鉱兵が僕の直轄というのは無理がある。レオナルドくん、プロトナイトが役目を終えるまで、新兵さん達の騎士になってあげて下さい。見習いの身分である君を正式に部隊長に任命するわけにはいきませんが、彼女達は誰より君を信頼しています」
自室への帰り道、ハスティとアシュワに付き添われたラタがレオを呼び止め、改めて頭を下げた。ルミラに手紙を読んでもらえたと知ると、ラタの表情が少しだけ明るくなった。返事は期待するなという部分は彼女の耳には入っていないようだった。
レオがルミラを殴ったという噂はたちまち宮廷にまで知れ渡ったが、王はただ、彼らを働かせすぎたかな、と独りごち、重臣達もこぞってルミラの能力不足を指摘したものの、魔鉱兵部隊を増強するなら我らの指揮下にと要求するばかりで、レオを処罰しようとする動きはなかった。レオの境遇に同情したからではない。戦は将官のものであって、取るに足らぬ一兵卒の、それも子供の名など議題に出せば笑いものだからだ。レオを肯定しても否定しても己の無能さを露呈することに繋がる、それが大人達の本音だったのである。




