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第九話 帝都攻略戦(前編)

 謁見の間の闇の中、高い窓の明かりが一筋差し込むだけの玉座の前に、ヘクス防衛戦から敗走した騎士ノイシュが独りひざまづいている。ノイシュは深く頭を垂れ、皇帝の表情もまた窺うことはできない。

「誰にも、己の身の程を思い知るときが来る。そなたは幸運だ、若くして敗北と挫折を味わうことができたのだからな。余は……少しばかり長く夢を見すぎたようだ。もはや我が帝国の野望は潰え、この帝都へと危機が迫っておる。ノイシュよ、ベルクを頼む。余にとって息子だけが最後の希望だ」

 ノイシュは右の握り拳を左胸に当て、無言で立ち上がった。そして、そんなノイシュを背後の柱の陰から黒く燃える瞳が凝視していた。


 帝国首都への最短距離を直進するウェルスランド本隊の左右では、充分なウェルスナイトを持たない諸侯の騎士団が大砲と生身の兵隊による旧来通りの戦を行っていた。そのためウェルスランド側と同性能の長距離砲を有する帝国軍の必死の抵抗に遭い、大都市圏の完全な包囲網はついに成らぬまま、ウェルスランド王の決断によって帝都攻略戦が始まった。一般的な都市と比べ帝都は桁外れに広いので、長距離砲で城を狙撃するにはまず郊外に展開した敵部隊を叩き、街壁にかなり接近する必要がある。ところがそれを見越した帝国軍も街壁の内側に長距離砲部隊を配し、ウェルスランド軍に睨みを利かせていた。


「陣容の割れている長距離砲は、全て潰せ!全砲座発射用意!撃てー!」

 市街地に展開する帝国軍砲兵部隊からの攻撃が郊外のウェルスランド軍長距離砲陣地へ殺到していく。スカウト部隊による事前の偵察で正確な位置が判明していたため、そこから作った地図情報をもとにあらかじめ照準が設定されていたのだ。当然敵も反撃してくるだろうが、そのときは発射煙が目印になる。斉射を終えた部隊が陣地転換を開始し、別部隊がそれをカバーする。漆黒のマジックナイトの操縦室で指揮を執る漆黒の甲冑のベルクはほくそ笑んだ。

「長距離砲を温存しておいてよかった。切り札さえ潰せば敵など烏合の衆、あとは数で上回る我が魔鉱兵部隊が蹴散らせばいい」

《妙だと思わんか》

「なにがだ、ノイシュ」

《攻め手はあちらのはず、なぜ先制してこない?まるで我々の動きを待っているような……》

 伝令からベルクに通信が入った。

《殿下!スカウト部隊よりご報告申し上げます!敵の砲兵陣地は囮、囮です!》

「なんだと……!」


 “砲術師”ルミラは二段階の秘策を用意していた。その最初の一手が無人の長距離砲陣地を囮にした、改良型の長距離砲による超長距離狙撃である。しかもそこから発射される砲弾は、このときのために実戦投入せずにいたとっておきだった。


「ぎゃああああああああああああ!!」

「火が、火がー!!」

 ベルクは目を見張った。

「砲弾が炸裂している!?小型の炸裂弾ならともかく、大量の炸薬を詰め込んだ砲弾に発射用の火薬から引火して暴発でもすれば、砲身を破壊してしまうぞ!」

《第二班、沈黙!残存部隊を再編成中!》

《第一班発射準備完了!》

《照準修正間に合いません!遠すぎます!》

「魔鉱兵を前進させろ!」


 街壁の前に並ぶラピッドアーチャー部隊が一斉にバリスタを構え、攻城兵器から転用された対魔鉱兵用の強力なボルトを発射した。一方、ウェルスランド軍の陣地でボルトを受けるのはヘクスで鹵獲した黒鉄色のタワーシールドだ。この圧倒的防御力を持つ分厚い大盾は一枚につきウェルスナイト二体がかりでも前線まで運搬してくるのがやっとで、接近戦が始まればこの場に置き去りにするしかない。激しい砲撃の応酬の中、帝国軍のナイト部隊が横列を組んで、ラピッドアーチャーの支援を受けつつ歩いてくる。七枚のタワーシールドを裏から押し上げて支えていた七体の魔鉱兵も、ルミラの指示を待って迎撃態勢を取った。

《作戦第二段階に移行します。各機、発進どうぞ》

「了解!レオナルド、プロトナイト行きます!」

《ネフェルクレア、ブレードダンサー出陣!》

《ハスティ、ウェルスナイト一号機、参ります!》

《アシュワ、ウェルスナイト二号機、行くよ!》

「みんな、ナイトを盾にして戦うんだ!」

《サポートは私達に任せてー!》

 プロトメイジとスナイパーとウェルスキャノンの牽制射撃に守られながらマジックブースターを起動させた三体は、先行するブレードダンサーに追い付いて散開し、突撃してくるナイト部隊をそれぞれ迎え撃った。レオはカイトシールドの裏のダブルチェインシューターから射出した銛で正面のナイトの右腕を絡め取り、巻き取り機構を使って加速、パラディンの槍で敵のカイトシールドごと胴体を串刺しにした。銛はもう一本あるので迷わず鎖を自切し、槍を引き抜いて次の獲物を狙う。ヴェルテクス卿が密かに供与してくれた装備はマジックブースターの特性と相性がいいようだ。


「ほう……戦列が止まったか。敵め、なかなかやる」

《殿下、本隊が狙い撃ちにされます》

「全軍前進。私も出る、街門を開けさせろ。マジックナイト部隊は我に続け!」

《了解!皇太子殿下のご出陣である!開門ー!》

《いいのか?総司令官殿》

「雑魚のすり潰し合いで勝敗が決まる戦などつまらんよ。貴様も来い、ここの指揮は近衛師団に引き継がせる」

《やれやれ、わがままな皇子様だ》

 操縦席で脚を組んでいたベルクは両足を踏ん張って肘掛けの両先端の石に触れ、右手に剣を、左手に杖を持つ黒いマントの隊長機の両眼が点灯した。

「ベルク、マジックナイト出る!」


 戦う魔鉱兵の足元をすり抜けて帝国軍の首都防衛隊が攻め寄せても、ウェルスランド本隊はすぐには動かなかった。そして敵が予定ラインに達したとき、ルミラの次なる一手が発動した。捕虜の騎士達が駆るウェルスキャノン部隊の奇襲攻撃である。


《殿下!我が軍の両翼に未確認の砲兵陣地がある模様!本隊が十字砲火を受けております!》

「貴様等スカウトは何をやっていた!」

《そ、それが、突然現れたとしか……》

「言い訳はいい、さっさと片付けろ!」

《はっ!》


 三体一組のウェルスキャノンが帝国軍を左右から挟み込むように展開し、ハンドキャノンを水平射する。ウェルスキャノンの大砲は旧式なので炸裂弾に対応していないが、その代わり低く撃った砲弾を地面で何度もバウンドさせて敵部隊の奥深くまで貫通させるのだ。最初の一体が十発の携行弾を撃ち尽くしたら、後方で弾倉を交換して戻るまでの間、次の一体が引き継ぐ。残りの一体は同時には撃たず、周囲への警戒を兼ねて待機だ。

《ようやく魔鉱兵に乗れたと思えば、キャノンもどきとはな》

《処刑されなかっただけましさ。どこにいようと、生きている限り我々のすることは変わらん》

《おっと、もうゴキブリどもに見つかったか。撤収だ!》

 深刻な操縦者不足に頭を悩ませていたウェルスランド王は、鈍重で攻撃力も低い火力支援仕様に限り捕虜のウェルスナイトの参戦を認め、接近戦仕様への換装は許可しなかった。ちなみにこの通達を遵守していたのは本隊だけで、諸侯の騎士団に回された機体は様々な現地改造を受け、かなり自由に運用されていたようである。


 奇襲部隊の撤収を合図にして、本隊後方に控えていたウェルスキャノン部隊が敵歩兵を狙う曲射姿勢を取る。そして準備砲撃ののち、ウェルスランド軍が総攻撃を開始した。陣形はスクウェアの戦と同じ、歩兵部隊の方陣の両側を騎兵部隊がフォローする形である。

 主力部隊の側方を単騎駆けするエリシュに、騎兵の一団が追いすがってきた。宝石を散りばめた銀のティアラに銀細工のある甲冑を纏う女領主イライザと、それに付き従う銀の甲冑の親衛隊だ。短髪の女騎士と拳を合わせ、エリシュは馬上でかしこまった。

「隊長!イライザ様!」

「そのままでよい。順調に任務を遂行しているようですね、励みなさい」

「ありがたき幸せ!これは心強い……皆が揃えば無敵です!」

「応よ!ところでエリシュ、ボーイフレンドはどうした?」

「魔鉱兵に乗ってはるか先へ行ってしまいました。今から合流するところです」

「では皆で探しますか」

「御意!」

 美貌と腕前さえあれば身分や出身地の別なく登用された選り抜きの女騎士達はエリシュが十人いるようなもので、華やかな銀色の一団の進路には帝国兵の首が乱れ飛び、中心のイライザが剣の柄に手を掛けるまでもなく向かうところ敵はなかった。すでに勝ちの決まった戦なので、イライザの他にもウェルスランドの領主達がこぞって馳せ参じ、戦場には後方で見守る国王にアピールする色とりどりの旗竿が林立した。続いてウェルスランド王に負けじと友軍の諸侯達もそれぞれの担当区域で攻撃命令を下し、穴だらけになった帝都防衛隊は次第に街壁へ追い詰められていった。


          *      *      *


 兵を引くか?だが後退すれば敵長距離砲の接近を許すことになる。ベルクの注意が逸れたとき、マジックナイトの機体をかすめた一条の鎖をアークナイトが叩き斬った。

《うかつだぞ、ベルク!》

《ああ?貴様は……》

 ベルクのマジックナイトは輝くプロトナイトを見た。


 ベルクを守るマジックナイト部隊の魔力の矢がプロトナイトに殺到したが、破壊されたのは残弾のないダブルチェインシューターが左右対称に取り付けられたカイトシールドだけで、一気に距離を詰めたレオは空いた左手に逆手で抜いた剣でノイシュと斬り結んでいた。

 ヘクスの戦いのあと、機体の基本構造に致命的な損傷を受けたアークナイトは結局修理が間に合わず、ノイシュには銀の追加装甲を持たぬ代わりに全身に銀の縁取りがある近衛師団仕様のアークナイトが支給された。皇帝はアークナイトの白いマントに、帝国の紋章ではなくスタイン家の紋章を銀糸で刺繍させた。それほどノイシュへの期待は重いのだ。

《ふぅん……なるほど。ノイシュを負かしたというウェルスランドの魔鉱騎士、貴様だな?名を聞いておこう》

「騎士リカルドの息子、レオナルド!」

《帝国軍騎兵部隊総司令官、“四天王”が一人、ベルクだ。私に挑んだこと褒めてやる》

《ベルク、皇帝陛下は今一度この者を討ち取るため再起のチャンスを下さったようなもの。雪辱を果たさせてくれまいか》

《できぬ相談だな。このような獲物……指を咥えて見ていられるわけがない!!》


 ウェルスランド軍本隊と帝国軍首都防衛隊とが乱戦にもつれ込もうとする中、二対一の戦いが始まった。槍と剣を巧みに操るプロトナイトは二体の敵と互角、援護するマジックナイト達の攻撃も強力なマジックフィールドの前にむなしく無効化されていった。

《ウェルスランドのナイトもどきは、じつに面白い装備を持っているな。……だが!》

 ベルクの胸甲に黒い稲妻が駆け巡り、黒い篭手から肘掛けの先の石の半球を通してマジックナイトの四肢に行き渡る。そう、ベルクの漆黒の甲冑はそれ自体が操縦者の魔力を増幅する魔法鉱石製なのだ。帝国軍は魔鉱兵のすみやかな大量生産を優先したため、ウェルスランド側のような量産化には成功していなかったが、ベルクのための一品ものとしては結果的にマジックブースターと同じ機能を持つ魔法回路を完成させていた。機体の周囲に発生した強力なマジックフィールドでレオとノイシュは同時に弾き飛ばされた。

《ククク……うれしいぞレオナルド少年。私の宿願は我が友ノイシュを完膚無きまでに打ち負かすこと、ところが歯がゆいことにこいつは味方、父上のお気に入りを傷物にするわけにはいかなかったが、ノイシュを倒した貴様を倒せば間接的に私の力を証明できる。少し遊んでやろう》

 マジックナイト部隊がレオの退路を断ち、ベルクのマジックナイトの杖先に魔力が集中して黒い炸裂火球弾がカイトシールドのないプロトナイトを襲った。吹き飛んだレオの背後に先回りしたベルクがプロトナイトの背中を蹴飛ばして玩具のようにもてあそぶ一方、白いアークナイトは二体から距離を取ったまま動かない。

「ぐああっ!」

《どうした、さっさと実力を見せろ!おいノイシュ、貴様はこんな雑魚に後れを取ったのか?》

「友達なのに……倒す!?」

《そうだ、他人などすべて敵!その中でも最強のライバルだからこそ友となる資格があるのだ。いずれあの男が父上と私を謀殺し、帝位を簒奪するつもりでいることも知っているが、そのぐらいでなくては張り合いがない!なあ、ノイシュよ!》


 レオ達を囲むマジックナイト部隊がざわついたが、ノイシュは眉ひとつ動かさずに口を開いた。

《少年、我々とともに来い。エリシュに師事した君ならば、もっと上を目指せる》

 レオは出撃前に読んだ手紙の言葉を思い出していた。父リカルドがイライザに託した手紙だ。最終決戦を前に、エリシュとクレアとアシュワを除く魔鉱兵部隊はそれぞれの肉親や保護者からの手紙を受け取ったのだが、リカルドはレオに宛ててこう書いていた。


 レオ、仕送りをありがとう。今やお前は地元の有名人だ。聞いたこともない親戚からの無心の手紙や、王都の貴族からの、ぜひとも我が家に嫁がせたいというご令嬢の似顔絵を添えた手紙などの整理に、私達は日々追われている。お前にも許嫁を選ぶ仕事が待っているぞ、覚悟しておけ。

 旅を続けるうちに、お前も世の中というものを嫌というほど思い知ったろう。いいかレオ、お前が見てきた通り、人は自分の都合で生きている。そして、自分のためにお前を平気で利用しようとさえする。悪い奴がいるから言うのではないぞ?人間とは元来そういう生き物なのだ。誰の言葉にも惑わされるな。お前自身の心に従え。

 最後に母さんから一言。“あなたは選ばれし者ではないのだから、悪の皇帝を倒す必要などありません。少しでも疲れたり、大人の命令に疑問を感じたら、すぐ帰っておいで。父と母が守ってあげます”


 手紙を握り締めたまま落ち込むレオを見て、肝心なときにホームシックにかかったのではとエリシュ達は心配していたが、そうではなかった。

 正しいことをしろと言いながら、自分で考えろとか、お前の心に従えとか、具体的に何が正しい道なのかは教えてくれない。きっと自分自身でも本当はよく分かってないから誤魔化してるだけなんだ。無責任なんだよ、大人達はさ。だいいち、「騎士なら国のために死ね」って父さんが言わないのも、俺が跡継ぎだからだろ。自分の老後のために俺を利用しようとしてるだけじゃないか。誰も信じられないなら俺はどうすればいいんだ……。

 しかし、自分の行く道が他人を踏みつけにする道であってはならないということは、レオにはもう分かっていた。

「狂ってるよ、そんなの!」

《だが、それが現実だ!君の父も母も、そうして君を養い育てたのだ。その宿命からは君自身も逃れることはできん!》

 黒い火球弾を躱したプロトナイトの突撃を横合いから割って入ったアークナイトが受け、カイトシールドで槍を叩き落とす。二合、三合打ち合った両機は鍔迫り合いにもつれ込んだが、ベルクの援護射撃でレオは再び吹き飛ばされた。武器が剣だけになったプロトナイトはそれでも立ち上がろうとするが、白と黒の魔鉱兵のとどめの同時攻撃がレオに迫った。

「“それが普通だからお前も同じになれ”なんて、そんな現実なら俺は、俺は……!」

《いい加減にしなさい!》

 プロトメイジの放った氷の散弾がマジックナイト部隊の一角を凍結させ、炸裂火球弾の追撃がとどめを刺した。包囲を破って乱入したハスティとアシュワはレオの両側に付き、アークナイトとマジックナイトの左右からの攻撃を剣で防ぐ。

《ちぃ、新手か!》

《隊長さん?ちょっとお喋りが過ぎたわね。この辺りの魔鉱兵はもうあなた達だけ、降参しなさい》


 ベルクの耳の小石に通信が入った。

《殿下!街壁が砲撃されております!ご命令を、殿下!》

「うるさい!どいつもこいつも……」

 漆黒の甲冑が黒く燃え上がり、操縦室を駆け巡る無音の黒い稲妻が、ドクン、と脈動する。

「邪魔を……するなあああああああーっ!!」

 黒いマジックナイトの放った衝撃波で地面がえぐれ、敵味方の魔鉱兵を含めた周囲のあらゆる物体が砂礫とともに吹き飛んだ。

 ベルクのマジックナイトは、暴走し始めていた。


 甲冑の出力が増したことでベルクのマジックナイトの運動性は通常の五倍から六倍ほどにもなり、ウェルスナイト部隊とプロトメイジを瞬く間に一蹴したあと、プロトナイトだけでなく味方のマジックナイト部隊とアークナイトにまで襲いかかった。

《スズさん、大丈夫!?》

《うう、どうにか……。レオ、レオは!?》

《あ、あれが、たった一体の魔鉱兵に出せる力ですの……!?》


 浮上したベルクは黒く燃えたぎる瞳でプロトナイトと並ぶアークナイトを見下ろした。

「雑魚がいくら増えたところで、この甲冑がある限りマジックナイトの優位は変わらん。私の邪魔をする者は誰であろうと倒す」

《ベルク、残兵を城まで後退させろ!聞いているのか?お前の指揮する軍が負けているのだぞ!》

「負け戦などどうでもいい」

《正気か!?》

「私は至って正気だよ?ククク、気づいたのさ……今の私ならば貴様さえ倒せると」

《なぜ、そうまで私にこだわる!》


 スタイン家は皇帝の重臣だった。皇帝は幼い一人息子の遊び相手に年頃の近いノイシュを選び、ベルクとノイシュは双子の兄弟同然に育った。時が経ち、身分の差という壁によって分かたれても、皇太子ベルクは何不自由ない暮らしに甘んじることなく、騎士団の厳しい訓練の中でめきめきと頭角を現す騎士見習いノイシュに決して劣りはしなかったが、あるとき第二の壁が立ちはだかった。かつて母を奪った病魔がベルクにも牙を剥いたのである。ベルクは焦った。魔術師団に古今東西の秘薬を集めさせ、その原料が異国の宝と知れば、そのためだけに帝国軍を派遣することもあった。だが、そうして手当たり次第に服用した怪しげな薬の中には少なからず劇薬や毒もあり、かえって衰弱したベルクは父の反対を押し切って、ついに禁断の魔術に手を染めた。それが、魔法の甲冑に自らの身体機能を肩代わりさせるというものだ。

 帝国の頭脳と技術と資金力を惜しみなく注ぎ込んで完成した一品限りの漆黒の全身甲冑はいわば超小型の魔鉱兵で、ベルクの運動能力を飛躍的に向上させたものの、甲冑に頼るようになった身体はますます痩せ細り、着れば着るほどひとときも脱ぐことのできない呪いの甲冑となっていった。しかし、病身のベルクはそれでも甲冑の力を使うことをやめなかった。むしろ魔鉱兵用魔法回路の最新技術を応用し、魔力をより増幅するように改良させた。なにもかもノイシュに追いつくためだ。ベルクは自分をこのようにさせたノイシュを心底憎んでいた。同時にまた、心底愛してもいた。ノイシュはベルクの生きる理由、ベルクの全てだった。ベルクは狂っていた。


《生きているか少年、私はベルクを倒す。協力しろ》

「あなたまで気が触れたのか?」

《聞いての通り、元々殺すつもりだった。予定を多少前倒しするだけだ。我々の決着はそのあとでつけよう。いいな?》

「こんなのやっぱりおかしいよ……」

 同士討ちをするなら自分達だけでやれ、と言いたいところだが、スズ達の魔鉱兵は損傷していて逃げられないし、もしかしたらノイシュを味方に引き込む好機かもしれない。プロトナイトは槍を拾い上げ、マジックナイトめがけて投擲した。むろんこれは目くらましで、ベルクの注意が槍に向いたところで無防備な逆側からノイシュが仕掛ける。ところがマジックナイトはほぼ同時とも思える速さで槍とアークナイトとを剣と魔法でいなし、一拍あとにはレオの目前にいた。プロトナイトは顔面を蹴飛ばされて何度か後転したあと、足を踏ん張って急制動をかけたが、そこからただちに急発進しないとアークナイトとの次の連係に間に合わない。

 擱座するアシュワから見れば意味不明な動きの連続だが、レオもノイシュもベルクを誘導しながら二手三手先の未来位置を予測して動いているのだ。


《屍の山の頂で最強の相手と雌雄を決する、これこそ騎士の本分よ!敵を倒し、味方を倒し、全員倒せば私が神だ!》

「違う!俺は前にもそんな相手と戦ったけど、その人は死んだ!戦いの果てにはなんにもない!」

《知ったふうな口をきくな!!》

 黒いマジックナイトがさらに速度を増し、振るう剣の切っ先すら見えなくなった。ここまでくると、この辺りかなと思ったところに剣を構えておいてもそうそう当たるものではなく、ある程度はパーシャルアーマーの防御力に任せるしかない。アークナイトは強力なマジックフィールドも無しにどうやって応戦しているのだろうか?レオがノイシュのほうを向くと、あちらの剣捌きもやはり目視不可能な域に達していた。あんな化け物と腕前だけで戦っている……!

《いいぞ少年、あとひと息だ!》

「……本当にいいのか?」

《現実を見ろと言った。“他人は敵”、まったくもってその通りだ。隙あらば出し抜いて当然なのだよ。それとも愛だの人の心だのと、性懲りもなく同じ話をするか?》

「でもさ、ノイシュ。そんなんじゃ次はあなたがベルクになるだけだろ。あなたは皇帝になって何がしたいんだ?」

《君も分からん奴だな……!》

《意味や目的があるかどうかなど関係ない、戦いそのものが愉悦!戦いの果ては無限なのだ!どこまでもどこまでもどこまでも戦い続け……ごふっ!?》


 とっさに手で覆ったベルクの口元を黒い血が汚した。

「まだだっ!もっと速さを、もっと力を、そうすればノイシュに……!はあああああああああああああああっ!!」

《くっ、もう捌ききれん!》

 マジックナイトの超高速機動は人間の肉体が耐えられる上限をとっくに通り越していたが、呪いの甲冑が魔力をむさぼり、もっとよこせとベルクの意識をむりやり維持した。ベルク()()()()()は操縦室の中で黒い靄に包まれ、魔法回路に魔力を供給し続ける精神体と化していった。全身から漆黒の稲妻を放つマジックナイトが両腕を広げ、ゆっくりと舞い上がる。そして再び衝撃波を放ったかと思うと、先程とは逆に自らの機体を含む周囲のあらゆる物体を、空中のただ一点の闇の中へ吸い込み始めた。


「異空間への扉が開くか。じゃが、ここのようにマジックフィールドで支えなければもって数分……」

 ハイパースフィアのドームの中で戦場を遠隔視していた魔女マリーは、一旦目を開けたものの、ひとつ溜息をついて熱い紅茶に口をつけると遠隔視に戻った。


          *      *      *


 マジックナイトから放たれた衝撃波は、ラタのウェルスキャノンとともにイライザの親衛隊の先頭を駆けるエリシュの元にも到達していた。

《エリシュさん……、あれ……!》

「レオナルド!それと、白い機体はノイシュ?なんだ……あれは!?」


 黒い靄の球体はその中心点へと土砂を吸い込む暴風を巻き起こし、逃げ続けないと魔鉱兵でも浮き上がりそうだ。操縦者の絶命したマジックナイト部隊が次々に吸い上げられる中、プロトメイジは二体のウェルスナイトと手を繋いで、プロトナイトは全速力で滑走してそれぞれ耐えたが、マジックブースターを持たないアークナイトはそうはいかず、白いマントをたなびかせて地面に剣を突き立てながらも徐々に上空の穴へと引きずり込まれていった。


「馬が引っ張られるー!」

「引き返そう、ありゃあもう騎士の仕事じゃないよ!」

《ここは私が……!みなさん、撃ちます!》

 女騎士達は両脚で鞍にしがみつき、鼓膜を破られないように両耳を手で塞いで口を開けた。その頭上で五連発の巨大な弾倉が回転し、発射機構の部品が噛み合う金属音に続いて腹の底に響く爆音とともにハンドキャノンが二度火を噴いたが、二発の砲弾はいずれもまっすぐ闇に吸い取られただけだった。

「……ちぃ!」

「行くなエリシュ!」

 エリシュは隊長の言葉に耳を貸さず、親衛隊から飛び出して馬の腹を蹴った。どうしたらレオ達を救えるかは分からないが、とにかく飛び出さずにはいられないのがエリシュだった。

 ルミラのときといい、実家を飛び出したときもそうだ。……あの頃、私には行く当てなどありはしなかった。ただ身勝手な連中に嫌気が差しただけだ。


 エリシュはいつも蚊帳の外だった。皇太子の遊び相手をするようになって、兄ノイシュはエリシュから離れてゆき、騎士としての本格的な訓練が始まると家にさえめったに帰ってこなくなった。ノイシュは常に帝国騎士団の仲間達に囲まれていたが、たまに送ってよこす手紙の内容は常軌を逸していた。


 エリシュ、皇帝陛下の騎士団はとても厳しいが素晴らしい職場だ。ここでは実力主義が徹底していて無能は一人もいない。役立たずは即座に蹴落とされるからだ。例えば、新入りの騎士見習いには寝床がない。武具もなければ食事もない。……それでどうやって毎日の訓練に耐えると思う?弱そうな騎士に目をつけて、なにもかもそいつから奪うのだよ。昇進もそうだ。試験があるわけではなく、平時には自分より上の階級の者を騎士団から追放することで、そいつの地位と特権を手に入れる。決闘、謀殺、裏取引、手段はなんでも構わない。仲間を殺せば殺すほど陛下は私に良くして下さる。擦り寄ってくる連中や脅迫してくる連中もいるにはいるが、私に群れは必要ないので用が済み次第使い捨てている。みんなそれぞれ利用価値のある面白い奴らだよ。

 そうだ、利用価値といえば皇太子殿下のことを書いておこう。エリシュについてどう思うか訊いてみたら、ノイシュと違ってつまらん女だ、などと言って全く興味を示さなかった。うっとおしい奴だが病死しないうちに婚約だけでも取りつけたいものだ。

 最後に……帰ったら剣の腕を見てやるから稽古を怠るなよ。


 それからしばらくして父と母が()()()死んだ。当主の座を手にしたノイシュはエリシュに皇太子との婚約をしつこく迫るようになったが、このときエリシュはまだノイシュを説得できると信じていた。兄が狂ってしまったのは皇帝に洗脳されたせいだと思ったからだ。


 プロトナイトへ近づくほど蹄が地面に着かなくなり、鞍から放り出されたエリシュはハスティのウェルスナイトが差し出した指先に掴まって、黒い靄の中へ消える軍馬を見送った。手のひらにしがみついたまま胴体付近へ運ばれるのを待ち、わずかに開いた胸部装甲の隙間から操縦室へ滑り込む。

「無茶をなさいますのね」

「状況はどうなっている。あの黒くぼやけた球体、今度はなんの魔法だ」

 ハスティが自分の見たことを手短に説明した。

「これだから男どもは……!すまないハスティ、席を替わってくれ」

「はい!?」

「白い魔鉱兵の操縦者は私の兄だ」

「えっ?ええーっ!?」

《エリシュさん、あなたにはまだウェルスナイトを動かせない!よしんば起動に成功したとしても、レオはともかく白いやつまでは遠すぎて助けられないわ!》

「承知の上だが、私はけじめをつけたいんだ」

「わたくしの一号機ー!」

 操縦席に座ったエリシュはハーネスを締めて目を閉じ、精神を集中した。何の因果か、この先行量産型一号機はゾック城の格納庫で私のいうことを聞かなかったじゃじゃ馬、今度こそ起動してもらうぞ……。


 エリシュはノイシュとの稽古の時間にわずかでも気を引いて説得するため、ノイシュと同じぐらいに強くなろうとした。帝国騎士団には入らなかったが、実家で可能な限りのトレーニングメニューを組み、“女のくせに”という周囲からの有形無形の侮蔑に耐えて身体を鍛え、技を磨いた。それでも兄の腕前に追い付くことは叶わなかったが、独学で一人前の騎士同然の実力を身につけたエリシュの姿にノイシュは充分驚いてくれた。その頃のノイシュは帝国内外の軍人達から“白騎士”という異名で呼ばれ始め、魔鉱兵を遠隔操作できるという白銀の仮面をエリシュの前でも外さなかった。

「兄上、なぜ皇帝に従うのですか。王道覇道は騎士の常といっても、心に血の通わぬ者が大陸の覇者であってはならないと私は思うのです。遠征中の兄上からのお便りを読むたび、私には帝国軍が冷たい鋼の怪物かなにかのように感じられて仕方ない……。その仮面が兄上の心を蝕んではいませんか」

「似合わんか?お前にだけは打ち明けておこう。正直なところ、これを着けていると心が安らぐのだよ。人の目を見ずに済むからな……。私は昔から見るのも見られるのも苦手だったが、騎士団では目上の者と話すとき視線を逸らしたりすればたちまち鉄拳が飛んでくる」

「仮面は失礼にあたらないのですか?」

「そこは時と場合によりけりだな」

 ノイシュは白銀の仮面を小脇に抱えた。

「ほら。私は怪物などではなく、どこにでもいるごく普通の人間だよ、エリシュ。ただ自分に正直でありたいと考え、全身全霊、最大効率でそれを実行しているのにすぎん。たった一度の人生だぞ、自分のために生きない者があるか?」

「自分を肯定して生きることと、他者を否定して生きることとは違います」

「同じだ。私が証明してみせる」

 ノイシュはぞっとするような不敵な笑みを浮かべた。それは確かに幼い頃からよく知る兄の顔だったが、エリシュは悟った。狂気の軍隊の集団生活でおかしくなったのではなく、もともと怪物だったのだと。ある意味では誰もが怪物だが、普通の感性を持つ人々を思いとどまらせるものがノイシュには完全に欠如している。ノイシュには良心がない。躊躇なく他人を踏みつけられるから誰よりも速くのし上がれるのだ。

「……そんな身勝手な野望のために私を利用するつもりなら、もう兄上には付き合いきれません」

「フッ、残念だ。だが帝国はいずれ全世界を征服する。そのときまでせいぜい逃げ回るがいい」

 次の早朝、エリシュは供も連れずに着の身着のまま、一度も振り返ることなく馬で故郷を去ったのだった。


 プロトナイトとアークナイトの位置関係の都合上、レオは自分だけで逃げ切るかノイシュを助けるかの瀬戸際に立たされていた。せめて向こうから片腕を伸ばしてくれれば手が届くのだが、ノイシュにはもはやその気がないようだ。

「ノイシュ!今なら間に合う!」

《いいんだ、少年。あのときのことを覚えているか?砲兵陣地を潰せたのに作戦完遂よりも君との決着を選び、君に負けた時点で私は騎士としては死んでいた》

「そんなこと俺が知るか!生きてエリシュさんと話をつけろ!」

《なぜ私を助けようとする。調略せよとの王命か?》

「そうだ!だけど俺の意志でもある!……俺は、ひとりっ子だ!だからあなたがうらやましい!くだらないプライドのために妹さんを悲しませるな!」

《悲しむ?エリシュが?ははははは!嘘だな。もしそうなら君をけしかけたりはしなかった》

「あなたはエリシュさんの気持ちを分かってない!」

《君に私の何が分かる。レオナルド少年、君こそやがて知るだろう、世界は憎悪に充ち満ちていると。君は私に勝ちはしたが、私の見せた現実には勝てん。現実は変えられないのだからな。絶望に耐えきれなくなったらいつでも私の元へ来るがいい。ベルクとともに待っているぞ……》

 アークナイトは黒い球体を見上げ、機体を地上に固定していた剣から手を放した。


 座席の肘掛けの両先端の半球状の石を介して操縦室に稲妻が駆け巡り、ウェルスナイト一号機の傷だらけの四肢に魔力が満ちた。室内を照らす水晶球が外界の光景を映し出したのは、アークナイトと黒い靄を瞬く間に吸い込んだ異空間の穴が閉じて暴風が収まり、全てが終わった直後のことだった。エリシュのウェルスナイトは下半身をひどく損傷して擱座したまま、もうなにもない空中に震える手を伸ばし、何かを掴もうとして、そして力尽きた。


「レオナルド!無事か!」

《無事に決まってるでしょ。エリシュさん、遅いよ……》

 ノイシュ……、兄上……。結局、兄の存在が枷になっていたということか。レオナルドも私も王命に背くことなく、不慮の事故で死んでくれたのは好都合だが、私はノイシュを倒す力を手に入れた瞬間、ノイシュを失ってしまった。

「レオナルド、ノイシュとの話ならすでについている。あの男とは分かり合えない、それだけだ」

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