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停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
精霊の増えた日常編
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15話 賢者の温泉10

前話をかなり手直ししてます。

 目を開いた。

 

 視界が定まると、目の前にデコボコとした石造りの天井があった。

 どうやら……僕はベットで寝入っていたらしい。

 

 

 ふむ、と記憶をさかのぼる。

 温泉で、ドワーフたちに飲んでは注がれ飲んでは注がれたところまでしか思い出せない……。

 まあ十中八九、僕は飲み潰れたのだろう。

 とすると、ここはぺルド翁の居宅かな。

 

 

 そこまで頭の中を整理すると……すぴーっという音が間近で聞こえてくる。

 顔を横に向けるとまさに目と鼻の先で、ウェルティナが赤子のように背を丸くして眠っていた。

 

 僕はいったい、どれほどの時間を横になっていたのだろうか。

 

 そっと体を起こしながら、僕は耳を澄ませる。

 しかし、物音ひとつ拾うこともできない。

 

 これは、もしや……。

 

 僕の懸念は的中した。

 部屋にあった両開きの木板で閉じられた窓を僅かに開けると……月明りが入ってきたのだ。

 

 つまり僕は半日以上を寝過ごした、ということか……。

 これではもう、みんなも寝入っているのだろうな……。


 しばし、自分の体たらくに呆然とした。

 

 ……まあ、やってしまったものは仕方ない。

 

 だが、どうせ今日はゆっくりすることが目的だったのだ。ある意味ではそれは達成しているだろう。

 そう思いなおして、僕はあっさり開き直る。

 それ以上に、ひとかけらの眠気もなくなってしまっていることの方が今は問題だった。

 

 これでは、すぐには寝付けないかもしれないな。


 どうしたものか――と、考えながら窓を閉めようとしたとき。

 家――やはりぺルド翁のだった――の前に、人影が見えた。


 その影は、僕のよく知るものだ。

 だが、僕の目に映っている影の背には……何やらうら寂しいものが滲んでいるように思えた。

 

 だから、それを見た僕は静かに窓を閉めると、自然と廊下に出て玄関へと足を動かしていた。

 

 

 ***

 

 

 努めて音を立てぬように、玄関の戸を開けた。

 

 ――そして僕は、息を飲んだ。

 

 あれだけ降っていた雪は止んでいた。

 分厚い雲は姿を消して、小さな雲がとぎれとぎれに浮いている。

 黒々とした空には、星々が埋め尽くして。

 その真ん中に、大きな満月が気高く居座る。

 

 辺りは静まり返り、厚く積もった雪が世界を白銀に染めていた。

 

 そして、その中心に――彼女はいたのだ。

 

 見えるのは彼女の後ろ姿だけなのに、その情景は僕の心をひどく揺さぶって……言葉も出ないままに固まってしまう。

 

 しばらくしてようやく、僕は月光の下に立つ彼女の名を呼んだ。

 

「クレア」

 

 僕の呼び声に、彼女はバッと振り返った。

 瞬間、翻った金色の髪が青白い月光によってきらめく。

 

 ――そして、彼女の瞳から散ったものも。

 

「……師匠」


 細い喉から、絞り出すようにそれだけを発すると……クレアは口を閉ざした。

 

 月に背を向けた彼女の顔は、影になっている。

 けれど、その目元が赤く色づいていることは見て取れてしまう。

 

 間違いなく、なにかあっただろうことは分かった。

 こんな彼女の様子を見れば、痛いほどに……。

 だが、そのなにかに検討などつかない。


 さて、どうしたものか。

 来てみたはいいものの、僕が彼女の助けになれる自信は……情けないことに、それほどなかった。

 

 繊細な年頃である少女に涙の理由を、真正面から問うわけにもいかない。

 ……それにそんなことをした僕を――もし起きていればだが――ウェルティナが蹴り飛ばすだろうことは想像に難くなかった。

 

「こんな夜更けに、一体どうしたんだ……?」

 

 だからだろうか、クレアにかけた言葉はそんな腰の引けたものになってしまった。

 

「……その、眠れなくて」


 それゆえに、対する彼女の言葉もまた――上辺だけのものになってしまうのだろう。

 しかも言い終えると、彼女は顔を俯かせてしまう。

 

「…………そうか」


 表情すら判断できなくなったクレアに、僕は歩み寄った。

 

 彼女が眠れないことは、おそらく嘘ではない。

 しかし、そうなっていることには何らかの理由があるためで……それこそが涙の理由でもあるのだろう。

 

 かと言って、その理由というのが僕に言えないものなのなら……別に無理に聞こうとも思わなかった。

 彼女が言わないのであれば、言わないなりの訳があるのだろうから。

 

 だから、僕がしてやれることは――。

 

「わっ、し、師匠……!」


 月明りの下ではいつもの眩さを潜めた金色の頭を、僕はゆっくりと撫でていく。

 

「ほら、クレア。俯いてないで、顔を上げるんだ。こんな満天の星空を見ないなんて……もったいないじゃないか」

 

 ――側にいて、見守ってやること。

 クレアが言わないと決めたのなら……せめて、そうしてやりたい。

 

 こちらに顔を向けたクレアに、僕は彼女を撫でながら穏やかに微笑む。

 そんな僕を見て、一瞬彼女は目を見開く。

 ……その目は、なおさら潤みを増していた気がした。

 

 だが何かを噛みしめるような顔をしてから、彼女は一度目を閉じ体の力を抜く。

 しばらく、そうして僕に撫でられるままに身を委ねる彼女だったが――。

 

「はい。そうですね、師匠」


 そう言って顔を上げると、ようやく笑顔を見せてくれた。

 

 


 そしてクレアと僕は横に並ぶと、ただ空を見上げる。


 

 

 二人とも無言であったが、しかしそれが心地よかった。

 

 しばらくそうしていると、クレアが言う。

 

「月が、きれいですね……師匠」


 視線を上に向けたままの彼女に、僕もまた視線を星空から動かさずに返す。


「ああ……本当に」


 今宵の満月は、それほどに美しかった。

 それに――


「星々の輝きだけは――どれほど時が経っても変わらずに、胸を打つ」


 ――永い時のなかで、それだけは変わらないものだろう。

 

 ぼそりと零した僕の言葉に、クレアはなんとも言えないような顔をこちらに向けた。

 

「――――師匠は」


 何かを言葉にしようとした彼女だったが、それきり口を結んでしまう。

 そして、ゆっくりと首を横に振る。

 

「……いえ、なんでもないです」


 そう言ったクレアは、また顔を上に向ける。

 しかしそれと同じくして、彼女の手が横から伸ばされて……僕の手をきゅっと握ってきた。

 

 突然のことに目を開いて彼女の方を見るも……僅かばかりに頬を赤らめた彼女は、何も言わずに空へ目を向けるばかり。

 

 だから僕も視線を元に戻すと、その温かな手をしっかりと握り返した。

 

 

 そうして僕たちは、寒空の下に時間も忘れて。

 ――互いの手の温もりを交わしながら、いつまでも夜空に見入っていた。

 

 

 


知らない天井だ

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