2話 弟子の試練
クレア視点です。
私は、強くならなければならない。
初めて師匠に会ったあの日、私はそんな思いを胸に刻み込んだ。
そして、先に起こった北の大陸での一件。
あれは私にとって、さらにその思いを固くさせる出来事だった。
あの一件は、結果だけみれば致命的な事態にはならずにすべて収まっている。
子供たちは救われたし、皇国は腐敗しきるのを免れた。
そして精霊は解放され、悲劇は繰り返されることはなかった。
――――なぜなら、師匠がいたから。
それらすべては、師匠の力があったからこそなんとかすることができたのだ。
……もし師匠がいなければ、どうなっていたのだろうか。
そんなことを考えるだけでも、血の気が失せてしまう。
もし、もしもそうであったら……すべては破綻し、最悪の事態が引き起こされていたことは想像に難くない……。
例えば、北の大陸にその面積の半分ほどの穴がぽっかりと開いてしまったり、というような。
しかし、それほどの力を持っていても……。
そして、どれほど長くを生きているといっても……。
師匠がもっているその心は、人のものなのだ。
弟子になってから、ずっと傍で見てきた。
師匠だって、普通の人と同じように笑い、怒り、喜び、悲しむ……。
静かで温かな、人の心を持っているのだ。
たとえ師匠が自ら、人から外れてしまったなどと言っていても。
そんなの、なにも関係ない。
師匠は、師匠なのだから。
とてつもない魔法の力をもった、ただの人なのだから。
ただ、そのとてつもないが人の尺度で測れないだけで……。
だから、師匠が何から何まで一人(と一体)で抱え込むのは間違っている、と思う。
でも、そんなことを思っていたところで……今の私では、なんの力にもなれないのが事実だ。
師匠に師事しようと決意したときは、国のため、私自身のために力をつけようとしていた。
しかし今では、
――――師匠の助けにも、なれたらいいのに……。
そんな風にも、思ってしまうのだ。
高望みも甚だしい、夜空の月に手を伸ばしているようなものだと、分かっている……。
分かっている……けれども!
弟子である私が、師匠を支えようとせずにどうするというのか!
ファルシウェン王国第二王女たるクレア・レーガン・ファルシウェンは、師匠の背中で守られるだけの存在に甘んじてはいられないのだ!!
そうして私は、決意を新たにしたのだった。
***
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ……!
「……ぐすっ……うぅぅ…………」
……今や決意は、決壊の危機にあった。
正確には、絶望という名の濁流に押し流されそうになっていた。
吐く息が真っ白になるほどの冬の寒空の下で、今の私は大切なワッペンを収めた懐に手を当てて、さめざめとした現実から心の熱を守ろうとしていた。
そんな私の隣には、小さな影が寄り添っている。
「……クレア、大丈夫だよ。まだ、初日なんだから」
もちろん、それは私の相棒であるフィアルテだった。
「あ、ありがとう、フィアルテ。でもこれ、やっぱり、絶対……む……む」
「……む?」
「む、無理なのだ――――!!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ……!!
ついに私は、師匠のもとに来てから今までどんなときだって口に出すことがなかった、その一言を言い放ってしまったのだった。
そして叫びとともに、熱い滴が私の頬を伝った。
***
私たちがいる場所は、魔の森の中央にある師匠の家から南西方向に十数キロ離れた位置に流れる川の岸辺。
さらに言うなら、その川の中流にひっそりとある高さ十メートルほどの滝の前にいた。
ちなみに川幅も十メートルほど。
今も目の前で、絶えず豊かな水量が轟轟と流れ落ちている。
その目に映る様子こそが、私の心を屈服させようとしている原因だった。
昨日までは、普通――厳しくはあったが、いつも通り――の修行をしていた。
そして……やはりフィアルテと契約をしたからなのだろう。
以前よりもずっと、魔力の運用はもちろんのこと、自在に魔法を行使できるようになっていた。
これなら――と、垣間見えた明るい先行きに希望を持ち始めていた。
しかし、今日の朝になってその希望は露と消えたのだ。
「さて、そろそろ契約による能力の変化の確認はおしまいにして……本腰を入れた修行に進もうか」
師匠の、この一言によって。
「……えっ…………」
本腰って、どういう……。
私が耳に入った言葉を信じられずに師匠の顔を覗き込むと、ニヤリとして師匠は言うのだった。
「今回のはとっておきの修行だよ。クレア」
なに大丈夫、君ならできるさ――と師匠はさらに言っていたが……。
…………ほんとに私にできるのでしょうか、師匠。
――――『滝を凍らせる』なんて。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ……!!!
無情な濁音が、私の耳と心を打ち据える。
どんなに魔力を振り絞ったところで、私の魔法程度では自然の猛威はものともせずにそこにあり続けている。
私は途方にくれながら、目の前を流れ落ちる膨大な水を見ていた。
ゆったり(はーど)モードです。
これからも拙作をよろしくお願いします。




