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停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
囚われの精霊編
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25話 賢者の疲労

 陽はすでに落ち、宵闇が世界を包んでいる。

 

 寒風の通る山間の中にポツンと、そのドワーフの里はあった。

 もういつもならば静けさに満ちているだろう里は、しかしにわかに活気に沸いていた。

 

 まあ、無理もないことだ。

 八日あまりも行方不明になっていた里の幼子が、五体満足で無事に戻ってきたのだから。

 

 そう、今僕の目の前で、その幼子――ペトラ――とその両親が感動の再会を果たしていた。

 

「お父ちゃんっ、お母ちゃんっ!!」


「おお、おお、ペトラーー!」


 クレアと変わらないほどの背丈の――人間ならかなり小柄な――、どっしりとした体形の男が僕の隣から飛び出したペトラに向かって駆け寄り抱きしめた。

 その髭を伸ばした強面を男泣きに歪めている男こそ、ペトラの父だ。


「ペトラ! ああ、ペトラっ!!」

 

 それよりもすこし小さな体躯の、ペトラにそっくりな女性が遅れてその輪に加わった。

 そのペトラを十数センチほど身長を伸ばしたらこうなるだろうという女性は、ペトラの母。

 ……ドワーフの女性の加齢は、とてもわかりずらい。

 正直ペトラの姉と言われたほうが信じられるくらいだ。

 

 そうして、親と子は固く抱擁しながら、互いにその温もりを噛みしめるように涙を流す。

 

 周りのドワーフの男衆は、その姿にオイオイと泣き崩れた。

 それに対して、ドワーフの女性たちは涙を流しながらも、「今夜は宴ね」と準備を始める。

 今も、「あんたたち邪魔よ、手伝いなさい」と、童女にしか見えないドワーフの女に蹴り飛ばされる髭面なドワーフの男がいた。

 その瞬間に、彼の目から散った涙は、何故(なにゆえ)なのか。

 

 ……女は強し、だな。

 

 ドワーフについて、そして男と女について考えを深めていると、僕の隣から涙まじりの声が聞こえてきた。

 

「ううぅ、ペトラ、よかったのだぁ……」


「ええ、ほんとうに……」


 唇を震わせながら感涙しているのは、我が弟子。

 目元を赤くしてハンカチを当てているのは、そのメイド。

 

 チラッと、肩に乗るウェルティナに視線を向ける。

 

「……なによ、あたしは泣いてないわよ…………」


 そうして、ウェルティナは明後日の方に顔を向ける。

 しかし、目に入った彼女の鼻の頭は赤くなっていた。

 それにその心の内は、契約者たる僕には筒抜けだ。

 

「そうだな」


 だが勝手知ったる仲、言わぬが花なのはわかっている。

 プイッと横を向くのは恥ずかしがっているときの彼女の癖なのだ。

 昔から変わらぬその様子に、僕は微笑んだ。

 

 そして正面を向いて、未だ一つの塊となっている親子を見る。

 偶然の……とてつもない偶然の結果が、この光景だ。

 なにか一つでも違えば、この真逆の光景になり得ただろう。

 

 僕の力など、この結果を引き当てたペトラの運に比べれば大したものではない。



 しかし偶然とか、運というのはなんなのだろう。

 確率の揺らぎ? 観測できない未確定要素の働き?

 わからない……。

 

 ただ一つ言えるのは、偶然であれ必然であれ、今目の前にある結果だけが事実だということだ。

 どんな理由をつけようと、それだけは変わらない。

 どんな過程をたどろうと、それだけは変わらない。

 

 理由も過程も、すべては結果があってこそ意味をもつ。

 

 

 だからこそ、この幸せな結果が今回の事件で僕が奔走したことに意味があったと教えてくれる。

 

 ……皇王ロベルト・エリウセリアに教えられた漠然としたドワーフの里に関する情報をもとに、一体どれほど飛び回ったことだろうか……。

 

 もう、僕は疲れた……。

 帰ったら、しばらくゆっくりしたいけれど……。

 

 あれから一斉に起き出し、貪るように食事をするとまた眠りに落ちた子供たち。

 未だ目を覚まさぬフィアルテ。

 そして、お守りに残してきたベーチェル。

 

 これだけのものが、家には待ち構えているのだ。

 

 特に帰ったらベーチェルがうるさいだろうな、と僕は内心で頭を抱えていた。

 

 

 ***

 

 

 その後、宴会に引きずり込まれそうになったり。

 嫁はいらんかね、と長老衆にしつこく聞かれたり。

 弟子入りはできませんか、と子供たちにくっつかれたり。

 ――そのなかにペトラも混じっていたり。

 いつの間にか、それが女性たちに変わっていたり。

 

 ……散々な目に遭った。

 

 特に、その終始にわたるクレアの様子が僕の胃を苛んだ……。

 嫁の下りで、表情がなくなり。

 弟子の下りで、ジッと僕を見つめ続け。

 ――そこでペトラを見つけると一瞬不安そうな顔をして。

 そして最後に、僕がドワーフ女性に囲まれたときに、目が伽藍堂(がらんどう)のように闇を湛えたのだ。

 女性陣から僕に向かって黄色い声が投げかけられるたびに、彼女の体が震えていた。

 

 その間、僕は生きた心地がしなかった……。

 

 というか、ドワーフの女性を人間が娶ったら絵面がひどいというか……憲兵が押し寄せる事態になりそうというか……。

 そもそも、僕に結婚の意志などない。

  

 そうしたことを、やんわりと述べるとクレアの様子は一時は戻った。

 しかしなにかに気付いたような顔をすると、うなだれて落ち込んでいた。

 

 ……なぜだろうか。


 クレアの様子に僕が首を傾げると、ウェルティナには溜息をつかれ、アイラには凍える眼差しを送られた。


 …………なぜだろうか……。


 また、ペトラとその両親には、特に深く礼を述べられた。


 しかし、すべてはついでに行ったこと――。

 これはご息女に強運があった結果だ――。

 

 と正直に言うと、いたく感激された様子だった。

 

 ぜひまたお越しください、里の皆が総出で歓迎いたします――と見送られるなか、僕たちはドワーフの里を後にした。

 

 

 

 

 

これからも拙作をよろしくお願いします。

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